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調査報道大賞⑤国家によるデータ改ざんをどう暴いたのか 大賞/全体総括

「調査報道大賞2022」の授賞式が9月2日に開かれました。選ばれた報道は何が評価され、受賞者たちはどんな取材の苦労や思いを語ったのでしょうか。最終回は大賞を受賞した報道です。選考委員による講評と、報道にあたった記者のことばのほぼ全文を、こちらで公開します。

『国土交通省の統計不正問題をめぐる一連の調査報道』朝日新聞取材班

講評:江川紹子さん
「統計は未来を作るための資料。報道がなければずっと不正が続いていた」

統計というのは、公文書と並んで本当に大事な基礎の資料だと思います。大事な記録であって歴史的な基礎資料でもありますし、今のこの国、この地域の状況を知るための大事な基礎資料でもありますし、それを元にいろんな政策をやることで、どうやって未来を作っていくのかという意味でも、本当大事な基礎資料だと思うんですね。

そこに不正があると。しかもですね、数年前に厚労省で勤労統計の問題があったにも関わらず、その時にちゃんと是正されないで進んでいたということで、役所の自浄能力の無さというか――この報道がなければ、ずっとこの国交省の不正も続いていたと思います。問題を指摘するだけではなく、これをきっかけにして調査が行われ、是正がされたということなので、その結果も含めて報道の力は大きかったと思います。

それだけ重要なんですけれども、ただこの統計っていうのが、やっぱり私の感じでは、地味という感じがしてしまいましてね。専門性が高いということで、モチベーションをどういうふうに保っていったのかとか、この地道な根気というのは、本当に大変なことだっただろうなと想像して、それにもひたすら敬意を表します。

皆さま方の報道のおかげで、ようやくこの問題が正されたということで、一国民としてもありがとうございました、と申し上げたいような、報道でした。本当にこの度はおめでとうございます。

受賞のことば:朝日新聞 伊藤嘉孝さん
「複雑でわからないことこそが不正を隠してる。だから諦めたら調査報道は負け」

最初に紹介がありましたように、調査報道の名を冠した賞はこれしかありません 。朝日新聞の中でも調査報道という名がついたチームは私たちしかおらず、正直、プレッシャーの中でやっていて、調査報道の名を冠した賞で大賞をいただけるというのは、大変ありがたく思っております。ありがとうございます。

江川さんからおっしゃっていただいたんですけど、本当に地味な報道でして、地味な中、地味に取材を続けて、何をやっているんだ、何の資料ををめくってるんだと言われてきました。(ここまで受賞のことばを述べた)皆さんは1年、2年かけて追いかけてこられてましたが、僕らはアウトプットまでは半年でした。それが長いのか短いのかっていうのがあるんですが、せっかくなんで少しだけ経緯を紹介させていただきます。

社会部の調査報道班キャップとして取材を牽引した伊藤嘉孝さん

報じたのは去年の年末なんですけど、きっかけはその半年前に「都道府県と国がどうも統計の処理をめぐってイザコザしているようだ」 という話を聞きまして。大きな統計だと建設の統計だとか。調査報道の端緒ってそんなもんでですね、何かわかるような、わからないような。調べていくと、「建設工事受注動態統計」というもので、この時点でテレビなどでは報じてもらえない内容だろうな、と思いながら調べました。

建設工事の受注というのは景気にものすごく左右されますし、実際、年間100兆円に上る規模のものです。日本の国家予算に匹敵するような大きな額の統計でした。ただ、よくわからないんです。地味で、よくわからないし、複雑であると。どうも都道府県で行われている処理がおかしいという話なんで――これは高度な調査報道といっていいのかどうか、わからないんですけど――我々は都道府県の現場の担当者に普通にアポイントを入れて、どんな作業してるんですかというのを出張してどんどんどん聞いて回ったんです。

