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GIBSONギターでGRETSCHのトーンという選択

 ギブソン(GIBSON)のエレクトリックギターのサウンドは皆さんもどこかで聴いたことがおありだろうが、グレッチ(GRETSCH)となるとグッと少なくなるのではないだろうか。
 今回はグレッチの純正ピックアップ、フィルタートロンをご紹介しよう。加えて、ハムバッカー搭載のギターにフィルタートロンのサウンドを採り入れるという選択をご提案したいと思う。





 ふたつのコイルによるノイズキャンセリング構造を採り入れたピックアップ(pickup、以下PU)をギブソンは50年代に開発している。これはP-490という型番よりもハムバッカー(Humbucker、以下HB)の通り名のほうが知られている。

 
 ところが歴史を紐解いていくと、同時期にグレッチ社もエンジニアのレイ・バッツが同じ構造のPUの研究開発を進めており、特許の出願の時期もかなり近いことが判ってきた。

 正確にはグレッチが;
特許を出願したのが1957年1月22日
認可されたのが1959年6月30日

である。

 対してギブソンのHBは;
出願が1955年6月22日
認可は1959年7月28日

である。

 グレッチはこの新型PUの特許が認められるとそのパテントナンバーを、PU本体の上面の金属製カバーにわざわざ刻みこんでまでアピールしていた。
 このPUはノイズを除去する(filter)性能を備えることからフィルタートロン(Fliter'Tron、以下FT)と名付けられ、以降はグレッチの上位モデルを中心に純正搭載された。



 ギブソンのHBも特許が認められて以降はパテントナンバーを記したラベルを貼り付けており、その仕様からナンバードPAFと呼ばれている。
 もっとも、ラベルが貼られているのはPUの底面であり、ユーザーの眼に見える位置に配していない。
 しかもそのパテントナンバーはHBとは別の特許のものなのである。

 このパテントナンバーの謎については諸説あるが、ギブソンの50~60年代を率いた元社長のテッド・マッカーティは生前のインタビューで;
○HBの特許を安易に他社に模倣されるのを防ぐ意味もあったと思う
○ただし、単純な間違いである可能性も否めない
という見解を述べている。





 奇しくもほぼ同時期にダブルコイル/ノイズキャンセリング構造のPUを自社開発したギブソンとグレッチだが、両社がその後に選んだ道は大きく異なった。

 ギブソンは中空部を排した一枚板のソリッドボディ・エレクトリックギターに可能性を見出し、かねてから交流のあったギタリスト、レス・ポールのシグニチュアモデルをリリースする。

 さらにソリッドボディの可能性に賭けるべくギブソンはフューチャリスティック・シリーズと名付けた3モデルを市場に投入する。

 時代を先取りし過ぎたデザインは受け入れられず当時は商業的にも失敗してしまったが、そのなかのフライングVとエクスプローラーは後に数度の復刻を経て現在はギブソン製品の一角を担うほどの人気を得た。

 レスポール・モデルも60年代を待たずにいちど生産が打ち切られるが、その後継機としてリリースされたSGはギブソンのソリッドボディ・エレクトリックの看板を支え、後に紆余曲折あって復活したレスポールとともにギブソンの稼ぎ頭となった。





 先に少し名前が出たテッド・マッカーティだが、後に明かしたところではギブソンでソリッドボディ・エレクトリックギターの製品展開を進めていた頃、
きっと失敗に終わることになるから手を引いたほうがいい
と忠告してきた同業他社もいたという。
 その中にグレッチ社もあったそうだ。


 50年代こそ当時のジャズやカントリーのフィールドで厚い支持を受け、名手チェット・アトキンスのシグニチュアモデルのリリースによりギターブランドとしての格を上げたグレッチだが、得意とするフルホロウボディ/アーチトップ・エレクトリックに注力しすぎたことが後に仇となる。

