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【音食同源】第39回:寿司魚がし日本一の中トロとロバート・ジョンソン「Crossroad」

寿司が好きです。

コロナ禍であまり外食ができないムードの世の中ですが、自分はもともと好んで大勢での宴会に行くようなタイプではないため、ほぼいつも「個食」です。そうなると必然的に飛沫が飛ばないような「黙食」にもなるのですが、先日行った蕎麦屋の店内に墨字の縦書きで「黙食」と書いてあったのはちょっとズコ~!っとなってしまいました。

そんなに強調しなくても良いのではと思うのですが、お店で大声を出して喋りまくる人は少なからずいますし、飲食店側からするとそうしたお客さんにいちいち「“黙食”だゾ!」とおこするのも面倒臭い。そうなると一筆入魂で書初めしたぐらいの「黙食」が張り出されている方が、気持ちが伝わるのかもしれません。実際、僕には思いっきり伝わりました。

そんな「黙食」向きなのが、寿司だと思うのです。しかも、高級な寿司店ではなくて、「立ち食い寿司」。立派な寿司屋で食べる寿司も最高なのですが、ちょい緊張感があります。なんとなく、一貫一貫の価値をしっかり感じねばならぬ、という心理的プレッシャー。例えばデートや友人との会食ならばなおのこと。お店の人にも同行者にも、「寿司をわかってるやつと思われたい」という、謎の見栄。実際は誰もそんなことを気にしていないのですが、おまかせコースで出てくる寿司を丁寧に味わいながら、気が付けばカウンターで腰掛けている椅子は汗びっしょりだったりします。

そこで登場するのが、立ち食い寿司。椅子に座らないので、お尻が汗ばむこともありません。牛丼屋さんのように、だいたいのお客さんは1人な気がします。つまり、個食に特化した飲食店。それでいて、寿司。しかも、結構美味い。僕がたまに行くチェーン店「寿司魚がし日本一」は、どのネタも美味しく、値段もリーズナブルなところが最高。とくに中トロ、えんがわが大好きです。安い寿司が食べたいなら回転寿司でもいいじゃないか、という声も遠くで汽笛を聴くようにうっすら聴こえてきますが、そういうことじゃない。そういうことじゃないんですよ。さっと店に入り、カウンター越しに立ち、板前さんと食べたいものをその都度告げるという、寿司のルーツともいえるこのスタイル。正直、注文タイミングが他のお客さんとかぶらないかな、お店の人忙しそうだから今頼むと嫌われるかな、といって別の意味でのプレッシャーがあることも事実です。しかしさすがにそこは乗り越えないといけません。

はじめてギターを手にとったとき、「Fのコードが押さえられない」という悩みに誰もが直面します。そこを乗り越えてこそ、ギターを弾ける楽しさを知ることができるのは言うまでもないでしょう。無理やり音楽につなげるな、と思われるかもしれませんが、無理やりでもなんでもいいんです。つまり何が言いたいのかというと、立ち食い寿司とは寿司文化のルーツであり、個食・黙食にも適したものであるということ。そして、近年の音楽シーンではほぼ無視に近い扱いをされているであろう、ブルースというルーツミュージック。コロナ禍を経て新たな時代に向かうとき、大事なことは何なのか。自分自身、今年50歳を迎えるという人生の岐路に立つにあたり、今一度ルーツを見つめ直して生きていこうと思ったのでした。ちなみに寿司魚がし日本一で赤エビを頼むと頭を取ってお椀にしてくれますが、これがすごく美味しい。おすすめです。



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