そうしたところ――細かく説明すると難しいのですが――1万2000の業者さんから建設の受注額を集計して、それで統計を作ります。生のデータを業者さんが書いて、100万円とか、1億円とか出してきます。これを回収するのが都道府県の役割です。回収して国に渡して国が集計をします。そうした時に都道府県の担当者さんは皆さんあっけらかんと、「3か月分提出されるんだけど、1か月分の統計なんです。まずいんです。だから、2か月分は消して0にして、足して数字で書くんです」と。公文書とかについて取材をしてきた者としては、愕然とします。特段、悪びれる様子もない、 そういう説明を受けるわけですね。

それでおかしいなと思うんだけど、あんまりにも普通のこととして仰るので、普通のこととして彼らの中で処理されてるんだなっていうことがわかってきました。追加で情報がいっぱい集まってきたので、では本丸の国土交通省に聞きにいこうということで、それも普通にアポイントを取って行きました。

記者2人でのこのこ行くと、「そうですよ、3か月分来たら困るんで1か月だとします」と普通に言われちゃうんですね。で、僕らは、実はその時すごく不安になりました。というのが、数学の専門家でもなければ、統計の専門家でもないですよね。どちらかというと数字に弱い。そうした時に、僕らがおかしいんじゃないかと。「そんなこともわからない、あなたたちがおかしいんですよ」という雰囲気さえ感じました。実はそれで自信を失いまして、一回やめたんですね。

自信を失ったときに――やはりここからが調査報道だなと思ったんですが――自信を失うということは、それだけ理解をしていないし、ロジックを立てられていないし、要は努力が足りない、と思いました。そこで、色んな所から資料をかき集めて公開資料を読み込んで、そうすると、ちょっとした建設の統計の専門家になりつつあり、そしてやっと、これは間違いないな、いけるなと思ったのが、11月でした。そこからがまた一つ勝負でした。

社内の人たちに伝わらないんですね。僕らの力量がなくて、原稿が書けない。この問題を原稿化するのがめちゃくちゃ難しい。ここは私、調査報道班のキャップとして――今回のメンバーはみんな頑張ったんですけど――皆が後から、「ちょっと良かったですよ、あの一言」と言ってくれたのは、「調査報道は意地だ。複雑でわかりにくいことだからからもうやめておこう、ワンフレーズでわからない、エモーショナルじゃない、そういう姿勢でちょっと伝わらないよねって言ったら負けだと。複雑でわからないことだからこそ、複雑でわからない複雑さがその不正を隠してる。だから、諦めたら負けじゃないか。そこは意地だ」というふうにひたすら説得して、もっと偉い人たちとどんどん喧嘩をして、やっとアウトプットにつながりなりました。

授賞式に訪れた瀧澤正之・社会部長をはじめとした朝日新聞の皆さん

そうやって泥臭いというか、かっこいい データジャーナリズムといったものではなかったのですが、結果として僕が最終的に思ったのが、統計っていうのは、日本に1億2000万人の人がいることになってるんですけど、多分、誰1人として個人的にそれ数られないですよね。本当は8000万人かもしれない。こういったことって、「権威主義国家が出すデータは信じられない」ということが世の中で言われたりしますが、僕らの暮らす日本は、きっとそういう国じゃないだろうと信じていたかったけれど、こういうことがあってから、どんなに複雑でも、見過ごしてはいけないと。やってきたことが大賞という形で皆さんに選んでいただいて取材班一同大変光栄に思っております。ありがとうございました。

受賞のことば:朝日新聞 佐々木隆広さん
「調査報道でシンプルに世の中の役に立ちたい」

本当に今、デジタル、ネットが発達して色んなニュースが溢れるなかで、やっぱり調査報道を志す人間としては、シンプルに世のため人のため、世の中の役に立ちたい。そういう一心で今回の報道も何とかできて、こういった励みになる賞をいただけてとても嬉しく思うし、非常にありがたく思ってます。ありがとうございました。

デスクを務めた佐々木隆広・社会部次長


全体総括: 江川紹子さん
「時間をかけた調査報道の光が当たらないと、人々に事実が届かない」

この場にいらっしゃる皆さん、おめでとうございました。
前回以上の作品が集まりまして、私たちも本当にいい作品が多かったので、結構、熱い議論になったりしていましたけれども、でも選ばれた作品は、本当にどれもそれにふさわしいいい作品になったと思います。

