Beside|Ep.3 陽だまり
Beside-あなたと私のためのベットサイドストーリー
あの部屋は、いつも通りの空っぽの部屋に戻っているはずだったのに
私を待っていたのは、キラキラした”おかえりなさい”だった。
chap.1
「ジミナ…?! 帰ったのかと思ってたよ。どうしたの?帰れなかったのか?」
直接お礼を言わねばと、ずっと待ってくれていたらしい。昨日も思ったことだが、彼は礼儀正しい。きちんとした家で育ったのだろうか。ならばどうしてこんな生活をしてるんだろうか。
「こんな時間まで居座ってて、ごめんなさい。昨日は本当にありがとうございました。」
「大したことはしてないよ。それよりこちらこそごめんね、遅くまで待たせて。」
待っててくれているんだったら、もう少し早く帰ってこれたのに。自分の家に連れ込んだという事実を無視すれば、なんだか申し訳ない気分だ。
「とんでもないです。じゃぁ僕はこれで…」
「え、今から帰るって、電車あるの?それに、なんかご飯食べれたの?」
「えっと…実は何も食べてないです…」
私が乗ってきたのが最終の1本前だったはずだ。それに、ずっとここで待っていたのなら、昨日の夜からまともに食べてないってことになるじゃないか。あぁ、またきみはそうやって、私の知らない感情を引き起こすんだな。昨日会ったばかりの、見ず知らずの青年だ。名前くらいしかしらない。どこで何をしているのかも、どんな過去があるのかも。こんな時間にどこにどうやって帰ろうと言うのか。お金は持っているんだっけ。そもそもどうして私はこんなに彼を心配しているんだっけ。こういうことは、冷静に考えたら負けなのか。みんなもお腹が空いている子がいたら、何か食べさせてあげたくなるのだろうか。
「ジミナ。よかったら、ご飯食べていく?もう、電車もないし。」
「ぇえ!いいんですか?!」
「嫌だったら、断ってくれて大丈夫だ。ただ、お腹空いてたんだったら申し訳なかったなと…。」
「とんでもない!はい!よろこんで!」
とはいえ、冷蔵庫に何か気の利いたものがあるわけでもない。気が向かないが、ホビの店でテイクアウトすることにした。ジミン用のスタミナ弁当と、私のしじみ汁を調達する。いや、ホビは二日酔い対策って言うけど、酔いなんてとっくに覚めているのだ。案の定、ニヤニヤする視線を無視して家に戻る。
ーって、きみはそんなに美味しそうに食べてくれるんだな
ホビの作るお弁当にはいつもたっぷりの肉と野菜、それにあったかいご飯。肉は下味がしっかりとついていて、添え物のナムルとよく合う。しじみ汁を啜りながら、青年が美味しそうに弁当を頬張る様を見ることになるなんて。息子ができたらこんな感じなのだろうか。何より、きみの”おかえり”は、春の陽だまりみたいに暖かかった。この空っぽで寒い部屋が、初めて暖かった。もしかして、きみが満腹で、まだ帰る電車があったとしても、私は何かしょうもない理由をつけて、引き留めていたかもしれない。
他愛のない会話をしながら、ジミンの太陽みたいな笑顔に見惚れていた。満たされていく気がした。長い間そこにあった、寒くて、空っぽの空間が、まるで嘘だったかのように。
chap.2
ふと気づくと、ヌナはソファで寝てしまっていた。この部屋の主人は、ものすごくハードな仕事をしているみたいだ。昨日も遅くまで働いていたようだし、少し顔色が悪かった。ヌナはびっくりするほど優しい人だ。びしょ濡れなのに笑いかけてくれたし、見ず知らずの僕に親身になってくれた。けれど、時々寂しそうに笑うんだ。疲れなのか、それとも、虚しさなのか。これ以上疲れさせてしまうなら、僕はさっさと帰るべきだったと反省しつつも、それがどうしてかを少し知りたいと思っていた。
『今日さ、空っぽ記念日なんだよね。5年もずっと空っぽだよ?かわいそうだよな』
ほら、また寂しく笑う。空っぽ記念日とはなんだろう。誰かが出て行った日なのかな。こんな優しい人を残して誰が出ていってしまったの。どうして今もまだ空っぽなのか。
『ジミナが良ければ、あの部屋好きなだけ使ってよ。あの部屋もさ、いい加減誰かに使って欲しいんだよ。』
それはこの部屋を貸してくれるということだろうか。昨日会ったばかりの僕に、どうしてそこまでしてくれるんだろう。誰かがこの部屋にいたら、もしかしてヌナは嬉しいのかな。寂しさを埋める誰かの代替パーツだとしても、これ以上ヌナがそんなふうに、寂しく笑わなくて済むのなら、それでもいいと、なぜか思っていた。
「ねえ、ほんとに僕、帰らなくていいの…?」
聞いてみたところで、静かな寝息が帰ってくるだけだ。
