桜宮智 Tomo Sakuramiya

いろいろなタイプの文章を執筆しています。作品によってジャンルも文体も変わります。

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レッド・ホット・ポーカー Red Hot Poker 〈Summary〉

あらすじ サイキック探偵事務所に在籍するシオンと助手のイチカ。シオンのレッド・ホット・ポーカーとイチカの夢を操る能力を互いが補い合いながら、同じサイキックが絡む一癖も二癖もある事件を解決していく。 レッド・ホット・ポーカー Red Hot Poker|Tomo (note.com) レッド・ホット・ポーカー Red Hot Poker No.2|Tomo (note.com) レッド・ホット・ポーカー Red Hot Poker No.3|Tomo (note.com)

    • アフターイメージズ Afterimages

      Ⅰ 量産型のヴィーナス  俺たちは道玄坂の薄暗い裏路地にもう二時間も座っていた。ちょうどスナックの裏手にコンクリートブロックが二つ並べて置いてある。真昼だというのに人が通るのは二時間に一人くらい。それはまるで地上に現れた地下室という趣きだった。 「うち十八でこんな生活やめるつもりだったの。もうすぐ十九ってやばくね?」  ミキは地面に置かれた缶チューハイの横に煙草をポイ捨てして言った。 「まあムショいるわけじゃないし」 「当たり前」 「お母さんに言われた?」 「うん、昨日夜さ

      • もうひとつの「無敵の人」

         失うものがない人。失うものがないから法や道徳を踏みにじることも社会的ステータスを失うこともどこ吹く風の人。奪われている不遇を呪いやがて絶望に至り、最後にせめてもの簒奪をと死なばもろともの無差別殺人すら起こす人。そんな人が「無敵の人」と呼ばれるようになってひさしい。  かくいう筆者も過去に幾度となく自暴自棄な衝動に支配されたことがあり、当時の精神状態はそこから脱したかに見える現在の自分にも少なからず影響を与えている。二度とあのころに戻りたくない、あのころ人生に欠落していたも

        • レッド・ホット・ポーカー Red Hot Poker No.3

           「出ないですね」  イチカが警戒しながらインターフォンを押す。雑居ビルの最上階。外から見ると住居のようだが人の気配がない。前回の遠くからでもわかる禍々しさなど皆無だ。  「空き家みたいに静かだけどいる」  「不法侵入しますか」  「ん?」  イチカはスマートフォンを開き、DMに記されていた電話番号を打っている。対象の案内に従って。黙って横目でシオンを見る。今日は赤いフレームの眼鏡だ。この眼鏡をかけているときのイチカはなぜか獣か小さな神のようだった。  「今回はね」  シオン

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        レッド・ホット・ポーカー Red Hot Poker 〈Summary〉

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        • ル・プティ・シュヴァリエ 1-10
          10本

        記事

          レッド・ホット・ポーカー Red Hot Poker No.2

           わたしは沈む。冷たい水の深く。もう戻れない。誰も知らない場所へ。光も尽きてしまう場所へ。このまま。  「最近夢使いが増えてるのは偶然じゃないみたいだね」  シオンは大量の遺留品を順番にリーディングしている。シャープペンを指で回しながら、イチカにシオンさん眠そうですね、と言われて軽く笑う。  「サイキックは生まれつきサイキックで、増えたり減ったりなんてあるんですか?」  「それが最近は養成というか、怪しい新興宗教みたいな団体がさ、秘儀の伝授を謳って増やしてるらしいよ。夢を

          レッド・ホット・ポーカー Red Hot Poker No.2

          レッド・ホット・ポーカー Red Hot Poker

           シオンは空っぽな気持ちでピンクのノイズキャンセリングヘッドフォンに指先を触れた。しばらく深呼吸して、やがて目を閉じる。視えた。  ナツキさんは、誰かから逃げている。後ろを振り返りながら、夜道を駆けていて、これはスニーカーの足音かな。でも追いつかれて、叫ぼうとするけど口を塞がれてしまう。そのまま強引に車に乗せられて、どこかへ連れ去られた。  「何色の車ですか?」  母親が悲壮な面持ちで尋ねる。  俺は目を開けて答えた。  「紫です」  不安そうな母親の顔。  シオンはまた目

