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「株杉の森」と「モネの池」〜岐阜県関市板取。

9月の下旬、クルマで岡山まで旅に出て、そのまま京都、琵琶湖、そして郡上八幡と戻りながら、関東まで帰ってきました。郡上八幡! この夏、初めてあの街に行ってから、素通りできない街のひとつになってしまいました。
その旅については改めて投稿するとして、今回、以前に岐阜県出身の友人からその話を聞いて、気になってしかたがなかった自然遺産を見に行きました。それが、今回のテーマの「株杉」です。

岐阜県の山は深い。

その「株杉」とは何か、という話から始めると書いていて疲れそうなので、先に、その周りの環境から話を進めます。
スタートは郡上八幡。ナビをセットすると高速道路ではなく、一般道が指示されました。時間は一時間半ほど。へぇ、近いのに、けっこうかかるんだな。
で、郡上の市街地から、高速道路の入り口を横目に一路山の中へ。間もなく道はセンターラインのない峠道の様相。とは言え、四国の山の中ほど狭くもなく、気をつけて走ればどうにか走れます。
それにしても山が深い。ふと気づくと、視界の中はすべて山になり、たまに小さな集落が現れては再び山になる。いつの間にか両側は落石注意の壁になっていました。郡上市というと八幡町しか知らなかったけれど、その大部分はこのような山林なのだ。高速道路を走っているだけでは、こういう地理の勉強はできません。
やがて長いトンネルに入ります。よく、山道に古いトンネルがありますよね。クルマで入るには少し怖いような。あれです。このトンネルは広さこそ充分にありましたが、なかなか先が見えず、山の中での孤独感が増します。全長5〜6キロはあったんじゃないかな。とは言え、いずれ出口は見えてくるもの。そして出た先は刃物の街、岐阜県の関市でした。

畏れさえ感じさせる、深い森の精霊たち。

トンネルを抜ければ、センターラインが引かれた快適な道。車窓に見えるのは、板取川。とても澄んだ川です。で、目的地のある「21世紀の森公園」の途中に小さな商店があったので、飲み物を買うついでに「株杉」について聞いてみました。
「あれはすごいですよ。あそこ以外でも、このあたりの森にはたまに株杉が生えています。地図あげましょうか」
ご親切なことに、この板取地区の観光案内を渡してくれた。この一帯、夏は鮎釣りの名所でもあるんですね。
で、目的地に到着。広くてトイレもある駐車場。ここから始まるトレッキングコースの、途中に株杉の群生地があるようだ。それでは踏み込みますか。

全長1.19km。株杉だけ見たい人は、順路を逆に進む。


な、なんなんだ、これは! これが株杉との初対面でした。

まず最初に見たものは、枯れた杉の根っこから大きな杉が生えているような姿。よく見ると、その根っこのような部分から、天高く杉の木がそびえている。杉って不思議な植物なんだな。そして、これほど株杉が群生しているところは、日本でもここだけなのだとか。さらに道を進むと、うわ!

群生する株杉は、国内ではここでしか見られないとのこと。

少し山が開けてきたところには、この威容。どなたのインスタレーションでしょうか? と勘違いしそうなほど、ゴロゴロ並んでいる。深い森の中の、200m四方くらいのエリア内に整然と並ぶその数は、全部で100株ほどあるらしい。それぞれの杉のカタチが必ずほかの何かに見える。演舞をしているようにも見えます。森の静けさの中で目の当たりにすると、少し不気味なくらい。株杉の樹齢は判別が難しく、おそらく500年ほど、という程度しかわからないそうです。

こういうものを見ると「ジブリの世界」と思う人が多いだろうけど、僕の場合はディズニーだな。ディズニーのアニメを見ていると、よく、森の中の木が歌い出したりするでしょう。あの感じ。それは決してファンタジーではなくて、ひとりで山の中を歩いているときに、本当に歌い出したら怖いだろうな、という感覚。あまりに畏れ多い森の気配。日本的な神さま、ご神木というよりも、西洋的な精霊の気配を感じます。

こんなのとか。


こういうふうに並んだのとか。


こういうのとか。それぞれが、ほかの何かに見えてくる。


株杉とは、つまりこういうことのようです。

短いコースながら、一時間近くは眺めていたと思います。その間、平日だというのに、けっこう訪ねてくる人が多い。あまり観光地化されていない場所とは言え、ここはわざわざ見に来る価値があると思います。

で、駐車場に戻り、さきほどの商店でいただいた地図を眺めてみる。
すると、この道を下りていった先に、なんと「モネの池」とある。モネの池って、あの、ネットで急に有名になったというモネの池? もっと街中にあると思っていたけれど、説明によるとどうやらそうらしい。ということで、ついでに見に行くことにした。