この部屋に留まった理由は自分にもよくわからない。別に一晩寝れなかったって構わないし、今までそうしてきたみたいに、いくつかまた知人を頼って、寝床を探せばよかった。部屋の主人に従っていれば、とりあえず夢を諦めないくらいには生活できる。見返りがあれば、ご飯を食べさせてくれる知人もいる。たまに、ああやってご主人を怒らせてしまい、突如宿無しになることもあるけれど、ジプシーのような生活は自分自身を映しているようで、特段何も感じることはなかった。僕は、踊り続けられるのなら、なんだってよかったんだよ。どんなに惨めな夜が来ても、翌朝踊っていられるのならなんだって。
「さむ…ぃ」
「ヌナ…?なんか掛けるもの、毛布とかどこにある?」
返事はない。本当に寝ちゃったんだ。こんな状況で、何が起こってもおかしくないっていうのに。まったく無防備な人。僕が”危険な人”だったらどうするつもりだったの。それとも本当は何か考えがあるのか。何の見返りも要求されない宿は久しぶりで、逆に不安になる。
「僕もう少し、ここにいてもいいかな。」
僕なんかでも、ここにいる意味があるのかもしれない。そんな自分らしくないことを考えてしまったのは、この部屋があまりに空っぽで、ヌナが寂しそうに笑うから。お金や主従関係や、そういううんざりするような事じゃなくて、僕でも誰かに必要にされると、期待してみたくなる。会ったばかりの人なのに、馬鹿みたいって笑われるかな。
「おやすみ、ヌナ。いい夢 見てね」
chap.3
夢を見ている
幸せそうに眠っている子がいる
私と…誰かもう一人…大切な人が
フワフワであったかい…いい匂い…春の日みたいだね
ギュッと抱きしめる、このままもう少しだけ、そばにいられるように
抱きしめたものに、物理的質量を感じた。おかしい、夢の中なら、これは干したての布団のようにふわっとしているはず…
「これ、夢…じゃない!?えっと…?!」
目を開けると、フワフワの髪の毛とプニプニした白いほっぺが横たわっていた。私のすぐそば、今抱きしめた当たりに。この子知ってる。すっごい知ってる、でもここに横たわっていいはずの子ではないような気がする。そう、昨日から突然隣の部屋に来た…
「ジミナ?!」
「ヌナ、おーはよっ」
「な、な、なんでここに?!」
「んー説明するのが難しいんですけど、ソファで寝ちゃったヌナが、寒いっていうけど、毛布の場所わからないし…とりあえずベットに運んで、くっついて寝とけば寒くないかなと思って」
ケロッととんでもないことを説明される。寝起きの頭が思考放棄を主張している。
「あ、大丈夫。僕たち、なーんにもなかったぞ♡」
「っ?!あたりまえだー!」
chap.4
「ということで…ルームメイトが増えたんで、何かとこれからもよろしく。」
「ふ…ふふふふ」
「ホソクよ、何か言いたいことがあればどうぞ」
「アミちゃん、あの晩に一体何があっ…」
「やっぱ何も言わないでいい」
「あー何があったのか根掘り葉掘り聞きたい」
「声に出てるぞ。それにホビが期待してるような事は何もないから」
予想外の展開。でも楽しんでみたらいいと、ホソクが言う。
「僕は二人がルームメイトになったのは何かの縁だと思うな。」
ジミンはダンサーを目指しているという。どういった事情かはわからないけど、実家で活動することができず、友達や知人を頼って、宿を転々としていたらしい。あの部屋はジミンの仮住まいにはちょうど良いだろう。いつまでだって住めるし、いつだって出ていけるから。
「ジミンは、しばらくしたら出ていくんだろうから。少しの間だけかもしれないけど」
「アミちゃん?先のことを考えることも必要だけど、もっと今を楽しんで?」
ーホソクは、たまにいいこと言うよね
「今日、なんか食べてく?」
「じゃぁ、親子丼ひとつ。あ、ジミナ!おかえり」
「ヌナ、ただいま!ホソギヒョンもお疲れ様です!いい匂い、お腹すいたねっ」
「じゃぁ、親子丼二つで!」
「ふふ、かしこまりました」
突如始まった新しい生活。今を楽しむ、しばらく忘れていた感覚。
「ヌナ、ちょっと買いすぎじゃない?!」
ジミンの生活用品を揃える。買い出しやら何やらで、慌ただしく過ぎていく週末。確かにちょっと張り切りすぎたか。ひさしぶりで楽しいのかもしれない。歯ブラシやコップ、タオルにスリッパ。2人でルームシェアするためには思ったより買うものが多い。
「あの…こんなに良くしてもらって、僕にも何かできることないかな?夜ヌナのこと温めるだけっていうのも…」
「だから、温めなくて大丈夫だからね?」
ダンスの練習や公演のリハーサルは不定期になることが多いようだから、シフトの融通が利くところでアルバイトが合っていそうだ。ホビの居酒屋はどうだろう。賄いつきだし、遠征費用くらいは稼げる。あそこは私の台所だし、ホビが助かるなら、私も嬉しい。
「それはいいアイディアかもしれません!早速頼んでみます!」
仕上げに鍵を作りにいく。この部屋に合鍵を作る日がくるなんてね。
一月の寒空、抜ける群青。
きみの周りには今日も暖かい陽だまりができている。
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