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厳格だが優れた「教師」 その名はMESA/BOOGIE Rectifier


 ギター用アンプリファイア、しかも真空管を回路の主要部に抱えるチューブアンプ(以下TA)についての記事が皆様に好評のようだ。

 増幅素子としてはとっくの昔に主流の座から降りた真空管を用いたアンプが今でも大きな顔をしているのがエレクトリックギターの世界の不思議なところである。
 しかも、100ワット超級のバケモノを多くのファクトリーが精力的にリリースしていたのは2010年代までのハナシであり現在ではデジタルプロセッサの発展によりギタリストの関心は徐々にTAから離れているだろう‐楽器業界から離れた私はそう思っていた。
 だが今なおTAのサウンドから離れられず、また魅了されて新たに導入を検討するギタリストが一定数居ることに驚かされるし、同時に嬉しく思う。

 今回はTAのモダンハイゲイン系の頂点にして完成形のひとつと私が考えるメサ/ブギーMESA/BOOGIE、以下MB)の現行トリプル・レクティファイアー(以下TR)を例に、TAから望みの音を引き出す方法を可能なかぎり細かくお伝えしたい。





 MBのブランドでギター/ベース用アンプリファイアーおよびスピーカーキャビネットを生産するメサ・エンジニアリング社についての説明はここでは割愛させていただくが、メサ社が長く貫いてきたポリシーについてはあまり知られていないのでここでいま一度触れておく。

 まず、”Made in Califorinia, USA”
 サンフランシスコのはずれの雑貨店を改装したガレージで産声をあげたときからメサ社は自社工場での生産を続けており、海外工場でのライセンス生産によるコストダウンを図ったことが無い。
 
 次に、信号増幅はアナログ回路であること。
 2000年代には時代の趨勢であるマルチチャンネルコントロール化もあってMIDIによるチャンネル切替のフットスイッチを導入するが、ギターの音声信号を通る回路は今もなお全てアナログである。

 最後に、可能なかぎり多くのオプションをプレイヤーに用意するということ。
 オプションとしたがこれは「選択肢」と表記したほうが正確かもしれない。最初期の製品であるマークⅠよりMBはハイゲイン‐ヘヴィドライヴ化を推進してきたが、その一方で出来る限り多くのギタリストのニーズに応えるべく切替機能を増やすことでアンプが生み出すサウンドに幅を持たせてきた。

 例えば80年代のマークⅢでは

全てのツマミにプッシュ/プル式のスイッチを仕込み、トーンシフト(ミドルレンジのカット、いわゆるドンシャリ)やブライト(トレブル~プレゼンスのブースト)さらにチャンネル選択といった切替機能にギタリストがすぐにアクセスできる設計を採り入れた。

 さらに、これもマークⅢだが、クラスAとクラスABの2系統の信号をミックスして出力するサイマルクラス(Simul Class)という機能を搭載したヴァージョンもあった。
 クラスAの歪みの少ないナチュラルなトーンとクラスABのラフなディストーションを同時に鳴らすという離れ業を、カスタムビルトではなく量産機種搭載の機能でやってのけたのはMBぐらいしかないだろう。

 クラスA/ABの切替さえも実現するだけあって回路の出力切替などは朝飯前なのだろう、2010年代になってようやく他社が導入に踏み切ったが、MBではそれよりも前に複数のモデルに採用していた。





 では改めて、TAの機能の解説のためにご登場ねがったTRであるが、カタログスペックは以下のとおりである;



チャンネル数:3
モード数:8

全チャンネル共通;
コントロール:Presence、Master、Gain、Bass、Mid、Treble、
50W/100Wスイッチ(出力切替)
Tube Tracking/Diode切替

モード;
チャンネル1:
モード:Clean、Pushed

チャンネル2:
モード:Raw、Vintage、Modern

チャンネル3:
モード:Raw、Vintage、Modern

Output Power & Tubes
出力:50W、100W 切替可能
真空管:12AX7 x 5本(プリアンプ及びエフェクトループ)
5U4G x 2(レクチファイアー)
6L6 x 4(パワーアンプ)

