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【岩手県遠野市】みちのくひとり旅8日目 遠野の伝承園 23.11.24_14:15

伝承園は遠野市にある遠野市立の野外博物館。

遠野物語で有名になった民俗の伝承を目的に1984年に開館した施設。

1984年って割と最近。バブルの真っ只中だ。本当に民俗の伝承を目的なのかちょっと怪しい。

遠野の観光はここから始めるので、観光共通券というものを購入。

遠野市博物館310円、とおの物語の館510円、伝承園330円、遠野ふるさと村550円、遠野強度人形民芸村260円、福泉寺300円の6施設合わせて1350円で見学可能。
かなりお得です。

そんな6施設の中で伝承園は老舗みたいだけれど、規模は結構小さい。

古民家としては、南部曲り家の菊池家住宅が一軒。

あとは記念館とか、工芸館とか・・・

雰囲気は出しているけれどよくある地元の博物館って感じ。

食事や語り部の話などが聞けるらしいのだが、今日はいずれも営業していなかった。

そうなると見学するのも結構厳しい。
同じ料金ってのも納得行かない。


遠野で伝承といえば思い浮かぶのはやはり遠野物語だろう。
佐々木喜善が柳田國男に語ったとされる民話の物語。

でも、遠野物語の伝承とか、上手いことを言って入るけれど、実際、遠野物語の発表前に柳田國男が遠野を訪れたのは5日程度だったらしい。
しかも初日は夜遅くついて、最終日は昼早々には出立したらしいので、実際は3日程度。
そんな程度・・・なのね。

しかも、遠野の物語を柳田國男に語った佐々木喜善から話を聞いたのは東京での話。
遠野での伝承ではない。

物語の冒頭で、一字一句をも加減せず記述したと記しているのに、作者は柳田国男であり、佐々木喜善は共著ですらない。

遠野物語は1910年に発表されたのだが、柳田國男の門下生の折口信夫が師と同じ体験をしてみようと遠野を訪れたときには、民話の話など誰もしてくれず愕然としたそうだ。
同じ頃、仏学者の桑原武夫も遠野を訪れていたが、盆踊りなら蓄音機の東京音頭がいいとか言われてしまったそう。そりゃそうだろう。
1958年に社会学者の加藤秀俊が訪れたときには、映画館があり、モータリゼーションが押し寄せ、喫茶店ではイブ・モンタンがかかっていたとか。

早稲田の学生で作家志望だった佐々木氏がよほどうまく語ったのかと思ったら、佐々木氏が語っていたときに柳田國男はろくにメモも取っていなかったという話も。

遠野物語は佐々木氏からの聞きがたりということになっているけれど、実際は柳田國男の創作と言っていいほど。
作家志望であったからこそ、佐々木氏の残念で悔しかったろう思いがひしひしと伝わる。結果パクられたわけだから。

遠野で伝承なんて本当はなかったんじゃないのか?
物語自体は佐々木氏の創作で、しかもそこに柳田國男が骨格を整え肉をつけした結果なのだから。

今だって、遠野には鉄道は通っていて高速道路はひかれ、バイパスもできている。
バイパス沿いには見慣れたショップが並び、当然テレビだってインターネットだって普通に見れて、携帯だってつながる。

何しろ、遠野は市なのだ。町でも村でもない。

遠野物語は貴重な観光資源だから頼り切るのは仕方がないとは思うけれど、ちょっと・・・現実との乖離は甚だしい。
今日は見ることはできなかったが、伝承係の高齢の女性(あくまで個人のイメージです)も、必死に物語を覚えたのだろうし・・・練習も大変だろう・・・は・・・個人の感想ですが。

しかし、柳田国男の5日間の遠野の滞在が後の遠野の運命を決めたと言っても過言ではないだろう。
今、遠野は確実に彼の遺産で食っているのだから。
藤田朋子とアラーキーの遺産はとっくに食い尽くしてしまったし。




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