遊園地・2

【遊園地・2】

〜前回の続き〜

彼の足を見た瞬間、僕は言葉を失った。

フクラハギとスネの間あたりが、ごっそりエグれていたのだ。

小さなアボガド一個分くらいはエグれていた。

骨まで見えているんじゃないかと思えるくらいだ。

彼の声と体は痛みで震えていた。

ひたすら「畜生!畜生!」叫んでいた。

何と声をかけたら良いのか分からなかった。

何をしたら良いのか分からなかった。

僕の頭は真っ白になっていた。

人生でこんなひどいケガを見たのは初めてだ。

彼は無線で他のスタッフ達に連絡をしていた。

救急車を呼んでくれと頼んだ。

僕は救急車の番号すら頭に出て来なかった。

ただ見守っている事しか出来なかった。

次第に他のスタッフ達が集まって来た。

彼は近くのベンチに運ばれて、横になっている。

まだ「畜生!畜生!」と叫んでいる。

別のスタッフがスイッチを押してくれて、他の大人達も続々と降りる事が出来た。

娘は何故ジェットコースターが動かないのか、まだ分かっていないみたいだ。

ジェットコースターに捕らえられていた人の誰かが、救急車に連絡をしてくれたらしい。

皆んな無言でその場から階段を降りて去って行った。

下で見ていた妻たちからは、何が起こったのかよく見えなかったらしい。

幸い、彼の足も見えなかったらしい。

僕はもうこの場にいたくないと思い、すぐに帰ろうと言おうと思った。

こんな気分やこんな空気では、もう楽しめないと思ったからだ。

もし子供達がいなかったら、確実に帰っていただろう。

でも乗り物は他にも沢山ある。

別の乗り物の周りはこことは別世界で、皆んな楽しそうに遊んでいる。

僕は気持ちを切り替えた。

今ここで起きた事はショックだが、子供達が楽しめる時間を減らしたくはない。

気持ちをすぐに切り替えて、他の場所で引き続き遊ぶ事にした。

ここの主役は僕ではなく、あくまでも子供達だ。

幸せと言うものは、当たり前ではない。

日常と言うものは、当たり前ではない。

沢山の奇跡の上に、それは成り立っている。

一歩でも足を踏み外せば、そこから真っ逆さまに落ちる事もありえる。

僕達の目の前のこの世界は決して当たり前のものではなく、沢山の奇跡が重なり合った結晶なんだ。

儚くもろい結晶なんだ。

天国のすぐ隣には地獄が常に待ち構えている。

だからと言って、常にそれらに恐怖しろと言っている訳ではない。

当たり前と思えるその時間にも、しっかりと感謝ししっかりと味わうんだ。

当たり前は当たり前ではないんだから。

少し時間が経つと、何事も無かった様に別のスタッフがあのジェットコースターを動かし別のお客さん達が乗っていた。

いくら気持ちを切り替えても、さすがにもう一度あのジェットコースターに乗る気にはなれなかった。

娘もそれは同じだった。

遠くで救急車が通っていくのがみえた。

彼を含めたここで働いているスタッフたちに感謝し、彼の一日でも早い回復を祈ろう。

彼らのお陰でこんなに楽しい時間を、僕達は過ごせているんだ。

当たり前の事ではないんだ。

なんだかんだで僕はジェットコースターに乗らずに済んだ。

そこだけはホッとしている。

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