 60年代後半にはギター用アンプの大出力化・ハイゲイン化が進み、エレクトリックギターにはより明瞭でノイズレスなサウンドの出力が求められるようになる。
 中空部を排したソリッドボディの、一聴すると硬すぎて奥行きが感じられないサウンドが、しかし、高出力なアンプでの大音量時の演奏ではギタリストの細かなタッチの差を無理なく鳴らすことが出来るというメリットを生んだ。
 さらに、空気の振動である大音量にさらされた際の不随意のフィードバック現象‐ハウリングへの耐性が高いこともソリッドボディの優位を決定づける一因となった。


 グレッチ社の名誉のために付け加えておくと、同社とて何の手も打たなかったわけではない。 
 例えばテネシアンの名で知られるPX-6119も、年代が進むにつれて;
○ボディを薄く
○表板のf字ホールを塞ぎ
○表板を厚く重くする
という変更を与えることでハウリングへの耐性を高めようとした。

通称「シュミイレイティッド」(ペイントとも)fホールの6119

 ギブソン社からレスポールがリリースされた後には中空部を減らしたうえに小型化したボディを備える「ジェット」系モデルをリリースしている。
 さらにジェット系ではダブル・カッタウェイ形状まで採り入れたモデルも投入した。これはギブソンのSGの影響が考えられるだろう。

 



 さて、改めてグレッチのフィルタートロンだが、ギブソンの最初期HBであるPAFと比べてみると色々な違いに気づく。

 例えば内蔵マグネットだが、PAFではアルニコVや同Ⅱなのに対してFTではフェライトを用いている。

 アルニコマグネットは中低音に独特の厚みが出ることで音に粘り感が加わる。
 対してフェライト‐セラミックマグネットは高音の伸びが強化される傾向があり、明瞭で歯切れ良いタッチを生む。

 また、コイルのポールピースが全て高さ調整可能なネジ式になっているのだが、このポールピースがマグネットにちゃんと接するように、かなり長さのあるネジを採用している。

 ギブソンPAFではアジャスタブル・ポールピースはコイルの片側のみであり、互いのコイルのポールピースが異なることもあって形成される磁界に偏りが出る。

 対して、ふたつのコイルのポールピースも同一であるということは、コイルどうしの電気的な特性が揃うことが期待できる。 
 これにより、ふたつのコイルによるノイズキャンセリング方式のPUの宿命でもある信号のキャンセレイションを防止し、音域の偏りや、弱いタッチで弾いたときの音のこもり感を低減できる。

 さらにFTはPAFに比べてもコイルの、ワイアのターン(巻き数)が少なめである。電気的な出力は低くなるが、一方で高出力なPUの宿命ともいえる高音域特性の悪化を抑えられるというメリットもある。

 もっとも、FTを開発していた頃のグレッチではフルホロウボディ・エレクトリックが主力であり、むやみに高出力化されたPUを純正搭載したところでフィードバックを引き起こしかねなかった、という事情も考慮すべきかもしれないが…


 以上からも、出力を重視してS/N比の改善によるノイズの低減を志向したギブソンPAFに対し、FTはノイズキャンセリング構造を採り入れながらも磁界を可能なかぎり整え、出力を抑えることで音域の偏りを極力排するよう配慮されていることが判る。





 グレッチ製フィルタートロンの、ギブソンHBと異なるトーンキャラクターを愛好するギタリストも以前より一定数存在しており、ギターのPUキャビティを加工したうえで取り付けるケースも見受けられた。
 しかし、それは同時に、ギターの木部に手を加えることなく配線作業だけで交換できるPUへのニーズも存在していることを意味する。


 とりわけ多いのがギブソンHBと同寸のリプレイスメントPUの需要だったのだが、それに応えるべく開発されたPUがディマジオ(DiMarrzio)には存在する。

それがEJ CustomことDP211(ネック用)、同212(ブリッジ用)である。

 といってもこのPUはエリック・ジョンソンのシグニチュアモデルであり、彼からの
59年型レスポールでカントリー・ジェントルマンのサウンドを鳴らしたい
というムチャぶりから生まれたモデルであることをさきにお断りしておかねばならないだろう。

