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#7 漬け菜の種まき

十日町市内の小学校で夏休みも終わった8月下旬、十日町市塩之又温泉にある上越国際スキー場のすぐ前にある畑で、桑原優子さんの家族が種まきをしていた。
 
夏休みが終わったとはいえ、背後に望むゲレンデは青々としていて、まだまだ気温も30度を超えている。少し動くだけで汗が吹き出てくる。一体、何の種を蒔いているのだろう?

いつも朗らかな桑原優子さん
漬け菜の種をまく

赤味がかった小さな種は野沢菜の種だ。ここでは漬け菜とも呼ばれ、11月に収穫した野沢菜はすぐに漬物にされ、豪雪地帯では大切な冬の保存食となる。やはり、ここにも先(未来)に備える雪国の人々の暮らしがある。
 
十日町市の食文化を語るとき、保存食は欠かせない。大地が深い深い雪に覆われる長い冬を越すため、古くから山菜や野沢菜などの野菜を保存してきた。冬を生き抜くために磨かれてきた発酵食などの保存技術には先人たちの知恵と努力がつまっている。

赤い屋根がレストハウスゆもと。右がリフト乗り場。
グリーンシーズンは目の前に田んぼが広がる。
湯元荘の前を歩く桑原さん夫妻。グリーンシーズンとスノーシーズンの景色を見比べてほしいという。

桑原優子さんは夫の弘行さんと塩之又温泉で湯元荘という旅館とスキー場の目の前でレストハウスゆもとを営んでいる。畑で蒔いている種はいずれ、漬け菜となり、旅館の食事に並ぶだけでなく、レストハウスでも麺類や定食のつけ合わせとして食べ放題で提供されている。「これを目当てに来てくれるお客さんもいるんですよ」と嬉しそうに話す優子さん。

ふだん何気なく口に運んでしまう定食などの漬け物が野菜から育てられ、漬けこまれているなんて、なんて贅沢なことなのだろう。

種まきを手伝う息子さん(左)と。

ここで暮らしていると僕はつい、「アリとキリギリス」の話を思い出してしまう。僕は完全に無計画なキリギリスのように生きてきた。今でも田んぼなどで作業をしていても、ついつい手を休め、腰を伸ばしながら美しい四季の移ろいに見惚れてしまう。結果、今日やるべきことが明日になり、季節だけがどんどん進んでしまう。僕はいつだって季節に置いていかれないよう、必死に背中を追いかけている。
 
地元の人に「なぜ、こんな豪雪地帯に来たの?」と聞かれるのと同じくらい、都市部で暮らす友人からは「スローライフはどう?」なんて聞かれる。その度に僕は、「ゆっくりした時間なんて全然ないよ!ここでは春夏秋と冬に備えて忙しいんだよ!」と反論するのだが、なかなか理解してもらえない(僕の中にもキリギリス感が多分に残っているので説得力がないからだろうけれど)。

今日すべきすることは今日する。季節に寄り添って生きていると、日々、本当に忙しい

息子が生まれてからは、「田舎の人はみんな子育てとか手伝ってくれるでしょう?」なんて質問もよくされる。確かにみなさん優しいけれど、「いやいや、こちらの人は生涯現役で本当に働き者で毎日忙しいから!」となる。農村部の人は暇だと思っている都市暮らしの友人は多い。きっとここでの暮らしは心に余裕があり、そう(暇だと)思われるのかもしれないけれど。
 
黙々と作業をつづける弘行さんに漬け菜のことを聞くと、「俺はあんまり食べない」と笑う。漬け菜が本当の意味で、豪雪地帯の命を繋ぐ貴重な保存食だったのは弘行さんの親の世代までだったそうだ。「俺のときはもういつでもスーパーで好きなもの買えたしね」。弘行さんが子どもだったころは、バス停が4キロも下にあって、通行止めになった圧雪路をバス停まで歩いて買い物に行かなくてはならなかったという。

集落内には、多数の五輪メダリストも合宿に訪れたレスリング道場がある

ただ、除雪体制も整い豊かで便利になった今も、東京出身の妻・優子さんやお子さんもみんな漬け菜が好きだという。
 
「うちのは漬けるとき、塩と一緒に大豆とごぼうを入れるんですよ」と美味しさの秘密を明かしてくれた。僕が「そんな秘伝のレシピを教えちゃっていいんですか?」とびっくりして聞くと、「言ったって誰も真似しないから大丈夫よ。みんなそれぞれの家に秘密の隠し味があるんだから」と優子さんが笑う。

11月の収穫を待つ漬け樽。2つの大きな樽に仕込むという

漬け菜が貴重な保存食として豪雪地帯の命を繋いでいた時代は終わったかもしれない。それでも、いまだに作られているのは、もちろん漬け菜自体が美味しいからに違いない。そして、冬になると、十日町各所でそれぞれの家が守ってきた秘伝のレシピで作られた漬け菜が味わえるという。
 
夏の暑い最中の種まきから、保存料を使わずに漬けられる漬け菜はもはや冬の贅沢な一品と言っても過言でない。元々スキーが好きで結婚を機に十日町市へ移り住んだという優子さんは言う。
 

畑から家までの道。優子さんは、家族の気配を感じながら辺りの景色を眺めるのが好きなのだそうだ。

「ここは夢のある土地だなぁって思うんです。すべて手作りで、自分で確保する生活。自分で獲ってきたウサギでもなんでも捌いてきたわけ。生きる術のすべてを自然のなかで賄えちゃうんです。でも若い人は『こんなに苦労するのはいやだ、古臭いのいやだ』って出てちゃって…。みんな本当の価値を感じてなくて。私には知りたいことの全ての原点がここにあったの」。
 
僕も全く同感である。
 
あぁ、なんだか冬が楽しみになってきた。今年は漬け菜の食べ比べをしよう!そして、漬け菜はさらにそれを煮込んだ「煮い菜(にいな)」という郷土料理にも変化し、春まで食べられるのだという。
 
11月になったらぜひ、漬けこみ風景を見学させてください!とお願いして桑原さんご夫妻とお別れした。早ければ初雪のふるころだ。本当に季節は駆け足ですぎてゆく。

桑原優子さん、弘行さん夫妻

『究極の雪国とおかまち ―真説!豪雪地ものがたりー』 世界有数の豪雪地として知られる十日町市。ここには豪雪に育まれた「着もの・食べもの・建もの・まつり・美」のものがたりが揃っている。人々は雪と闘いながらもその恵みを活かして暮らし、雪の中に楽しみさえも見出してこの地に住み継いできた。ここは真の豪雪地ものがたりを体感できる究極の雪国である。

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