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富士山信仰 吉田の火祭りは中止になってしまったけれども・・・ 御師の家 旧外川家住宅 20.08.26 11:40


今は博物展されている御師の家旧外川家住宅を見る。


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御師は江戸時代の富士講の伝道師。
富士講は江戸から富士山信仰の人をここまで連れてきて、富士山を参拝させたり登らさせたりする集まり。
シーズンともなれば、ここに何十人という人たちが雑魚寝のように泊まっていたのか。


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テレビもネットもない江戸時代に、この場所から巨大な富士山を見たときの驚きってなかっただろうな。
今も東京に残る富士見なんとかみたいな地名のところから見える富士山なんて、年に数回指の先のような姿を見せるだけ。身の丈ほどの富士塚とかつくって、富士山の真似事としていたくらいだ。こんなでかい富士山見たことなかったはずだ。


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でも、江戸時代の富士山登山は命がけ。
何しろ、富士スバルラインは存在しない。五合目まで車で行くわけにも行かない。富士急電鉄も、中央線も多分ない。江戸から歩いてくるわけだ。


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1合目から歩いて登る。
どれくらいかかったのだろうか?
途中まででも良かったのかな?
日本の森には狼も居たんだよな。赤ずきんでなくても気をつけないと。


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今なら24時間テレビに頼めば、車椅子ごと力自慢のタレントが担ぎ上げてくれるかもしれない・・・今なら。


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昔は頂上の富士山測候所もないし、ポストから手紙も出せない。
多分スマホで写真も撮れない。じゃ、SNSに投稿もできなければ、いいねももらえない。
そうなると、登頂して何が面白かったのだろう?悲しいね。


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地上よりも神に近づく。その一念か。
富士山の標高は今も昔も日本一だからなぁ。





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