なお背面の端子やスイッチについては以下のとおり;


・スピーカー接続端子: 16Ωx1、8Ωx2、4Ωx2・Slave Out・エフェクトループ:Send / Return・チューナー:Tuner Out・外部スイッチング:Chan2、Chan3、Solo、Loop ・フットスイッチ
・SOLOレベル・コントロール
・OUTPUTレベル・コントロール
・Slave Outレベル・コントロール
・エフェクトループ・センドレベル・コントロール
・エフェクトループ割り当て
(Loop On, Ch1, Ch2, Ch3, フットスイッチ,バイパス)
・チャンネル切替(Ch1, Ch2, Ch3,フットスイッチ)
・バイアス選択:6L6 / EL34
・パワー選択:Spongy / Bold



 これらのなかでも太字の機能についてあらかじめ知っているかどうかがTRを上手く鳴らすために重要であり、さらにいえば他のTAでも思いどおりのサウンドを鳴らすための動作原理の理解に役立つはずである。

 まず各チャンネルのモードについて。
 チャンネル1(クリーン)では”Clean”の他に”Pushed”がある。
 この”Pushed”に切り替えるととたんに聴感上の音量が上がる。純正フットスイッチでのClean/Pushedの切替は不可なので、演奏中に任意に呼び出すことは出来ない。
 また”Pushed”では低~中音域が強調されたサウンドに変化するとともにかなり強めのコンプレッションがかかる。エフェクトペダルで歪みを足さずに鳴らせばコードカッティング向きの、文字どおりプッシュされて音が前に跳ね飛ぶようなヴァイタリティが感じられる。
 一方で高音域のタッチが引っ込んでしまうので、空間系エフェクトを用いた繊細なクリーントーンを使う曲をプレイするのであれば”Clean”を選んでおく。

 他の2チャンネルにあるRaw、Vintage、Modernは好みに合わせて選ぶ。Raw/Vintage/Modernは歪みの弱い順でもあり、うまく活用すればチャンネルごとの極端なサウンドの変化を狙える、ということを覚えておけばいい。
 歪みについては優秀なエフェクトペダルもあることだし、TAとペダルのどちらに歪みのセッティングの軸足を置くかはギタリストにゆだねられているのだから、ここでは細かくは触れない。それよりも以下の切替機能のほうが何倍も重要なのだから…

 さて、ここからがTRの切替機能の神髄、真骨頂である。


 MBにとって出力切替はもはやお家芸のようなものだが、TRでは3つのチャンネル全てに50ワット/100ワットの切替が用意されている。
 これが何を意味するのかというと、パワーアンプ部(以下POW)の「音色」を加えるかどうかの、チャンネルごとの選択がギタリストにゆだねられているのである。

 聴感上同じ音量を鳴らすとき、POWの出力が小さいと回路内に歪みが発生しやすくなる。
 音の割れ感やツブレ、ささくれだったタッチが加わることで音像がぼやけることは確かにデメリットだが、一方でプリアンプ回路や、その手前の歪み系エフェクトペダルではどうやっても真似できないラフさとダーティさが加わることで歪みに迫力が増す。

 もちろん50ワットと100ワットでは聴感上の音量に差が出るが、TRでは各チャンネルにMasterツマミによる音量調節があるので、その差をギタリストが補正できる。

 例えば;
・チャンネル1
モード:Clean、 出力:100ワット、 
エフェクトペダル:コーラス、状況に応じてコンプレッサー
・チャンネル2
モード:Raw、 出力:50ワット
エフェクトペダル:クリーンブースト
・チャンネル3
モード:Modern、 出力:100ワット
エフェクトペダル:無し
というセッティングで、クリスタルクリアなクリーンからエクストリームなヘヴィディストーション、太く伸びやかなシングルトーンまでをフォローできる。

