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ORVILLEとGIBSONについて 後編

  ギブソン(GIBSON)社公認の国産ブランドとして今に名をとどろかせるオーヴィル(ORVILLE)についての後編となる今回はギブソン社のブランド展開を中心にオーヴィル、および後継の日本製ギターについて述べたい。




 前編の末尾で「終止符が打たれた」という書き方をしておいてナンではあるが、オーヴィル~エピフォンジャパン~エリート/エリーティストという日本製ギターの製造終了は歴史の必然でもあった。


 まず、本家ギブソンの経営状況である。
 オーヴィルの展開が始まる直前の1986年にギブソン社はヘンリー・ジャスコヴィッツを筆頭とする投資家数名の買収により、メキシコの大企業ECLの傘下のノーリン(NORLIN)コーポレーションからの独立を果たす。

 ECL~ノーリンの大資本が選んだのはとりもなおさず量産であり、結果として高いクラフトマンシップをアイデンティティとしていたギブソン製品の美質は大きく損なわれることになる。

 大企業からの離脱・独立といっても決して華々しいものではなく、US国内の景気の動向もあってしばらくの間ギブソン社は苦戦を強いられることになる。


 
 そのギブソン社のライヴァルであるフェンダー(FENDER)社も偶然ではあるがほぼ同時期に大企業CBSからの独立の途を選んだ。
 フェンダー社もまたUS国内の製造拠点の規模が小さかったのだが、生産数の安定~拡大を期すべく、日本を含む海外工場による製品のUS市場への流通という計画を当時は検討していたという。
 made in USAのギターの衰退絶滅を危惧する多くの声に反対されてこれはご破算となったが、この際に候補とされた工場での正規ライセンス製品の製造、および日本市場での展開がフェンダージャパンとして実現したのである。


 一方のギブソンは早くにエピフォン(Epiphone)を下位ブランドとして従えており、さらにそのエピフォンは70年代にアジア工場製に移行させたこともあり;
○GIBSONの名を冠する以上は何があってもmade in USA
○EPIPHONEを含む下位ブランドは海外工場製もOK

と区別をつけるブランド展開をとった。

 そのうえで、コピー品の氾濫は悩ましいものの決して看過出来るほど小さくはない日本の市場におけるギブソン社の市場戦略のひとつとして、オーヴィルという正規ライセンスブランドの展開は最良の選択だった。



 次に、ギブソン社の日本市場の捉え方が、2020年代の現在とは大きく異なっていたことも挙げられる。

 80年代の時点ではまだ日本製ギターはギブソン社からみれば安価であり、一方のUSA製ギブソンは日本で販売するには高額だった。
 高額なギターの日本での販売に苦戦するくらいなら正規ライセンスブランドでの日本製ギターを流通させたほうが、少なくとも日本市場における(広義の)ギブソン製品のプレゼンスを高める‐ギブソン社にはそのような戦略もあったはずだ。

 
 ところが90年代を迎えると、日本製ギターの製造コストの上昇が顕著になり、韓国や中国での製造よりも割高になっていった。
 すでに韓国工場での廉価モデルの量産に踏み切っていた他社製品に比べてオーヴィル製品は中価格帯、もしくはそれ以上の位置づけとなってしまった。
 対して韓国製エピフォンは製造コスト・生産台数ともにオーヴィルを圧倒する勢いをみせていた。

 

 さらにいえばオーヴィルの上位ラインアップ、バイギブの市場価値の上昇が、本家ギブソンにとっては憂慮すべきことだった。
 あくまでライセンスブランド、言ってしまえば名義貸し程度だと思っていた安価な日本製モデルが、あろうことかUSA製ギブソンのギターの売れ行きに悪影響を及ぼすとなればさすがに見過ごすことは出来ないだろう。
 マーケティングにおける自社製品どうしの共食い~カニバリズムを避けるためにも、たとえ日本市場で高い評価と厚い支持を得ていたとしても、ギブソン社はバイギブを終了させなければならなかったのである。





 90年代に入るとギブソン社はギターカンパニーの実力を高め、1993年にはカスタム・アート&ヒストリックディヴィジョン、通称カスタムショップを設立し、この後も続くヴィンテージリイシューラインであるヒストリック・コレクションを展開する。