 私はこのPUを搭載したレスポール系ギターを2回ほど弾いたことがあるが、あまりのロウゲインかつ伸びの弱い低音に驚かされたのをよく憶えている。
 E・ジョンソンのギターサウンドをご存じの方であれば彼がPUに関してはロウゲイン志向であり、かつ、歪ませた際の倍音の出方に強いこだわりを持っていることをお聞き及びかと思う。
 EJ Custom誕生のきっかけとなった「カントリージェントルマンのサウンド」という要望も、ジョンソンがCジェントルマンで鳴らしたいサウンドが出るという意味であることを念頭に置かねばならないだろう。

 私としては強くお勧めはしないが、低音域がグッとシェイプアップされていて、かつ深めのディストーション時にも音像が細くなり過ぎないHBをお探しの方には使いでがあるモデルではないかと思う。




 
 
 

 もうひとつご紹介するのがTVジョーンズ(TV JONES、以下TVJ)のTVクラシック、および同プラスである。これこそがFT系HBサイズモデルの本命である。

(画像クリックでHP)

日本の輸入代理店の神田商会のHPではグレッチ純正サイズFTがフィーチュアされており気づきにくいのだが、TVJのいくつかのモデルではサウンドはそのままで形状をHBに合わせた”Humbucker mout”バージョンもリリースされているのである。

(本国HPより)


 TVJ社の創立は1993年だそうだからPUカンパニーとしてはそれほど古参ではないが、早い時期にグレッチ社とのリレイションを持っており、現行グレッチ製品にも上位モデルやヴィンテージリイシューを中心に純正搭載されていることからもその実力がうかがえる。

 私もTVJのPUを搭載のグレッチを何台か弾いたことがあるが、明瞭さに加え、艶やかで深みのあるクリーントーンが印象に残っている。
 また、2000年代以降の国産のグレッチの、純正からTVJへのPU交換も担当したことがある。
 どうしても平板で線が細くなりがちな純正に対し、TVJではクリーンからクランチへ微妙に色合いを変える歪みの変化も鳴らしきったことに驚かされたのを覚えている。
 おそらくコイルの巻き方にかなり注意を払っているのだろうと推測しているが、一聴すると取るに足らないようなトーンの微妙な変化というものが、ギターサウンドの追求においては後々に大きな比重を占めることになるのである。


 ギブソンのHBや同系のPUを搭載したギターを弾いているうちに、
○高音域がふた皮ぐらいむけた明瞭さ
○強いアタックで弾いても音が潰れず、明るさと歯切れ良さを感じられる
○クリーントーンのナチュラルなサステイン

を備えたトーンへ移行したいと願うギタリストも一定数居るものと思う。
 さらに;
○現在搭載されているPUのコイルタップ(スプリットとも、片側キャンセル)やパラレル(並列配線)といった配線切替でも満足できず、
○木部を加工してまで規格の異なるPUを導入するのは気が進まない
というギタリストであればTVクラシックのHBマウントを選んではどうだろうか。

 個人的にはギブソンであればレスポールの、重量調整の中空加工(ウェイトリリーフ)が施されていない個体の、ネック側へのTVクラシック搭載をお勧めしたい。

 他にはテレキャスター系で、ネック側にHBを純正搭載するモデルが国産ブランドを中心にリリースされているが、ブリッジ側のシングルコイルPUに近い高音域の切れ味と明るい音像を求めるギタリストにとっても良い選択になるかと思う。

ネック側HBの例 FUJIGEN NTE210RAH




 2020年代の現在、交換用ピックアップは無数に存在するかのようにみえる。
 特にHBは設計思想においてハイゲインや低ノイズに偏向したモデルが多いこともあり、今回ご紹介したグレッチFT系HBサイズモデルはどちらかといえばやや異端‐というよりはイロモノと捉えられているかもしれない。

 しかし、ヘヴィディストーションから離れた、クリーン~クランチあたりの有機的かつ表情豊かなトーンにはそれほど多くの選択肢が与えられていない。
 FT系のように、HBの基本設計から離れたモデルという選択もまたじゅうぶんに有効であることを、この機会に気づいてもらえればと思う。


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