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青島と絵と人からの評価と

部屋に絵を飾りたいなと思っていた。色彩のはっきりしたバチバチの人物画というよりは、シンプルな部屋にマッチした落ち着いた色合いの絵を。
 


でも、近くに大きい美術館もないし、展覧会も無いし、なんとなく絵を描きたい気分かもしれない。


じゃあ描いてみよう。
 


何を描こうかなとちょっと考えて、去年の5月に行った宮崎の青島の夕暮れの海を描くことにした。iPhoneで撮ったいい感じの写真を見つけた。夕日が雲と海に反射しながら沈みかけていて、この一瞬を過ぎれば今にも夜が来てしまいそうな景色。実際にこの目で見たときはとても綺麗で感動した。描けるだろうか。
 
 



水彩絵の具と絵筆を引っ張り出してきた。たまに描きたくなるだろうと思って買っておいてよかった。ただ、赤色が無かったので朱色でなんとかしよう。パレットは豚肉が入っていた発泡スチロールのトレイで、筆を洗う容器は家の余ったコップ。これは小学校のお絵かき教室に通っていたときの知恵。使い終わったらすぐ捨てられるし、場所もとらない。
 
 

まずは下書き。iPhoneの写真を見ながら、シャーペンで、だいたいここからは砂浜、ここからは海、ここに岩があって遠くの建物はこの辺、ここに雲、ここらへんに太陽、と勘で写真の風景を画用紙サイズに拡大させ、画用紙にいくつか薄い線が引かれた状態になる。だいだい5分。
 
 

絵の具で描いていく。絵は薄い色を塗って、黒茶色は最後に描く。先に黒を塗ると水彩絵の具は滲むし、筆にも黒が残って薄い色に混ざっちゃうからね。
 

最初は空の部分、青と黒と白を混ぜてたっぷりの水で薄める。写真の一番奥の空の色を見る。納得したら太目の平筆で薄く塗っていきます。乾くと色が明るくなるんだけどだいだい予想から外れた色になる。まあいいだろう。空を塗ったら同じように海も塗っていく。
 

 
乾いたら雲を描く。筆を洗ってさっきよりは水の割合を減らし、絵の具を濃くする。平筆の細いところを使って重ねていく。
雲を描いたら空の反射を意識しながら海も描いていく。ここの雲が濃いなら、海も濃く、薄いなら、薄く。
 

そしてついにこだわりたい夕日の部分。朱色と黄色と黒と白を混ぜて重ねて、気にいらなかったら重ねて。納得いくまで。空を書いたら海にもオレンジを。
 

夕日の輝きの一方、砂浜と建物には夜が訪れているから茶色と黒を使う。青島は鬼の洗濯板と呼ばれる地層が現れているのが特徴なので手前の岩も、限りなく黒に近い茶色を。
 
 





夢中になって描いているうちに、この絵は上手いのか下手なのかとちょっと考えた。だとすれば上手いと下手の基準はあるのだろうか。人に見せたときに上手いと言われればこの絵は上手く、下手だと言われれば下手なのか。

でも結局、上手いも下手もないなと思った。自分が描きたいように描く絵。そこに評価を下される必要は無い。だから上手く見せようと技巧に走る必要もないし、下手だからと嘆いて自虐しながら人に見せるものでもないだろう。
 


ああ、思えば人からの評価など、ただの多数決にすぎないのだ。下手な絵なんてないんだよ、と図工の時間に先生に言われた言葉の意味が分かった気がする。レモンの絵を本物そっくりに描けば、この絵を下手だという人はほとんどいないけれど、本物そっくりに描けないから下手、描けるから上手、と括って評価してしまえば楽だからそうしているのであって、評価の基準なんて本来あいまいなもの、人から理解されるかどうかぐらいなものではないのか。
 

タレントの発言を叩くのも、作品に賞を与えるのも、レストランのレビューも、インフルエンサーや秋元康が「これいい!」「時代のスターになる!」と言ったかどうかで、大多数が「いいね」をし、優劣が決められるということが往々にしてある。わたしも食べログで星1つのパスタ屋は躊躇してしまう。
 

友だちで、自ら演出脚本をして舞台を作り上げる人がいるんだけれど、作品を観ても自分の頭ですぐには理解できないことも多い。この話は何がいいたいんだろう、どうしてこのシーンでこの発言が必要なのだろう、と頭を悩ませる。
アーティストの作品でも、分からないと思うことが多い。ダリのゆがんだ時計もそう。スピッツだって歌詞を読んでみても結構意味不明。自分なりに解釈をして落とし込んだり、わからないけどそれでいいんだわと結論付けたりする。
 

理解できないからこの作品はダメだというのは乱暴だし、人の評価を見てから自分でOKサインを出すのも違和感を覚える。
 

であれば、作品に優劣も上手下手もあるまい。わたしは、自分が生み出したものを最大限に愛していければそれでいいのね。そんなふうに腑に落ち、好きなように絵の具を重ねて筆を動かすことができた。
 
 

絵は1時間10分ほどで完成した。あのとき見た青島の果てない海と、遠くまで流れる雲。終りゆく1日にきらめきを残す夕日の強さと儚さ。磯のにおい。友達と一緒に眺めたあの安らかな時間をを思い出す。
 

 

青島に行くのは憧れでやりたいことの1つだった。
大好きな作家、よしもとばななの「さきちゃんたちの夜」の短編小説「鬼っこ」に登場する青島がとても魅力的だったから。
 
それらを少しでも絵として描けたことが嬉しかった。
 
またこの場所に行けるように。そして、青島の綺麗な景色が30年後もずっと続いていくといいな。わたしもまた、好きな絵を、文章を、生み出して、等身大で愛していきたい。そして人にもそうしてあげられたらなって思う。



おわり

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