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レッド・ホット・ポーカー Red Hot Poker No.2

 わたしは沈む。冷たい水の深く。もう戻れない。誰も知らない場所へ。光も尽きてしまう場所へ。このまま。
 
 「最近夢使いが増えてるのは偶然じゃないみたいだね」
 シオンは大量の遺留品を順番にリーディングしている。シャープペンを指で回しながら、イチカにシオンさん眠そうですね、と言われて軽く笑う。
 「サイキックは生まれつきサイキックで、増えたり減ったりなんてあるんですか?」
 「それが最近は養成というか、怪しい新興宗教みたいな団体がさ、秘儀の伝授を謳って増やしてるらしいよ。夢を操る能力は使えるんだろうね」
 「それいろいろマズくないですか?」
 「うん、教会はもう動いてるって」
 
 今朝、複数の依頼が舞い込んだ。七件。神奈川県横浜市で同時多発的に原因不明の意識障害。
 「それで医療機関じゃなくてサイキックに依頼ですか? わたしたちも有名になりましたね」
 「経緯は不明だけど。関係者全員の記憶消すの大変」
 
 次の遺留品は自転車のスペアキー。行方不明でも、まして死んでもいないのに遺留品というのもおかしな話だ。夢の中へ消えてしまった人間たちの遺留品。
 「あれ、これで半分でしょ。あと四件足りなくない?」
 「ちょっと待ってください。新村さん知ってると思う」
 経理の新村ヒナはデスクでツインテール結び直している。イチカが遺留品の場所を尋ねると、手を止めて答えた。
 「すいません、残りはシオンさんのデスクの引き出しに入ってます」
 「あら」
 たしかに俺の管轄だけれど。
 遺留品はクライアントごとに分けて、透明のジップロックに封入されている。
 
 すべてのリーディングを終えるとイチカが訊く。
 「どうでしたか?」
 今回はクライアントの数も遺留品の数も多い。昼過ぎまでかけて、大量の情報を脳みそに放り込んだため、思うように整理できていない。
 たった一つ、共通点がある。
 「人を殺してる」
 「え?」
 「夢の中に閉じ込められた人間はみんな、人を殺して服役したことがある」
 イチカはノートPCのキーボードを叩き、データベースにシオンの言葉を記録する。
 「私怨ですかね」
 「たぶんね」
 他人の過去を読めるなら俺と同じ能力者か、あるいは警察関係者か。前者が妥当、と言いたいところだが、一つ気になる点があった。いつもの二倍の時間をかけて注意深くリーディングしても、該当しそうな人間が視えないことだ。七人が七人、ある日突然、ベッドで眠ったまま目覚めなくなったのだ。
 「トリプルなんですかね」
 イチカが不思議そうに言う。
 サイキックの九割がダブルだ。物理攻撃系の能力と操作系の能力の組み合わせ。ふつう、どちらかがメインでどちらかがサブになる。残り一割の大半はシングルだが、稀に第三の能力を持つトリプルが存在する。
 「どうだろう。複数人の可能性もあるけど、トラップだろうな」
 「ですね。夢使いでも遠隔は無理なので」
 だがトラップの位置がわからない。
 「もう一回視てみる」
 
 対象はみな、眠る直前にスマートフォンを見ている。
指の動きに焦点を合わせると、スワイプでも文字を打つのでもなく、一度だけタップしている。その一点は調べる価値がある。
 
 シオンとイチカは、なるべく近くに住んでいるクライアントに連絡を取り、遺留品のスマートフォンを開く許可を得て、急遽訪ねることにした。
 
 最寄り駅から十五分という立地にある小さな一軒家。クライアントはもう十日間眠り続けている。応対したのはクライアントの妻だった。ちなみに俺たちは行方不明者やサイキックから攻撃を受けた当事者をクライアントと呼び、依頼者と区別している。
 
 クライアントは二十歳のとき酔っ払って知人を殴り、傷害致死で懲役五年の実刑判決を受けた。出所してすぐに結婚。一児を儲け、現在三十二歳。ここまではリーディングで得た情報だ。シオンは何の感情も抱くことはない。
 「どうぞこちらへ」
 リビングに通され、二十代後半くらいの茶髪の妻からスマートフォンを受け取った。シオンは目を閉じる。思った通りだ。SNSのDM。
 
 殺人の前科のある方に朗報です。
 
 メッセージの内容はそれだけだ。下にURLが貼られている。もちろんクライアントは驚き、URLを開いてしまう。最下部にはご丁寧に電話番号と住所まで記されている。これは俺たちが訪れることを想定していて、挑発しているのだ。
 「ありがとうございます。参考になりました」
 礼を言ってクライアントの家を出た。
 
 「トラップなら実質遠隔と同じですよね」
 「まあね」
 「行きますか?」
 「今日はもう疲れてるんだよね。朝からひたすら人の記憶を見てると狂う」
 「善は急げですよ」
 「俺たち善なの?」
 「さあ」
 俺たちはその足でDMに記載されている住所へ向かった。

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