とても小さいモネの池。でも、文句言っちゃイカンのです。

美濃国の山深く、板取という集落があり、そこには根道神社という小さな神社がある。境内には湧水があり、住民たちはこの水を溜め池にして、周りの田畑の灌漑用に使っていたそうな。そこにある村人が現れた。
「この池は荒れ放題なので、もっときれいに整備してはいかがか?」
「それはいい。ついでに花も植えて、魚を飼えば、街道を通る旅人たちの憩いの場になるやもしれぬ」

なんて会話があったかどうかはともかく、おそらく最初はみんなで草を刈ったのでしょう。造園業者は睡蓮や水草を植えた。錦鯉を買えるお金持ちがいたのかもしれない。そして最初は地元の人たちだけで、春夏秋冬、この正式名「名も無き池」を眺めて楽しんでいたに違いない。
それがある日、ネットで評判になった。「モネの睡蓮に似ている」。その評判に多くのメディアも乗っかり… 以降の展開は、よく知られている通り。

バス停があり、トイレや駐車場も整備され、来る人を丁寧に出迎えてくれる。

そんなこんなで、行ってびっくり。今ではきちんと駐車場やトイレが整備されており、駐車場の向かいには定食屋が建っている。駐車場には京都、奈良、などの他県ナンバーが目立つ。関東からのクルマもいる。駐車場から神社に続く農道には、地元産品を売るテントもいくつか。そして何と「モネの池」という名前のバス停までできている。

カーナビで「モネの池」と入力しても出てこないはず。目的地は「根道神社」です。

その池らしきものを横目に見ながら、まずはきちんとお参りしないとイカンよね。で、再び階段を下りる。次の写真を見るとわかるかな。真ん中の木の向こう側。円い葉っぱがたくさん浮かんだ部分がモネの池なのです。あらま、想像していた池よりも、全然小さいぞ。池というよりも、小さな貯水池というオモムキ。

木の向こう。円いものが並んだ部分がモネの池。

そして、その池の周りにはカメラを持った人たち。入れ替わり立ち替わり、常に20人くらいの人が撮影している。魚の動きは先が読めないので、なかなか希望の構図で撮れないし、みんな、できるだけ錦鯉や金色の鯉をカメラに納めたいので時間がかかるのだ。

とりあえず一枚撮ってみる。いきなり錦鯉が向きを変えちゃうし、魚を撮るのって難しいぞ。

そこで驚いたことに、すべてのお客さんのために、鯉を循環させる係の人がいる。長い竿を持って、鯉に「あっちにも行きなさい」と池をかき回している。親切だな。たまに目の前にたくさんの鯉が集まるので、鯉が多すぎの写真が撮れる。底が白い岩なので、こういう水の色になるんだろうな。

ほら。魚が集まりすぎると、何かヘンでしょう。カメラは引きで、魚はできるだけバラけないと。

この池の知名度と現実とのギャップには賛否いろいろあるようだけど、ウルサいこと言いっこなし。周囲の環境も含め、僕はこういう場所が好きです。ただ写真を撮るだけのために行くと、見えないものがたくさんあります。しかし、少し広い心でこの地域を眺めてみると、美しい川があり、深い森があり、そしてこのような、奇跡の湧き水が湧いている。地元の人が、たまに通りがかる人を楽しませようと思って好意で整備した小さな池が、なんと全国から観光客を呼ぶことになるなんて、いい話ではありませんか。

なお、ここに行く人は白い服を着ないことがマナーですね。次の写真はいい感じで撮れたのだけど、何と、上の方に白いシャツのおじさんが写り込んでいるではないか。ぜひとも自然に溶け込む色の服で行きましょう。そしてもちろん、絶対に鯉にエサなど与えてはいけません。この透明な湧き水が濁るからです。

上の方に、心霊写真のように写り込んじゃった白いシャツの人、わかるよね。

ここに紹介した「株杉の森」は、一度は見ておくべき自然遺産ではあるけれど、これほど深い山の中まで、あそこだけ見に行くのは物足りないかもしれない。しかし、そこからクルマで10分くらいの場所に、突如このような名所が生まれたわけです。この二カ所をまとめて見に行くと、けっこう楽しめますよ。
なお、僕は郡上八幡から行きましたが、高速の美濃インターから行った方が、ラクかもしれません。

ところで気になるのは、最初に「モネの池」と名付けて発信した人。今ごろどうしているんだろう? 地元の人たちから感謝状など贈られたのかな?



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