39日目 84番〜87番 最後の夜

約40日間の旅も明日で終わる。この旅で感じる世界はとてもなめらかで美しく、そして味わい深かった。いったい旅以前の世界の感じ方とどこがどう違うのか。

それは速度の違いのような気がする。きっと時速5㎞前後、つまり人が心地よく歩く速度は人にとってもっとも世界を美しく、かつ正確に把握できる速度なのではないかと思う。長く留まると世界は限定的になり、速すぎると世界はブレてしまう。じっとする訳でもなく急ぐわけでもない。人間と人間の住まう世界との関係は、ひょっとしたら歩く速度と同期するように出来ているのかも知れない。

歩く事が生活の大半を占める事のなかった旅以前の生活と、歩く事が1日のメインとなる旅の生活ではその違いが如実にあらわれる。歩く速度は人の表情や顔色がよくわかる。困っている人がいればすぐに立ち止まれるし、何かしら悪意や憎悪みたいなネガティブな空気を感じたら余裕をみてそれを避けることができる。道を譲ってくれる人の穏やかな顔は脚の痛みを和らげ、あいさつを交わすと途端に人との距離は心地よい距離となる。森の草木は陽を通した葉の裏側まで観ることができるし、風にそよぐ草木の音も立体的に感じる。鳥のさえずりや蛙の鳴き声、亀が池に飛び込む音は孤独を忘れさせてくれ、畦道から飛び立ち僕と並走する蝶の群れは心と足取りを軽くする。世界はなめらかで美しく、そして味わい深い。

この旅で見てしまった事、感じてしまった事を今後にどう持ち込もうか。まだはっきりとした答えはみつかっていないが、帰ってからゆっくり探っていきたい。妻様が痺れを切らすまでもう少しぐらい時間はあるはずだ(たぶん)

最後の丸1日はだいたいこんな事を考えながら歩いた。猫や蝶に話しかけながら。きっと立派なアカン人に見えたと思うが、明日の半日もそんな感じで歩こうと思う。

それではおやすみなさい。チャオー

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