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【番外編】「38.9℃の夜」ビジュアル撮影秘話〜鈴木麻友インタビュー〜

7月4日から4日間にわたって行われたINDEPENDENT:SND 2019 にて上演された演劇ユニット箱庭「38.9℃の夜」。


第5回公演「38.9℃の夜」は、福島大学演劇研究会出身の既婚女性3人が「結婚」をテーマに舞台を作るというコンセプトで作られ、上演された。演出の志賀彩美、俳優のしゅー、脚本家の長門美歩ら3人を中心に結成された箱庭メンバーがそれぞれの思いを持って完成させた舞台。数ヶ月に及ぶ稽古。数十回に及ぶ打ち合わせ。INDEPENDENT:SND 2019期間中3回の公演の為に企画をし、動き、試行錯誤して一つ一つをクリアしていった。その裏側を、ビジュアル撮影という立ち位置で支えた一人の存在がある。福島大学出身で、仙台でアパレルの仕事をしている鈴木麻友。黒い服に赤いリップとアイメイクを施した3人の姿が印象的なビジュアル写真は、「38.9℃の夜」の顔として箱庭公式Twitterに使用された。彼女が写真を通して表現したかった「38.9℃の夜」とは…


鈴木麻友は現在社会人4年目。仙台の20〜30代女性向けのアパレルショップで働いている。
一人っ子で、ひとりで遊ぶのが好きなのは昔から。学校の休み時間は教室のすみっこで絵を描いて過ごすおとなしい子どもだった。

カメラに出会ったのは8年前。福島大学のカメラサークルに勧誘されて入った。カメラの魅力を尋ねると、手っ取り早さだという。「芸術の多くは努力が必要で、イチから学ばないとある程度の領域までいけないけれど、カメラは撮るだけでいい。撮ったものを周りから評価されると自分を確立できるような気持ちになるから嬉しい。そして一人でもできる。」カメラも技術や道具にこだわればキリが無いが、ひとまずカメラがあるだけで写真は撮れる。その間口の広さが彼女にとって長く楽しく続けられる秘訣のようだ。


「38.9℃の夜」では演出の志賀彩美から直々にオファーを受けた。ビジュアル撮影を引き受けた理由は公演のテーマに共感できる部分があったからだという。箱庭第5回公演「38.9℃の夜」では明治時代の芸術家、智恵子をモデルとした女性が、女性としての自分の立ち位置に困惑するシーンが描かれる。女性だから家事をしなくてはならない、夫を支えなければならない、という暗黙のルールが女性を苦しめる。それは現代に生きる自分でも共感できると彼女は話す。周りから「結婚は?」と聞かれることや、女性は結婚や出産で男性よりも人生に影響を及ぼし易いこと。結婚が必ずしも幸せとイコールでは無いし、結婚しなくてもいいじゃんと思ってはいるけれど、女性の生き方と結婚は切り離せないテーマだと思う。それらを語る演出の熱意と共感によってビジュアル撮影を担当した。

ビジュアル写真では赤いリップ、アイメイク、ネイルが特徴的。赤を基調にというのは演出のリクエストによるもの。今までの演劇ユニットの箱庭では寒色系を基調とした舞台が多かったが、第5回公演では血の池地獄や炎などを表現するため、逆のイメージの赤を使用している。赤は、女性が強く美しく生きるための色でもあり、生理や出産などの命に関わる色でもある。脚本家の長門美歩も、民俗学で、家庭での女性の役割はかまどの火を守ることにあったことから、炎と女性を結びつけて脚本を作ったと話していた。これらの意思を汲み取り、写真で表現するために女性の特徴的な部位である口元、目元、爪先を赤く彩り、強調させた。


撮影での演出と俳優、脚本3人のカットも、演出のリクエストで撮影したものだが、シャッターを押すときに彼女なりの思いを込めたという。
舞台ではたった一人。一人だときっと心細い。本番は一人で舞台に立つしゅーを勇気付けるため、ビジュアル写真ではしゅーの隣に志賀彩美と長門美歩を並べた。「一人じゃないよ、あやなみちゃんと長門ちゃんがいるからね、3人だからね」という気持ちを込めて。


撮影のには鏡を使用し、女性としての美しい赤と、苦しみの赤を、鏡の実像と虚像で表現した。芸術家として生きたいが、妻としての役割に縛られて芸術を全うできず、フラストレーション状態に陥る智恵子をイメージした。どこの役職、誰々の友達など普段の自分とは別に肩書きを背負わされているもう一人の自分だ。自分が生きている上でも、舞台を作る上でも感じる二面性を鏡で表現した。

撮影ではイメージやコンセプトを事前に用意して臨んだが、撮影途中で変更する場面もあった。メイクでは撮影当初は3人とも別の部位に赤をほどこす予定だったのだが、途中で3人とも同じ場所に入れるよう変更になった。それらは3人が同じように背負う孤独と、それぞれの孤独を表現する狙いのため。また、また、肌も当初の予定であるモノクロ調ではなく、赤を強調しつつも全体的に若干の色味を取り入れた。

「がっつりモノクロじゃなくて色味を残すのはわたしらしさ。わたしの写真は謎のやわらかさがあるとよく言われる。このやわらかさを入れることで生身の人間性を取り入れて、近寄りがたさを緩和させた。女性としての強さはもちろんあるけれど、優しさや親しみやすさも表現したかった」
改めて写真を見てみると、3人が黒い服と赤いメイクを統一していることで、かえって個性の強さが生きているように感じた。同じ服装と同じ化粧をすることで、それぞれの顔のパーツや雰囲気が強調されつつもやわらかさが感じられる。



一枚一枚丁寧に生み出されたビジュアル写真。ここまでクオリティの高い撮影を実現できたのは、カメラ歴8年目という経験の長さや技術の高さだけではなく、彼女自身の人との関わり方も関係しているように思う。アパレルの仕事では、来店したお客様が何を求めているのか、対話の中から少しずつ探り出すという。そのため、接客中は常に頭を回転させ対応を変えているのだそう。インタビューの最中、「確かにそうだね」とか「なるほど」と言って、私の言葉を受け止めてから話す姿が印象的だった。きっと彼女は箱庭にふさわしい一枚を撮るため、演出が求めているものは何か、見た人にどう届けるかをいつも考えてシャッターを押しているのではないか。その柔軟性こそが、これらのビジュアル写真ににじむやわらかさにもつながったのかもしれない。


「38.9℃の夜」を終えて、写真を撮る機会を探し中という彼女。ビジュアル撮影を担当して、改めて、カメラは楽しいと思うことができた。これからも自分の撮りたいものを撮りたいときに、好きなものを好きなように。そしてそれが偶然、だれかの目に止まったら、だれかが好きになってくれたら、嬉しい。彼女は箱庭を通して、自分の好きという気持ちを再確認したように見えた。


「あなたの“好き”をカタチにする」をコンセプトに活動する演劇ユニット箱庭。第5回公演も、たくさんの人の“好き”をカタチにしました。ダンス、写真、そしてこのnoteも。まだ観てないあなたにも、いつかきっとこの箱庭が届きますように。



また次の箱庭でお会いしましょう。

ありがとうございました。



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