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Centaur修理の思ひ出

 歪み系エフェクトペダル、Centaur‐この記事ではケンタウルスとする‐の名をどこかで聞いたことがあるというギタリストも今ではかなり増えたことだろう。

 2010年代以降の、実質的な後継モデルKTRも含めて、実機を試したことがあるか、となると、どうだろう、今度は逆に減るのではないだろうか。さらに、かつ一度でも所有していたことがあるか、となれば一段と少なくなるだろう。

 その上、ケンタウルスの修理に関わったことがある、とくれば、これはレア中のレアケースだろう。私は楽器屋店員時代に一度だけケンタウルスの修理をお客様から依頼されたことがあるので、ここに紹介しよう。

 先にお断りしておくが、実際の修理作業を私が手掛けたわけではない。後述するようにエフェクトペダルの修理を引き受けてくれるエンジニアを頼ったのである。



 10年ほど前のことだった。当時新品で販売されていたケンタウルスは後にNo Picture/ Silverと呼ばれることになる最後期型だったが、入荷数はごくわずかだった。

 そのうち、筐体が新しくなる、今までのカタチのケンタウルスはこれが最後の入荷、というアナウンスとともに一台だけ店頭に並んだが、その額¥98,000(税抜)。それでも2週間も経たないうちに売れていった。


 その最後の一台が入荷するよりも半年ほど前だったか、ケンタウルスと一枚の紙を一緒にお持ちになり、修理を頼みたいとおっしゃるお客様が来店された。

 お客様の話ではかつて回路の不調を直してもらおうと私の勤務する楽器店にこのケンタウルスを預けたのだが、修理から戻ってきてもやはり調子が悪いという。

 実際にアンプに繋いでみると高周波のノイズが、音とは無関係に常に鳴っていた。私はその時点でケンタウルスの複数個体の音を聴いた経験があり、確かにこれはおかしい、回路の不調だと思った。

 ケンタウルスと一緒に渡された紙を開いてみるとそれは修理に関するレポートであり、正規輸入代理店であるヒューマンギア社が発行したものだった。曰く、回路に不調はありません、電池は必ずアルカリを使用して下さい、とのことだった。


 楽器店がメーカー(卸会社)に任せた修理では、多くの場合は不十分だった場合の再修理を要求することができる。だがそれも修理完了品の引き渡し後〇〇日以内という規定を設けていることがほとんどで、このケンタウルスにはすでにお渡しから1年以上が経過していた。

 しかし、何とかしてまた使えるようにしたいとお客様はおっしゃる。店としても、修理が不十分だったかもしれないという可能性が否定しきれず、どうにかして最良の状態に直してお返しすべきである。結局このケンタウルスをお預かりすることにした。

 

 この件は難しそうだな、というのが私の嘘偽らざる本音だった。

 まず、修理依頼先をどこにするかが問題だった。ここまでの経緯を考えればヒューマンギアには任せられるはずもない。かりに修理を任せたとして、直らないまま戻ってきたら、もう目も当てられない。

 もうひとつの難題はケンタウルスの回路、正確には基盤にある。

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 この画像のように、ケンタウルスの基盤は樹脂が上に盛られており、修理が非常に困難であることを当時すでに私は知っていた。

 温度や湿度から回路を守るためとか、構造の秘密を保持するためとか色々言われていたが、この樹脂を剥がして回路部品を交換できるスキルを持っている修理作業者を探さなければならなかった。

 

 店と以前から取引のあるアンプ修理業者に訊ねてみたが、現物を見せる前に電話で断られてしまった。理由はやはり基盤の樹脂だった。

 頭を抱えているうちにふと、以前にEMGのピックアップのコイル修理を依頼したことのあるエンジニア氏のことを思い出した。

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 EMGのコイルを、裏面の黒い樹脂を引きはがして取り出したうえで巻きなおし、戻して樹脂で固めるという難行を完遂してくれたおかげでオールドのスタインバーガーのベースが演奏可能な状態を取り戻したことがあり、EMGは直せる、という希望の光をもたらしてくれた偉大なエンジニアである。

 氏に電話で泣きつくと、やってみましょう、いろいろ考える必要がありますがケンタウルスの回路は何とかできると思います、と快諾して下さった。


 

 数日後、エンジニア氏から報告が入った。

 原因はオペアンプICの、過剰な電圧にさらされた際に起きる発振とのことだった。音声信号に関わらず電流が流れれば発振してノイズを鳴らすそうで、オペアンプICそのものを交換しなければならないとのことだった。

 それでですね、オーナーさんに了解を取ってほしいことがあるんですが、と氏が続ける。オペアンプICの交換は品物の価値に影響を与えるので、それでも修理してもいいのか判断してもらって下さい。

 氏の配慮は私にも理解できた。この頃すでにケンタウルスは希少性から市場価格が上昇しつつあり、すでに歪み系エフェクトペダルの価格ではなくなっていた。KLONの純正に限りなく近いものを選んでみます、と氏は約束してくれたが、非純正パーツへの交換であることに変わりはなく、リセールバリューに響くのである。

 お客様にこのことをクドクドと説明すると、問題ないです、使えるようになればOKです、とおっしゃって下さる。この時は本当にほっとしたものだ。


 さらに数日後、修理が完了したケンタウルスをエンジニア氏が届けてくれた。実際に音を出してみると例のノイズはきれいになくなっており、正常なケンタウルスの音を取り戻していた。

 お客様はその数日後に来店された。1年以上ぶりにまともに使えるようになったケンタウルスにことのほか喜んで下さった。



 別の機会に書くつもりだが、私自身はケンタウルスというエフェクトペダルそのものに嫌悪感を持っているわけでも、好感を抱いているわけでもない。今回の修理にまつわる話もケンタウルスやそのオーナー、輸入代理店のヒューマンギアを貶めるつもりで公表したのではない。


 この話を伝えたいのは、KLONのクローンともいうべき他社製ケンタウルス・レプリカやKTRではない、あの角ばった弁当箱のごとき筐体のケンタウルスを求めている、収集趣味ではなくサウンドメイキングに加えたいと考えている演奏最優先のシリアスなギタリストである。

 近年の価格上昇についてはすでに調べているだろうからここでは書かないが、大金と時間をつぎ込んで手に入れた希少なペダルをスタジオやライヴハウスに持ち出せるだろうか。床に置き、靴で踏んでスイッチを入れられるだろうか。

 しかも、ペダルである以上はいつか、どこかで必ず修理が必要になる。そのときのことを少しでも、チラとでも考えたことはあるだろうか。


 それでも欲しい、何としてでも手に入れてみせる、というなら、私も止めはしない。情熱もまたギターサウンドの大切な要素なのだから。

 ただし、せっかく手に入れた憧れのケンタウルスが故障してしまい、直したくても引き受けてくれる先がどこにも無い、という事態を覚悟するべきだろう。かつての私と同じぐらいの責任感をもって預かってくれる店員が今の楽器店に勤務しているかは私にはわからないし、私自身も今では楽器店にいないのだから。

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