 もうひとつがTube Tracking/Diode切替。
 
これこそがTRらしさといえるだろう、真空管/ダイオードの2系統ある整流回路(rectifier)のどちらかを選ぶ切替である。

 コンセントからの電流である交流を回路内で使う直流に変換するのが整流回路だが、50年代後半頃まではこれに真空管を使うのが主流だった。
 以降はダイオードにとって代わられるのだが、低音や強いアタックで弾いた際の音に「にじみ」感が発生する真空管整流の味わいを採り入れるべく、TRを含めたレクティファイアーシリーズには真空管とダイオードの2系統の整流回路が搭載されている。

 TRではこれをチャンネルごとに設定できるのである。
 ある程度の音量で鳴らさないと聴き分けにくいのだが、例えば;
・チャンネル2
モード:Vintage 出力:100ワット
エフェクトペダル:ファズ(ゲルマニウムダイオード)
のセッティングで鳴らし、高音域のエッジやヒステリックな暴れ感は気に入ったものの、あまりにも音がタイトすぎて耳に痛いトーンになってしまったとする。
 そのようなときに”Tube Tracking”に切り替え、チャンネルのMasterをやや上げ気味にすると、わずかではあるが音に丸みが加わり、ラフさと重さが融合した有機的なトーンに変化する。
 効果がそれほど大きくないため評価する声は少ないかもしれないが、この切替機能を上手く使いこなせれば泥臭く、それでいてラフでラウドなサウンドを得られる。もちろんそれもTRの優れた設計のおかげなのだが。

 もちろん、背面のSpongy / Boldのスイッチも忘れてはならない。
 これはプレート電圧といって、TA回路を駆動させる際の基本となる電圧の切替である。

 低音から高音まで、100ワットモードでのモンスター級の大音量できっちりと鳴らすのであれば”Bold”を選択する。
 対して、電圧がやや落ちた状態の”Spongy”であればPOWの動作が不安定になり、先に挙げた音の割れ感やツブレ、ささくれだったタッチが比較的小さめの音量でも発生する。
 電気楽器の信号増幅器(amplifier)としてはダメは状態、なはずのSpongyだが、見方を変えれば真空管回路に由来する有機的な歪みが簡単に得られる状態でもあり、エフェクトペダルや高出力なピックアップの力を借りずとも説得力ある歪みが鳴らせることと同値なのである。

 お疑いであればロウゲイン系ピックアップを搭載したストラトキャスター系ギターをTRに直に(エフェクトペダル無し)繋ぎ、どのチャンネルでもよいので出力を50ワット、Tube TrackingそしてSpongyに設定して大きめの音量で鳴らしてみてほしい。
 最高出力150ワット、モンスターTAの筆頭格たるレクティファイアーの、しかも最上位モデルTRでこれほどブルージー、イナタく分厚いトーンが得られることに驚かされることだろう。

 このSpongy / Bold切替と若干なりとも関りがあるのが6L6 / EL34のバイアス選択のスイッチである。
 これは純正搭載のパワーアンプ管である6L6から、マーシャル(MARSHALL)をはじめとするUK製アンプに多く用いられるEL34へ交換する際に切り替えるスイッチであり、バイアス調整という補正作業を行わずとも異なる規格の真空管に交換できるという機能である。

 演奏時のトーンコントロールではないうえにEL34への交換など全く念頭に無ければ何の意味もなさないこのスイッチだが、かりにTRのオーナーであるギタリストがマーシャルやハイワット、オレンジやヴォックス等のUK系TAのサウンドに興味を持ったとする。
 TRの全体的なキャラクターは気に入っていてセッティングもしっかり詰め切れたし、でも大音量時の、マーシャルJCM~JVMの中音域の厚みや強めのコンプレッション感がうらやましい‐という欲求が昂じた際に、パワーアンプ管をEL34に交換しスイッチを切り替えるだけでPOWの生み出すUK的なトーンが得られるのである。