          レッド・ホット・ポーカー Red Hot Poker

          ドリス Doris

           水底に取り残された。プールではないし、穏やかな海か、みずうみか。薄暗くて、静かで、澄んでいる。  水面から、オルゴールのような音楽が聴こえた。たしか、これは、ディズニーランドで聴いたことがある。イッツ・ア・スモールワールド。それが、くぐもって、歪んで、耳の奥まで響いてくる。  おはよう。誰に向けるとでもなくこころのなかでつぶやく。俺は軽やかに、水を掻きながら、イルカのように上昇して水面に顔を出す。おはよう。  急に眩しい外界の光に晒されて目を細めながら岸にたたず

          ル・プティ・シュヴァリエ Le Petit Chevalier 4 Vein

           教会は住宅街に紛れて、アンリに言われなければうっかり通り過ぎてしまいそうな、小さく簡素な建物だった。開放されている礼拝堂に足を踏み入れると、木製の長椅子に腰かけた母子連れがいた。最後列の長椅子に腰かけ、どこにクダはあるの、母子連れに気づかれないように囁き声でアンリに尋ねた。  「クダはそれが設置された空間内部を満たしています」  そうアンリは答えたが、いまいち意味がわからない。  「カードを十秒ほど掲げてみてください。すぐに波動を拾います」  財布に入れていた認証カード

          ル・プティ・シュヴァリエ Le Petit Chevalier 4 Vein

          ル・プティ・シュヴァリエ Le Petit Chevalier 5 Vein Ⅱ

           にわか雨は止み、すぐに洋館を出発した。 日本中で多発している異常な現象によるものなのかわからないが、住宅街は閑散としていて、滅多に人とすれ違うこともなかった。  アンリの指示に従いながら、なるべく複雑なルートで次のクダへ向かう。無駄な戦闘を避けるためだ。 通りがかった倉庫で、大声で指示を出しながら働く人たちを見かけ、世界から完全に人間が消失してしまったわけではないのだと、少し安心した。  市の中心部に近づいているのか、商店や飲食店が増えてきた。  古いこじんまりとした洋

          ル・プティ・シュヴァリエ Le Petit Chevalier 5 Vein Ⅱ

          ル・プティ・シュヴァリエ Le Petit Chevalier 6 Vein Ⅲ

           ホテルを出て、駅の改札を横切ると、閉園した遊園地のように無人だった。思わず立ち止まる。いや、違う。目を凝らすと窓口に駅員はいるし、表通りから見上げる高架ホームにも数人の乗客を確認できた。  「それにしても」  いつもの癖で口元に手をやり、閑散としたバス停を見渡しながら、囁いた。  日中に市街の中心部にある駅周辺に人の気配が乏しいのは不気味だ。  しばらく敵の気配もない。  空に浮かぶ銀河だけが荘厳さを際立たせ、昼と夜の区別を曖昧にしていた。静寂を縫って粛々と電車が到着し、宛

          ル・プティ・シュヴァリエ Le Petit Chevalier 6 Vein Ⅲ

          ル・プティ・シュヴァリエ Le Petit Chevalier 7 裂開

           沖に昇りかけた太陽は、光の絵の具のように雲間を流れ地上にあふれた。  穏やかな波だ。際立つ満天の星雲。キラメク夜明け。  浜辺に敷かれた結晶の絨毯を、海伝いに遠くから歩いてくる少女が見える。 「彼女が呪術師のアリです」  アンリが伝える。  名前から男だと思っていた。  おそらく十代半ばくらいだろう。 「足手まといにならないか心配」   真砂さんがつぶやく。  目前までやってきたとき、少女にまず真砂さんが挨拶した。  「こんにちは、はじめまして。真砂リサといいま

