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パズルゲームを消そう。

 あってもなくてもいい、削除したって僕の人生には何の問題もないパズルゲームをだらだらとやりながら、電車に揺られている。

「こんなんやってる時間あったら、本読んだほうがよっぽど有意義だなあ。」
とか、
「ちょっとした時間潰しにちょうどいいってだけで、こんなアプリ余裕で今すぐ消せちゃうけどね」
とか思いながら、1222ステージ目に取り掛かる。

1222。
改めて見ると、ちょっと引く。
今までに1221ステージをクリアしてきたという事実と、それをやったのが他でもない自分自身だということに、引く。

パズルゲームをやめて、読書や映画鑑賞をしたり。
パズルゲームをやめて、新しい音楽と出会ったり。
パズルゲームをやめて、自分の人生について少し考えてみたり。

そうしていればどれほど立派な人間になれたのだろう。

パズルを1222ステージも進められる根性を、人生を良くする為に使えない。

「まあそれも人間らしいわな」

「人間らしい」という言葉から現実逃避のニュアンスだけを抽出しておのれの怠惰をコーティングし、さらには「諦めている感じがカッコいい」とさえ思おうとしていると、唐突なバイブレーションとともに画面の上部からに通知のバナーが現れた。

「シフトの提出期限、過ぎてます。最近体調不良などで休みのスタッフがちょくちょくいますが、体調不良のなかで頑張って働いているスタッフもいるので、欠勤したスタッフは冬の特別ボーナスの対象外になります。
月毎に欠勤があるかどうか確認したうえで支給するか判断します。
不明点があれば、直接連絡ください。」

バイト先のオーナーから、グループLINEへの連絡だった。

 働き始めてもうすぐ4年目になるバイト先のおでん居酒屋は、冬は毎年他のシーズンとは比べ物にならないほど大忙しになる。

 店に残っているアルバイトは新人が多く、彼らは大学があったり他で別のアルバイトをしている人も多いらしく、あまりたくさんシフトを出してこないようだ。
さらに時給も高くなければ業務も忙しいと言うことで、せっかく入っても1ヶ月でやめてしまう新人も多い。
時給を上げたり無駄な業務を削っていったりなんかして労働状況を改善しないことには、せっかく入った新人が定着することも今いるアルバイトが積極的にシフトを提出してくれるわけもないのになあ。
もう3年以上も働いているのに、僕はいまだにバイト先を好きになれない。

 ともかくオーナーも流石に対策を打とうと思ったらしく、今年は冬の特別ボーナスなるものが通達された。
11月から2月までの冬の期間、月の勤務時間が50時間未満のスタッフは時給が50円アップ、50時間以上は100円アップ、100時間以上は200円アップということらしい。
このボーナスシステムを発表するオーナーからのLINEには、

「不明点がある人は個別で連絡ください。」

という、連絡事項の最後にいつも添えられている、「文句あるなら直接かかってこい。返り討ちにしてやる。」という意味の文に、

「来月からの積極的なシフト提出に期待しています。」

という、こちらのシフト提出欲を完全に削ぐ文章が付け加えられていたことを思い出す。

最近のオーナーのLINEからは、どことなく苛立ちが伝播してくる。
シフトが穴あきになってしまう現状や、そんな中でシフトを組む作業がそもそも面倒臭いという感情。そしてその原因を自分に見出さずに、スタッフのせいにしている感じがじわじわと溢れてきている。

俺はもっと楽に仕事をしていい立場のはずなのに。
俺はもっと幸せで余裕のある生活をするべきなんだ。
俺はもっと上のステージの人間なんだ。
俺はもっと、、、俺は本当は、、、


そろそろこのバイトも潮時かなと思う。

こんなバイト、辞めようと思えばいつでも辞められる。
もっと時給もよくて楽なバイトは探せばきっとある。
もっと効率的で有意義な時間の使い方をすれば、俺にはもっとすごいことができる。

とか思いながら、辞めるタイミングもちょうどいい理由も見つけられず、4年目になる。

2023年になる。

2023ステージまで進めたら、パズルゲームを消そう。

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