 MBがこのような切替を製品に採り入れているのは、やはり需要があってのことだろう。フェンダーアンプの”beef up”(パワーアップ改造)を原点とするMBにマーシャルのようなニュアンスを加えたいと望むギタリストは常に一定数居ることの証しといえる。
 しかし、MB以外のアンプカンパニーが採り入れる補正機能といえば出力切替あたりがほとんどなのに対し、MBでは先のSpongy / Bold切替が有る。これによりEL34搭載の回路を低めの電圧で駆動させることが可能になる。

 かのエドワード(エディ)・ヴァン・ヘイレンは初期の頃にマーシャルのアンプのパワーアンプ管を敢えて数本抜いていたとか、規定より低い電圧で駆動させていたとか色々な噂があり、詳細があまり明かされないままエディが天に召されたこともあって代名詞の「ブラウン・サウンド」は神話の域に達しつつある。
 あくまで回路の負荷が少ない範囲であり、また疑似的であるとはいえ、他の製品では少なくともユーザー設定では得られないサウンドをTRで狙うことが出来るのであり、TRを含むMB製品のバイアス選択スイッチ搭載モデルのアドヴァンティッジだといえる。

 聞いたところによるとプレート電圧のコントロールは技術的に困難な面が多いらしく、特定のパーツに負荷がかかることで破損するリスクが高いのだという。
 一見すると地味で効果があまり期待できなさそうなSpongy / Boldそしてバイアス選択の両切替機能だが、先述のサイマルクラスを80年代中盤に製品に採り入れていたMBだからこそ成しえたテクノロジーであり、オーナーが享受できるものは実に大きい。



 TRをはじめとするレクティファイアーシリーズや近年製のトリプルクラウン(TC)シリーズ、ローンスター、いずれもMB製品は高額である。
 また、全段真空管、つまりオールチューブアンプであれば真空管の消耗をはじめランニングコストは決して安くはない。

 さらにいえばレクティファイアー以降のMBアンプはハイゲイン全振りの特性もあって取扱いに慣れと注意が必要である。
 急いで付け加えるが、しかし、それはMB製品がヤワで壊れやすいという意味ではない。

5.0ℓV8エンジン搭載のフォード・マスタングGTファストバックのパフォーマンスをフルに引き出すにはドライヴァーにもそれ相応の技量が求められるわけで、数キロメートル走っただけで立ち往生させてしまうようではオーナー、ドライヴァーにふさわしいとは言えない。

 同様に、TRを所有する、または少なくとも思いどおりのギターサウンドを得るためにはオーナーやギタリストにも技量が必要なのである。スイッチが多すぎて何をどうしたら良い音になるか分からない、とすぐに諦める者にTRは優しい顔をしてくれないし、その点では厳格な教師といえる。

 一方でTAにおける真空管、特にPOWの動作によるトーンの変化を実際に聴いて確かめるための切替機能がこれほど充実している製品もそうたくさん無いのである。


 もしすでにTRやデュアル・レクティファイアーを所有しているのであれば、時間と費用を工面してオーバーホール調整を行ったうえで改めて色々なセッティングを試してみることをおすすめする。

 また、TRの中古を見つけたものの入手に二の足を踏んでいるのであれば、この記事を再度読み返してほしい。
 そのうえで、切替機能をフル活用してのギターサウンド追求に興味と闘志が湧いたのであれば前向きに検討するようお勧めする。ただし、ランニングコストが決して安くないのを忘れないこと。

 最後に、TRと同様の切替や付加機能を搭載したTAの所有を考えているギタリストには、怯むな、挑戦あるのみ、という言葉を贈りたい。
 TAだけでなくエフェクトペダルやギター本体のスイッチによる切替は全てギタリストの望むサウンドのために存在しているのであり、怖気づくぐらいならとりあえず触ってみればいいのである。

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