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エボナイトをめぐる偏愛 - 「手に吸い付く」独特の感触の万年筆たち

今、万年筆が欧米で再び注目のアイテムになっている。コロナ禍で自分時間の見直しをはじめた人々が、自身が筆記する文字に唯一無二の価値を見いだし始めたようだ。
そんな彼らが注目しているのが古典的素材『エボナイト』だ。特に懐古主義の万年筆愛好家から高い評価を得ているエボナイト。実は私も両手の指では数えられないエボナイト軸の万年筆を所有している。人はエボナイト製万年筆を、なぜそれほど愛でてしまうのか。今日は、私の偏愛コレクションの中でも特に愛しいエボナイト製万年筆の魅力について、しばしお付き合いください。


『エボナイト』とは?

エボナイトのサンプル素材

エボナイト」。この聴きなれない素材は、1839年にグットイヤーが発明したゴムに硫黄を混ぜてつくられた半天然樹脂で、硬く光沢をもった黒褐色の外観が黒檀(=ebony、エボニー)に似ていることから『エボナイト』と名づけられた。
エボナイトはプラスチック(合成樹脂)ではなく、大きく分類すると「ゴム」になる。ゴムには"天然ゴム"と"合成ゴム"があり、"天然ゴム"の中には軟質と硬質があります。車のタイヤや輪ゴムなどは"軟質天然ゴム"で、エボナイトはこの"天然ゴム"の中の"硬質ゴム"に分類されます。一般的に想像するゴムとは違って、極めて高い耐久性と、素材形状安定性があるエボナイトは精密に作った寸法がその後変化することがないと言われている。

私が最初に手にしたエボナイト製万年筆は、手前のパーカーデュオフォールド。お宝です。

1850年代、歴史上にエボナイト製の万年筆が登場!

古代エジプト文明時代から使われていた「付けペン」が、17世紀に鵞鳥(ガチョウ)の「羽ペン」が考案されて以降、その時代が長く続いた。1781年に真鍮製の軸内にインクを貯蔵する万年筆の原型のようなペンが現れた。当時のペンの胴軸には真鍮や銀、黒檀のような硬質木材や動物の角などが使われ、先端に短い羽ペン先がついていた。
1850年代、ニューヨークの牧師プリンスによって考案された『ニューウェル・プロティーン・ファウンテン・ペン』が発売された。このペンが、歴史上初めて万年筆の胴軸にエボナイトを使ったとされている。
その後軽量で耐久性があり、インクの酸にも強く加工もしやすいとい。そんな特徴を持ったエボナイトは万年筆の軸素材として一気に一般化していく。

エボナイトの特徴と万年筆との相性

懐古主義派の万年筆愛好家の中にはセルロイド愛を公言する方々も多い。セルロイドの最大の特徴は、その独特の色合いの美しさだ。
その点、エボナイトはセルロイドと比べると地味な色の表現となるが、セルロイドと比べて最大のストロングポイントは素材が時間経過に伴って収縮することがないと言う。耐久性が抜群に優れていて、100年以上前のエボナイト製万年筆が、しっかりとした状態で現存が確認されることも多い。
そして、なんといっても最大の特徴は、その手触り感だ。

冷たすぎず、指先に寄り添ってくれる感触・・・エボナイト愛が増す瞬間です。

手に吸い付く」ーそんな言葉でエボナイト製万年筆を絶賛する方は多い。
私もその1人だが、特に冬にその感触を実感する。樹脂製の万年筆と比べると
最初に万年筆に触れた際に冷たくないのだ。決して人肌程度とまでは言えないが、その優しく寄り添ってくれる温度感の手触りは冬の早朝などに、1人朝活で黙々と筆記したりすると、エボナイト愛が深まるのだ。

エボナイトの欠点

エボナイトの唯一で最大の欠点は”曇り現象”である。エボナイトに光(紫外線)があたり続けると、素材が曇って光沢が無くなってくる。

キャップをしていて光が当たっているところとの色の差がみてとれます。

似たような事象で銀製品の"黒ずみ”がある。昔、よく「燻銀」と表現された現象で、銀製品が長期間空気に触れている状態で放置すると黒ずみのような変色が起こる。
欧米の万年筆愛好家はエボナイトの”曇り現象”や銀の変色も素材の『味』という捉え方で、それも魅力と捉える人が多いが、日本ではネガティブに捉えられることが多く、店頭でも欧米に比べるとエボナイト製や銀細工のものを見ることは限られる。

右端と中央の万年筆には首軸少し上に”曇り現象”が見られるが左端のミニは大丈夫。

私の偏愛私物コレクションはほとんどがイタリア・ブランドのものだが、イタリアの万年筆メーカーはドイツのエボナイト素材が良質だということでよく使っている。彼らが「良質」といっても、”曇り現象”に寛容なコレクターに慣れているので、やはり”曇り現象”は避けられない。
そんな彼らが「最高品質」というのが日本の(株)日興エボナイトだ。
同社のエボナイトならば、暗所に保存していれば”曇り現象”はほとんどおこらないという。

”曇り現象”が起こらないよう企画した、自社オリジナルのエボナイト製ミニ万年筆。

実際、私もオリジナル万年筆をイタリアで製作した際に同社のエボナイトをてあてしてもらった。使わないときは専用のケースに入れているので2年ほど
使用していても”曇り現象”は起こっていない。

常に全体に触れられるミニ万年筆なら”曇り現象”が起こりにくい。

そしてもう1つ、エボナイトの”曇り現象”を抑える効果があると言われているのが手のひらの脂である。日々エボナイト製万年筆に触れていると、手の脂によるコーティング効果があるという。手のひらに収まるミニサイズが常に全体に触れているサイズ感がいいのだと思っている。
手前味噌になるが、これならエボナイト独特の「手に吸いつく」ような感覚を楽しみんがら万年筆ライフをおくっていただけるはずだ。

私の偏愛コレクション

私物の米国、ドイツ、イタリアの限定万年筆たち

気づけば、いつの間にかエボナイト製の万年筆が増えている。仕事柄直接取引のあるブランドのものが多い。”曇り現象”があっても、エボナイトという素材に惹かれる。クラッシックな感じの見た目以上に手に、触れた時の感触が好きなのだと思う。

こちらは比較的スタメン的な万年筆たち。

便利な時代だからこそ、懐古的な万年筆で手書きの良さを伝えたい。
そんな想いが、今日もヌラヌラ・・手の感触を楽しみながら万年筆から脳へと伝わる刺激を楽しんでいる。




参考資料:万年筆クロニクル すなみまさみち/古山浩一 著

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