世の中の風潮というのは、どちらかというと効率重視で、例えば映画なんかも早送りで見るのが当たり前になってきてるような、効率が重んじられる風潮ですけれども、やっぱり調査報道というのはそういうわけにはいかない。その風潮に抗って1つ1つ事実を積み重ねていく作業で、ものすごく時間もかかる。そういう結果が、皆さま方のお仕事がなければ明らかにならなかった事実、市民に届かなかった事実があったわけで、それをきちっと人々に届けたという皆様のお仕事に、本当に心から選考委員一同、敬意を表したいと思います。

100作品を超える応募作の審査にあたった選考委員長の江川紹子さん

その一方で、今は統一協会の問題が非常に、大きなテーマになっていますので、いろんなことが明らかになってきましたけれども、でもこの30年という期間、あまりこの問題にジャーナリズムの光が当てられてこなかった。もちろんその中でも地道にやってきた人がいて、その結果が今に生かされているということはありますけど、でもジャーナリズムの光が当たらないと、どういうことになるのかっていうことを、まあ、一連の今の状況っていうのは、示していると思うんですね。

やっぱりジャーナリストの仕事、特に調査報道の重要さを改めて噛み締めているところです。そういった中で今回授賞式を開催することができて、この賞を受け取っていただけて本当によかったなと思いますし、調査報道が本当に大事なんだよということを、皆さん方のお仕事が知らせてくれるだけでなく、私たちもこの賞がそういうことを伝えていける、そんな役割になっていったらいいなと思っています。今日は皆さん、本当におめでとうございました。ありがとうございました。

挨拶: 報道実務家フォーラム・瀬川至朗理事長
「自由で独立した事実に基づくジャーナリズムは、民主主義を守る大前提」

調査報道というのは、ジャーナリズムの真髄とも言われていると思います。その調査報道の優れた作品を顕彰することでジャーナリズムの活性化に寄与したい、そういう考えから、昨年私たち報道実務家フォーラムとスローニュース社の協力によりまして、この調査報道大賞を創設することができました。調査報道という名が冠せられた日本で初めての賞ということになります。

報道実務家フォーラムのお話を簡単にさせていただきます。これはマスメディア業界の内部の組織ではありません。記者やジャーナリストが、個人個人の立場で報道のスキルを高める、そのために話し合う、学びあう場として2010年に設立をいたしました。個人個人の立場で集まってるのが1つの特徴であります。その柱の1つはやはり調査報道をいかに学ぶか、その質を高めるかということでありましたので、必然的にこの賞の創設ということに繋がっていったと考えております。

報道実務家フォーラムの瀬川至朗理事長

おかげさまで第2回の応募、推薦が100を超えるものがありまして、選考委員の方々にとっては、非常に大変な選考だったと思っております。昨年は4つの作品が受賞作になりましたけど、今年は8作品に増えました。難しい選考をしていただいた、選考委員長の江川紹子様を始めとした選考委員の方々に厚くお礼申し上げます。

今回受賞された8作品は、私も選考には関わってはいませんが読んだり視聴したりさせていただきました。いずれも多面的な調査、取材により、揺るぎないファクトを掘り起こし、それを社会に提示してインパクトを与えている、そういうものだと理解しております。共通して感じたのは、隠蔽された事実やデータをどこまでも追い求めていくという熱意あるいは探求力、その一方で事実やデータに対する謙虚な姿勢、あるいは誠実な態度というのを感じたところであります。そうした努力の成果で、受賞された皆様に、尊敬の念を持って心よりお祝いを申し上げたいと思います。

世の中を見ますと、社会の分断、あるいは格差が進んでおり、その分断をメディアが助長しているのではないかということも指摘されたりしています。一体、ジャーナリズムというのは何ができるのか、そういう疑問の声が寄せられているのも事実だと思います。そこで1つの言葉を紹介させていただきたいと思います。これは昨年、ジャーナリスト2人がノーベル賞平和賞を受賞したとき、その発表文の中にノーベル賞平和賞委員会が記した言葉です。

