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Yoga 合宿 in Rishikesh 終了

約1カ月の合宿が終わった。一歩踏み出した事でどんどん繋がっていく。過去と今と未来。人。場所。必然なのか偶然なのか、シナリオ的なものなのか何なのか。

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うーん、コレはやっぱし縁起であって因果なのでしょうな。うん、コレがしっくり。

ナナメからみる、対決姿勢、マウンティング、否定、カウンター、レヴェル、拒絶、やり込める、ねじ伏せる、抗う…自身に対して、ヒトに対して、物事に対して、社会に対して。僕はこういう感じに生きてきた様に思う。それはそれで必要な事だったと思うし、得るものも少なからず。あっ、失ったものも数知れず。思春期以降、こういったパンクな生き方に憧れてきたわけだしそれを否定する気は全く無い。それを貫き生きる人に対してはいまだ憧れてるし実際カッコ良い。
でも僕は40を過たあたりからこの姿勢で対処しきれず頭打ちしちゃったのでしようがないのである。

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はてどうしたものか、ほとほと困ったものである。

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まぁそこからウヨキョクセツがあって、こうしてインドに来たわけだけど、どうも今までの感じでインドやヨガに対峙するのは何か違うんだよなぁ。という事でこの1カ月の合宿は僕なりのテーマを1つ掲げて臨んだ。

心身を徹底的に投げ入れてみる(数ヶ月ぶり2回目)。

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お遍路の時とはちょっと違うくて、今回は自己に起こる事や自然に対してだけでなく提供してくれる人(指導者、講師など)に対しても、である。依存する、委ねる、思考停止、って感じとは違うくて、とりあえず一旦素直に全てを受け取る、積極的受動姿勢。って感じかなぁ。今までの様な人や事象に対する対決姿勢はいったん隅に置いといて。まぁ始めのうちは内的外的なストレスがパナかったけど、2週目ぐらいからスゥーと解れてきた感じ。で、何が1番変わったかと言うことだけど、結果的に集中力が増した。これはほんと実感、体感した(今までが散漫すぎたので人並みになった程度やけどw)。

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でわそれによって何が見えたのか。

と言う事は実はどうでもよくて、つまりこれから自分が何を見たいのか、今まで何が見たかったのか。という事に対して徹底的にフォーカスする必要性とそこへの意識のあて方。刹那にうつろう「今ここ」にしか答えはない。オープンマインドでもってマインドとその向こう側に迫る。気づきのループ。どうやらここらへんに道があるらしい。今はそこに立てただけで十分なのである。

なんつって。

最後に、ヨーガを心身ともに分析、解体した上でこの時代にそれを落とし込むこの合宿の指導者Yogi Vini の思想と姿勢はちょっと傑出し過ぎていて怖いぐらい。必ずそれを受け取る人は増えていくと思う。それも加速度的、爆発的に。そして、医学的、科学的観点をYogi Vini の思想に流し込む辻井洋一郎先生。ヨーガとインドとこの2人との遭遇が縁起であるならば僕はきっともう大丈夫なのだろう。日本で待っててくれる人や今まで支えてくれ、これからも手を差し伸べてくれる友人達。あれ?恵まれすぎてるね実際。

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あぁもうきっと大丈夫。ノープロブレム。


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