 高額ながら高い完成度を誇るHコレクション製品は日本市場でも多く流通し、現在のギブソンにとって日本は同シリーズの最大の市場となった感さえある。
 カスタムショップ以外の「レギュラー」、つまり量産モデルもラインアップの充実が図られ、レスポールであれば最上位に近いトラディショナルから限界のローコスト製造を実現したトリビュートまで実に幅広い。


Les Paul Traditional
Les Paul Tribute


 一方でエピフォンに眼を向ければ、本家ギブソンの監修を受けた下位ブランドとしての認知は日本市場に十分に浸透しており、しかも中国製の安価な製品はUSA製ギブソンとのカニバリズムを心配する必要もない。

 こうして、ギブソン社の理想とする
高額なギブソン
安価なエピフォン

というブランドの住みわけが実現している2020年代の現在、わざわざ高コストな日本製ギターを展開するメリットはほとんど無い、というのが実情なのだろう。

 さらにいえばエピフォンの日本製シリーズであるエリート/エリーティストシリーズの海外市場への展開だが、カジノをのぞくほぼ全モデルがわずか6年ほどで終了したこと、その多くがギブソンと同じヘッド形状を備えたギターだったことを思い返す必要があるだろう。
 おそらくだが、ここでもギブソン社は日本製ギターが流通した市場での、ギブソン製品とのカニバリズムを危惧したものと思われるのである。


 もうひとつ、ギブソン社が2006年に山野楽器との輸入代理契約を終了したことも挙げておくべきだろう。
 以降のギブソン社は子会社ギブソンジャパンを通して、いわば自前での日本市場の販売網整備を続けてきた。

 エリート/エリーティストシリーズの開始は2002年、まだ山野楽器が輸入代理を勤めていた頃だ。 
 同シリーズのカジノ以外の全モデルについて生産終了が決まったのは2008年、その2年前に取扱はギブソンジャパンに移行している。

 おそらくギブソンジャパン設立以降のギブソン社にとってオーヴィルは山野楽器の置き土産という扱いであり、ラインアップの整理にともなうリストラ(?)の対象となったのであろう。





 幸運にも私はこの2年ほどで複数のオーヴィルの、レスポールを中心とするソリッドボディ・エレクトリックギターを触る機会に恵まれた。

 その経験から申し上げると、木部加工の水準は確かに高い
 一方で、ブリッジやマシンヘッド、電装系パーツは現在の基準で考えるとどうしてもプア(poor)だ。貧素、安出来ではなく、他の良質なものとの比較で見劣りする、という意味である。

 そのようなこともあり、オーヴィル、特にバイギブの購入を検討されている方はいったん冷静になってほしい。
 特にレスポール系モデルであれば、現在新品で入手できるエドワーズ(EDWARDS)やクルーズ(CREWS)、もちろん現行ギブソン製品も含めて、ひととおり試してから購入を決めたほうがいい。
 
 オールド/ヴィンテージ市場はとかく伝説や希少性といった要素があちこちから流れ込んでくる不透明なものである。
 ギブソン純正ピックアップ搭載、しかも流通台数少なめ、等と眼にするとどうしても心は揺れるだろう。
 だが、現在の市場の高騰はつい最近になって起きたということ、オーヴィルじたいが元々はギブソンの下位ライセンスブランドであったということをいま一度思い返してほしい。

 それと、これはギターの状態にもよるが、実際の演奏にあたっては主にハードウェアの換装を含めたアップデイトが必要になる場合があり、オールドギターに手を加えることに強い抵抗を覚えるギタリストは演奏性や実用性との板挟みで悩み苦しむ可能性があるのもお忘れなく。

 一方で、もしもお手元にオーヴィルの、バイギブだけでなくレギュラーも含めてだが、長くお使いのギターがあり、しかもこの先まだ弾く機会がありそうならばパーツの換装や修理調整を重ねてでも長く弾き続けることをお勧めする。
 木部の生み出す豊かなヴァイブレイション、長く弾かれることでギターに身についた鳴りはとても貴重なものであるし、フジゲンおよび寺田楽器の両社の高い木工加工技術あってのトーンでもあり、2020年代の現在となっては安易に手放すのはあまりにも惜しい。


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