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Lace Sensorを鳴らす覚悟はあるか

 レイスセンサー(以下LS)と聞いて、かつてのエリック・クラプトンおよびジェフ・ベックのシグニチュアモデルが思い浮かぶ方はまだいらっしゃると思う。 

 しかし、LSのことを「アクティヴ」‐電池駆動のプリアンプを内蔵したピックアップ(以下PU)だと信じている方も、意外なほどいらっしゃるものと思う。

 LSはパッシヴである。電池駆動の回路を通さなくても普通のエレクトリックギター用アンプから音が出る。


 誤解の原因はふたつあると思う。

 ひとつはEMGとの混同だ。多くのモデルがアクティヴのEMGとLSではPU上面にポールピースが露出していないという共通項がある。

 ただし、EMGにも

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 LSの製造元レイスミュージックの開発したPUにも

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ポールピースが露出したモデルはちゃんと存在する。


 もうひとつはクラプトンのシグニチュアに搭載のTBXコントロール、アクティヴブースターである。

 80年代末のフェンダーはLSとギター内蔵のブースターの組み合わせに未来のサウンドを見出したようで、量産モデルに相次いで投入している。

 もっとも、クラプトンはブースターの増幅幅が狭いことに

「コンプレッションが足りない」

という表現で改良変更を要求、結果として量産モデルの10dBに対し25dBという強烈な増幅にたどり着いた。

 その強化型ブースターを搭載したクラプトンのシグニチュアモデルがその後20年以上にわたるロングセラーとなったことで、フェンダー純正のブースターそしてLSの音のイメージが固定されてしまったというわけである。



 レイスセンサーのLaceは靴紐の意味ではなく開発者のドン・レイス・シニアのファミリーネームである。

 sensorはもちろんセンサー、感知器だ。それまでのピックアップに替わる新しいギター用内蔵型マイクという意気込みだろうが、実際にLSは構造からして従来の、特にシングルコイルとは大きく異なる。

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  LSの最大の特徴は積極的かつ精緻を極める磁界のコントロールだ。

  PUの弦振動への感度を向上させようとした場合、内蔵のマグネットに保持力の強力なものを使うという手がある。

 だが、あまりにも保持力‐この場合は磁力とほぼ同値‐の強いマグネットは弦振動を妨げてしまう。音に伸びやかさがなくなり、ボソボソ、ブツブツとした生気のない音になってしまう。


 ドン・レイスが採った手は磁界の集束であり、保持力の弱いゴム磁石を用いながら、PU上面に集まる磁界を可能な限り緊密にすることを目指した。

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 そうして開発されたのがマイクロ・マトリックス・コームである。

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 これにより理想どおりの緊密な磁界を実現、さらにコイルの巻き数を伝統的なPUよりも減らすことで誘導ノイズの影響を受けにくい、ノイズレスなPUが誕生した。



 現在LSは入手できるのか?可能である。日本にも輸入代理店がたっている(キラーギターズ)し、1996年にLSはフェンダーの専売から離れ、現在のレイスミュージックによる自社製造および販売に切り替わっているのである。

 90年代末にフェンダーはスタック(積層)コイル式ノイズキャンセリングであるノイズレスPUを自社開発し、「ヴィンテージ」をクラプトンに、「ホット」をベックに、それぞれのシグニチュアモデルに搭載することで使用してもらっている。

 それと前後してフェンダー社はリプレイスメントPUのラインアップを拡充し、以前よりは積極的にPUを売り出すようになった。


 奇妙というか皮肉というか、フェンダーがPUの商品としての価値を認め、自社製品をプッシュするようになってからの、特にシングルコイルPUのトレンドはロウゲインに傾いているようにみえる。

 かといって、かつてのフェンダー純正PUであり、同時にロウゲインとノイズレスという、本来は相反する特性を備えたLSを評価する声はあまりにも少ない。「流行」のひと言で片づけるのは簡単だが、私にはどうも、納得がいかない。


 私が楽器業界を離れてしばらく後に勃興した、エフェクトペダルのムーヴメントにトランスペアレント系というものがあるらしい。原音を崩しすぎず透明感と輪郭のはっきりしたトーン、という。

 それならなにも高額なエフェクトペダルを買い漁らなくても、PUをLSに交換し、レンジの広い‐ケーブルでの信号ロスが少なく低音から高音まで伝達できる高品位なギターケーブルでアンプに繋げばいいではないか。

 何をそんな、ギター本体の鳴りとうまく噛み合っていないヴィンテージ系PUに執着して、その先のペダルやアンプにさらに出費を重ねるのだろうか。

 

 それと、あまり知られていないがLSは出力やキャラクターの異なる8種ものバリエーションを用意している。90年代であればクラプトンの使用していたゴールドの他にブルーとレッドぐらいしか流通していなかったことを考えると、現在のギタリストにはさらに多くの選択肢がある。

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 PUを交換する狙いが、有名ギタリストの○○と同じ音を出すため、ということであればLSはその目的に合わない。クラプトン、ベック両名とも先述のように2000年代以降はノイズレスPUに移行し、異なるサウンドを鳴らすようになった。自身のシグニチュアモデルに搭載しているギタリストもほとんど見かけない。


 だが、すでにエフェクトペダルやアンプがきっちりと決まっており、

〇反応の速さ

〇強いアタックでも潰れない明瞭さ

〇歪ませたときの硬質さとハーモニクスの整然とした重なり方(音が濁りにくい)

〇ノイズの乗りにくさ

を求めているのであれば、LSは有力な候補となる。 


 最後にひとつ。LSは90年代に「音が固い」「フラットすぎて面白みに欠ける」という評価を下されることが多かった。

 だが2020年代、かつてはチューブアンプ一択だった機材もデジタルプロセッサやPCによるパーソナルレコーディングの環境が進歩したこともあり、リプレイスメントPUに求められる要素も変化しているはずだ。

 あとは自身の求めるサウンドの見極めと、先入観や風評を払いのける意志だけである。現在のギタリストはLSをギターに搭載し、自分のギタープレイに真正面から向かいあう覚悟を決められるだろうか。 

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