会社の新卒研修で致死量の初対面を摂取するのがキツい

趣味とは、何よりもまず嫌悪である。

『ディスタンクシオン』ピエール・ブルデュー著, 石井洋二郎訳

社会人1年目が始まった。4月にやることと言えばそう、新人研修である。
新卒としてこの春就職した僕は、今、研修の真っただ中である。

それにしても、こんなにキツいものとは思わなかった……。

役員からありがたい講話を受けたり、講義と題して業務内容を頭に詰め込まれたり、グループワークで「絆を深め」させられたり。僕は4月のいっぴから今日まで、毎日そういうことをしている。つまらない部分もあるが、ちゃんと得るものはある。だから、研修自体に特段不満はない。

だがキツい。
最もキツいと感じていることは、とにかく大量の初対面の人と話さざるを得ないことである。

「来る者拒まず去る者追わず」を対人関係のモットーとして意識的に標ぼうするものの、社会人一年目の4月はこの対人的悠長が一切許されない
なぜなら今同期との関係構築をし損なえば重大な機会損失に繋がるからだ。具体的に失うのは「情報源」かもしれないし「将来の仕事上の協力関係」かもしれない。だからうかうかしてはいられない。

断っておくが、僕は日本語でのコミュニケーション能力にほとんど支障がない。会話自体はそれなりに好きだし、周りからはコミュ強の根明だと思い込まれている。実のところではこんな記事を執筆しているのだから根明という勘違いについては笑えてしまうが。
それでもキツいのはなぜかというと趣味の合わない人間と話さなければならないからだ。

もっと具体的な例をあげよう。
「春休みは何してたの?」と聞いて「マグロを釣ってました」と返されるのが辛いのである。
釣りは僕の趣味じゃないが、場を盛り上げるためには「え!?どういうことですか!!ちょっと、写真とかあります!?」と聞かなくてはいけない。実際に僕はそうする。しかし僕は家でゲームしたり、音楽を聴いたりしてる方がよっぽど好きなのだ。でも、コミュニケーションのためには、趣味じゃないことにも首を突っ込む姿勢を出さなくてはいけなくなる。それが辛いのである。

なぜ辛いのかと言うと、僕は彼の趣味を嫌悪しているからであり、コミュニケーションのためだけに、その嫌悪の対象へすすんで関与しなくてはいけないからである。
さしてみたくもないマグロの写真を意気揚々と見せられて、しっかりリアクションを取らないといけないのだ。辛いに決まっている。

また、彼の趣味に嫌悪を覚えた(「あ、コイツ趣味が合わないな」と僕が気付いた)時点で、僕の趣味も彼の嫌悪の対象であることがほぼ確約される
なので自分の趣味を僕はその場では決して公開しない。そうしないとコミュニケーションが冷え、良好な関係構築をし損ねるからである。
相手に「こいつ嫌いだな」と思われない為に必要なことだが、これも苦痛である。

僕は研修の間、実際にこうした配慮を心掛けて振舞ったし、それで一定の成果(人脈構築)は得られた。
しかし一方で"ある種の趣味"の持ち主は僕にとって致命的であり、僕はそうした趣味の人たちは研修中積極的に回避するようにした。
一体それがどんな趣味であるか、ここで是非当ててみてもらいたい。




答え合わせをしよう。




それは、関西人などに代表される「おもろい」「おもんない」というコミュニケーションの趣味である。

彼らは"ボケとツッコミ"が常態化したコミュニケーションを趣味としている。自他どちらかが"ボケ"をちょいちょいとぶっこみ、成文化し難いお約束 (ノリ) に沿ってそれを"ツッコミ"という形で拾う。
それが彼らにとっての「おもろい」やり取りであり、これを冷めさせるものは須らく「おもんない」のである。

僕はそのような趣味を持ち合わせていない。
それどころか、誰に見せるわけでもない 1 on 1 のコミュニケーションで"ボケとツッコミ"という約束事を要求されるのは理不尽だとすら思っている(※ゆえに、やり取りを見ている第三者がいる場合は、割とちゃんとノる)。
こういう思考は会話の中でどうしてもにじみ出てしまう。
だから僕が彼らと会話すると遅かれ早かれ彼らに「おもんない」と断じられてしまうので、果たしてコミュニケーションという土俵における立ち合い不成立と相成る
いくら僕がコミュニケーションに本気に取り組んでいようと、ひとたびそうなってしまえば、そのあとはどん詰まりである。

こんなわけで僕は「おもんない」を平然と口にする人と無目的的な状態でコミュニケーションを取るべきでないのである。

だが別に不安にはならない。今話さなければいいだけのことだからだ。
(そもそも、全員と話せる訳などないのだし。)

仕事上でそうした趣味の人と協働の必要に迫られたときには、当然すすんで仕事の話をしよう。それは趣味と関係のない、目的的なコミュニケーションである。もしかするとその中で「意外とウマが合うもんだ」と互いに気が付くかもしれない。こうした仲の深め方もあるかもしれないことも、僕は経験的に知っている。

それでもきっと仕事をしながら「俺こいつのことやっぱ嫌いだわ」と肚の内で秘めているだろうと思うが、まあそれが本当の意味で"親睦を深める"というものである。


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