「自由で独立した事実に基づくジャーナリズムは、権力の乱入や嘘、戦争プロパガンダに対抗して守る役割を果たします。ノルウェー・ノーベル賞委員会は、表現の自由と情報の自由が市民への確実な情報提供に役立つことを確信しています。表現の自由などの権利は、民主主義と戦争・紛争の防止にとって大前提となります」

今回、調査報道大賞を受賞された皆様が、受賞を機にさらに発展され質の高いジャーナリズム活動を持続的に展開されることを心より願っております。本日は本当におめでとうございました。

挨拶:スローニュース・瀬尾傑社長
「調査報道は危機的な状況。その価値を世の中に伝える活動を続けたい」

今日選ばれた8作品、どれも社会を変えるインパクトがある調査報道ばかりです。しかも、色々なジャンルにわたってあるいは手法も違って、日本の調査報道の豊かさを改めて感じることができました。

一方で、僕は元々講談社の雑誌畑の出身ですが、ある程度、調査方法は危機にあるなと思ってるところがあるんです。というのも、皆さんご存知かどうかわかりませんが、雑誌の世界では「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」というのがありまして、100人ぐらいの雑誌編集者がガチでその年の1番のスクープは何かっていうのを選ぶ賞が、実は今年で最後になってしまったんですね。30年続いたのが、残念ながらおしまいになってしまいました。これもボランティアでやっていた賞です。今日もテレビ、新聞、色んなジャンルからの受賞がありましたが、例えば雑誌ジャーナリズムというのも、1つの日本の調査報道を支えてきた面があると思うんですけども、それが今、危機的な状況にあるというのもまた事実です。

スローニュース・瀬尾傑社長

今日、ここに表彰された8作品だけじゃなくて、応募作100作品ぐらいの候補があって本当にどれも素晴らしい記事で、これが出なかったら、世の中、わからなかったこといっぱいあるんだなって感じさせる記事ばかりなんです。それくらい、調査報道は社会に意味あると思っています。

ただ一方で最近思ってるのは、意外とジャーナリズムをやってる人って、ジャーナリズムがどういう役割を果たしているのか、伝えるの下手だなと感じています。取材に関わってきた皆さん、これが世の中に役立って、自分たちが社会的意義があってやってるんだと、声に出さなくても皆さんそう思いながらやられてると思いますが、それが世の中に伝わってるかというと、なかなか伝わっていない側面もあると思うんです。この調査報道がなければ、わからなかったことが世の中にたくさんあったんだということを、世の中に知って欲しい。

僕らのこの賞も、ジャーナリストが全て選んでいます。別に内輪の賞にしようと思ってるわけではなくて、この賞をこういう素晴らしい作品があることによって、こういう素晴らしい記事があることによって世の中が良くなっていくっていうことを国民の皆さんに知ってもらって、やっぱりジャーナリズムって重要なんだよね、調査報道は大事だよね、というのを知って欲しいという気持ちで、この賞を始めました。2回目を迎えて、やっぱり素晴らしい作品が多くて本当に良かったと思います。

今日、嬉しかったのはですね、特に赤木雅子さんにも来ていただいて……調査方法って社会の大きな構造を変える力を持ってるけども、改めて感じるのはその中に1人1人の、顔がある。1人の小さな市民がその中にいて、勇気づけたり、救ったり、あるいは後押しするような力を持ってるんだ、ということも改めて感じさせられました。赤木さんにも来ていただけて、本当に感謝しております。

次回も調査報告大賞を盛り上げていきたいと思います。この賞を決してジャーナリズムの仲間だけの賞じゃなくて、やっぱり世の中にジャーナリズムは価値があるんだってことを知ってもらうための賞にしたいと思っていますので、本当にこういう作品に選ばれた、受賞していただいたことで、それは伝わると思います。そして、その賞をこういう賞があるんだよとか、賞をとった喜びとかをぜひ周りの人にも伝えていただければ、ジャーナリズムの役割が、世の中の人に伝わる一助になると思いますので、それもお伝え頂きたいと思います。本当に今日はありがとうございました。

(了)

※11月27日に「報道実務家フォーラム・調査報道大賞スペシャル」の開催が決定しました。受賞者の皆さんと語り合えるイベント、後日詳細を発表します。