はじめての献血

私の妹はお笑い芸人をしている。ピン芸人だ。今年のR-1グランプリの予選前、妹は
「積める徳は全部積む。すべての善行もだ」
と言って献血に行った。しかしヘモグロビンの数値が低く残念なことに一つ徳を積むことができなかった。

私はそれを聞いて「ならばお姉ちゃんが代わりに徳を積もう」と思い人生初めての献血に行くことにした。

私はさっそく献血に行く日を決め、その日が来るまで
「痛いのかな、もし私までヘモグロビンが少なかったらどうしよう」などと思いながら過ごした。
献血に行ったことのある人にどんな感じだったか話を聞いて、より心配ごとは増していった。

私は心配人間なので初めてすることに対してとても心配する。今回ももれなく心配しまくっていた。

献血のホームページを見ては、献血の流れを何度もチェックし、まるで身体測定の日に体重を気にしてその日だけ朝ご飯を抜く女子の気持ちで、普段は食べない朝ご飯を食べようと決めた。やっていることは真逆である。

献血に行く直前は何か食べた方が倒れにくいのかなと思い、せっかくだからセブンイレブンのから揚げ棒を食べようなどと考えていた。好きなのだ。

しかしあまり脂っこいものは食べない方がいいということが調べてわかったのでやめた。危うく徳を積み損ねるところだった。

そして待ちに待った献血の日、血液たちもそわそわしているのだろう朝からドキドキした。

仕事終わり、近くの献血ルームまで歩く。大きなビルの上層階にそれはあるようだった。
知っているビルだったけれど知らない入り口から入り、知らないエレベーターで昇っていく。
無事献血ルームに着き、緊張した面持ちで受付に行くと優しそうな女性が
「初めてですか?」
と聞いてくれた。
私はほっとしながら
「初めてです」
と答えた。
いろいろと説明を受け、400ml献血を希望した。すると受付の女性は
「体重によって採れる血液の量が変わってくるので、こちらの体重計で体重をお測りします」
とちょっと申し訳なさそうに言った。
私は「痩せて見られたのかな。うれしい」と思いながら、スマホやカバンを置いてコートは着たまま体重計に乗った。
受付の女性は
「あ、400ml献血できますね。大丈夫ですありがとうございます」
とまたちょっと申し訳なさそうに言った。さっきより早口だった。

私は「思ってたより体重があったってこと?さっきのはぬか喜びだったか……最近かなりヘルシーな食生活だったけど……何キロだったんだろう後でわかるのかな」とこの後の採血よりも心配をして受付を終えた。

その後問診やヘモグロビン検査をした。心配していたヘモグロビンの数値は基準値だった。よかった。

あちこちで「水分をたくさんとってくださいね」と言われ私も無料だし飲み物を飲みたかったが、すぐ呼ばれて移動するので飲むタイミングが分からず「あとで飲む時間取ってくれるのかな……」とまた心配になった。結果血を抜く前に待つ時間がまぁまぁあったので2杯くらい飲むことができた。

そしていざ採血である。
イスのようなベッド(ベッドのようなイス?)がたくさん並んだ部屋に入り、笑顔の看護師さんに案内される。
看護師さんは手際よく準備をして針を刺し、気がまぎれるようにか優しく話しかけてくれた。
思っているより痛くもなく、血が抜かれている感覚もなかったので私はベッドについているテレビでEテレを見てリラックスしていた。

旅するフランス語をぼーっと見ながらたくさん並んだベッドを見て「なんか昔お母さんが見てた海外ドラマのERみたいだな」などと考えていた。

このベッドが埋まることってあるのだろうか。何十人とベッドに寝てみんな血を抜かれている光景を想像して「なんかマトリックスみたい」と思った。
観たことない人のために言っておくが、マトリックスで献血のシーンは無い。

「はい。終わりました。針抜きますね。体調大丈夫ですか?」
優しい看護師さんの声が採血が終わったことを知らせる。

体調もまったく問題なく全然元気だったので
「はい。大丈夫です」
と笑顔で答えた。

終わった後もたくさん水分を取るように言われたので無料の飲み物を3杯くらい飲んでゆっくりした。
献血ルームの待合はかなり混んでいた。みんなそれぞれ飲み物を飲んでゆっくりしている。私は「世の中にはこんなにたくさん徳を積んでいる人がいるんだな」と思った。
ただ徳を積むために献血に来ている人は私くらいだろう。みんな優しさで来ているのだ。徳を積むために来たんじゃない。

献血カードや粗品をもらい、献血ルームを出た。

善い行いをしたという実感が抜かれた血液の代わりに体中を流れていた。

いい気分で歩いているとこれから献血に行くのであろう女子高生3人組とすれ違った。私は高校生の頃献血に行くなんてまったく考えたことがなかったので、とても驚いて思わず振り返った。

「徳の高い人間は若い時から徳を積んでいるのだ。彼女たちはきっと良い大人になるだろう」そう思いながら帰りの電車の駅に向かった。

妹のR-1グランプリの結果は惜しくも準々決勝敗退だった。
来年に向けてお姉ちゃんは欠かさず献血に行こうと思っている。


妹のnote



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