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上げて落とさず、オトして揚げるのだ

 鶏は決して自らの行く末がからりと揚がった姿だと思わない。しかし、人間は違うのだ。生の鶏もも肉を見て、すでにサクッとした茶色の衣と肉汁溢れるプリっとしたその身を思い浮かべている。
 醤油とみりんとおろし生姜の液に浸っている姿はもう食料だ。「美味しく食べてあげるからね」なんて言った所で、包丁を入れて一口大に切る前、スーパーでどこ産のにしようか選ぶずっと前、工場でパックにつめられるずっとずっと前にこの鶏は命を終わらせてきている。
 艶々に炊きあがった白米も、彩りでしかないミニトマトとフリルレタスも、花の形に切られたソーセージも、だしの利いた玉子焼きも、調味料だって忘れてはならない。発酵に使う菌だって、命だ。
私は今、そんな命に触れているが、死には随分と遠い所にいる。
 さあ、沢山の命たち。私と彼の糧になっておくれ。愛情というには呪い(まじない)めいた言葉を吐いて、私はお弁当箱の蓋をとじる。お箸とお手ふきもついでに入れてしまう。何も見落としがあってはいけない。今日だけは駄目だ。私が何個苦い唐揚げを作ったかも、片付けを絶望的な顔をした母に手伝ってもらった事も、この包みには入れてはならない。今日だけは。
 私はスマホで試合の時間と対戦相手を確認する。そうか、今日は準決勝でも無いのか。気合いを入れすぎただろうか。いや、せっかくなのだから勝ってこのお弁当を食べてもらわねば。良い思い出と共に私を置いてもらわねば。私の勇気が、鶏が可哀想だ。
 さあ、決戦の日だ。気合いを入れて靴を履く。私が先に勝ち星を決めさせてもらう。あなたの好きな唐揚げを美味しく作る私を好きになって。そして、全国へは『彼女』として連れてっていただこうか。

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