          ル・プティ・シュヴァリエ Le Petit Chevalier 7 裂開

          ル・プティ・シュヴァリエ Le Petit Chevalier 8 Heavy Soul

           磔の庭の地下、それは地下室のことだと思っていた。  鬱蒼とした樹木と苔が偏在する地下世界。  空は抜けるような青一色。鳥の鳴き声。  めくるめく無機物に近づきつつある地上世界とは対照的に、ここは生命の香りが立ち込めていた。  「真砂さん、聞こえましたか? 三十分は努力目標じゃないらしいです」  「うん」  「真砂さん、大丈夫ですか?」  「何が?」  「いろいろです」  「大丈夫なのかな、うーん、もうわからなくなってきた」  ミト君が笑い、私も笑った。  「この環境で三

          ル・プティ・シュヴァリエ Le Petit Chevalier 8 Heavy Soul

          ル・プティ・シュヴァリエ Le Petit Chevalier 10 ルクス Lux

           俺と真砂さんは榊の邸宅の中庭に倒れ込んでいた。  気を失っていたわけではないが、二人とも急激な疲労に襲われ、身体に力が入らなかった。  見上げるとアリがこちらを見つめていて、お疲れ様です、と気遣った。  「榊の結界は解けました」  そう言って、アリは希うように両手を掲げ瞼を閉じた。  そのまま一つの音程、少女の声とは思えないほど低い音程を、延々と持続させながら歌い始めた。かすかな狂いさえない機械のような安定した揺らぎで、長く長く、遠くまで声を投げた。やがて声は、階段

          ル・プティ・シュヴァリエ Le Petit Chevalier 10 ルクス Lux

          ル・プティ・シュヴァリエ Le Petit Chevalier 1 前頭前夜

          あらすじ上位世界から、この世界を救う使命を託された真砂リサは、任務遂行のパートナーに後輩の来栖ミトを誘う。授けられた特殊能力、「フィギュール」を駆使し、任務は順調に進むかに見えたが、二人の内に秘めた目的のズレが次第に影を落とし始める。 1 前頭前夜  月夜。白い花、これはユリだそうです、そう電話口から真砂さんに教えた。  よかったねと返ってきたけれど、いやあ、猫がいるんでユリは身近に置けないんですよ、と俺は苦笑いした。よかったね、か。三毛猫のおはぎはクッションの上で目を

          ル・プティ・シュヴァリエ Le Petit Chevalier 1 前頭前夜

          ル・プティ・シュヴァリエ Le Petit Chevalier 9 Sin

           遠く、斜めに光が差し込む樹々のあいだを、ゆっくりと歩いてくる男が見えた。真夏の樹海に不似合いな、黒いロングコートを着た背の高い男。肩まである、黒い長髪が揺れている。  右手に白装束の女の首をぶらさげていた。  榊だ。  猫のような眼をしている。  なぜだかわからないが、私たちは榊を即座に攻撃しようとしなかった。  私たちの目の前までやってきた榊は不敵な笑みを浮かべて言った。  「ありがとう、助かったよ。ずっと敵のスキができるまで待ってたんだ」  あきらかにほかのフィギュ

          ル・プティ・シュヴァリエ Le Petit Chevalier 9 Sin

          ル・プティ・シュヴァリエ Le Petit Chevalier 3 フィギュール Figures Ⅱ

          「来栖ミトから連絡がありました。応答しますか?」  私がこの地を訪れた初日、浜辺に敷きつめられた石ころも、入り江の小高い流紋岩も、灰白色だった。それが数日のあいだに内部から鈍い光を放ち始め、すぐにピンク、紫、橙の結晶が熟した。昼間の結晶は太陽と溶け合いながら光を吸収し、夜にゆっくりそれを吐き出すように浜辺を輝かせた。  「つないで」  「了解しました」  真昼。  結晶化した石ころを踏みしめながら歩いている。  アメリはなめらかに曲線を描くオパールの身体をたゆませ、仄か

          ル・プティ・シュヴァリエ Le Petit Chevalier 3 フィギュール Figures Ⅱ