見出し画像

毒入りカレー事件は冤罪か?|今、裁判所が検察に厳しくなった理由が詰まってるヤバい事件です。

1998年(平成10年)に起こった「毒物カレー事件」って覚えてますか。

和歌山県の夏祭りイベントで振る舞われたカレーに毒物が仕込まれて、70人近くが中毒症になって、4人が死んだという無差別テロ的な事件です。当時は前代未聞の事件ということで、マスコミを上げての犯人探しが行われ、その中で林真須美さんという女性の方が容疑者だと疑われて逮捕されるコトになりました。

彼女は容疑を否認して完全黙秘していたのですが、2002年に死刑判決が出て、2009年に最高裁まで行ってそのまま判決が確定した事件なんですね。

ただこの事件、裁判を経ているとはいえ「そもそも林さんが犯人かどうか怪しい点」がたくさんありまして、今年の5月に裁判のやり直しを求める「再審請求」がされています。

この記事ではその辺について解説してみたいと思います。


1:なぜ弁護士は「冤罪事件」を訴える?

内容の前に、過去の事件を「冤罪事件として語る」こと自体について触れたいと思います。

というのも、この事件を「冤罪の可能性がある」って触れるってことは、被害者や遺族の方にとって「一旦整理がついた事件」について「蒸し返す」ことでもありますから。どうして弁護士はあえてそんなことをやるのか、ってコトですね。

刑事裁判の結果として、裁判の被告人には「死刑や懲役と言った刑罰」が課されることになります。これはごく当たり前のこととして行われているわけですけど、それは被告人を対象に「法的に正当化された殺人や監禁、強制労働等」を行うことを意味するんですよね。

刑罰ってのは、実際に行われなければ「社会に対する威嚇効果」が維持できませんから確実に執行することが必要。でも、社会が人を殺害したり監禁したりすることが正当化されるのは「間違いなくその人がやった」と言えるからこそなんですよね。「あいつ怪しいから殺してやれ、ぶち込んでやれ」っていうのは、偏見や妄想に基づく、ただの社会的リンチになってしまいます。

なので裁判官・検察官・弁護士の法曹3者は立場は違えど、重い刑罰になるような事件であればあるほど、「容疑が自分や自分の子供に向けられたのだとしても」納得できるくらいに慎重な検討を行います。

そして、プロがそこまでして、90%の確率とか、95%の確率とかいうじゃなくて「もはやこの人が実際に犯罪を行なったとしか考えられない」と認められた場合にだけ、国家によるその人の殺害や監禁がようやく例外的に正当化される。「個人の命や自由が、国家や社会によって恣意的に奪われるようなことはあってはならない」という大前提に対して、法律が認めた唯一の例外が、刑事裁判を経ての刑罰の執行なんですね。

なので「冤罪事件の疑い」があると弁護士が訴えるというのは、裁判後に新たに分かった事実などを踏まえ「これは、確実にその人がやったとは言えないケースだ」「そのまま刑を執行するれば、正当化されない殺人を国や社会がするコトになってしまう」と訴えることなんです。

確かに、被害者の方たちにとっては心乱されることではあるでしょうけども、社会の根幹に関わるコトですので、見逃せないと言うところで踏み出しているアクションなんですね。


2:刑事裁判の基本=犯罪自体と犯人性の立証

そんな前提がある刑事裁判ですから、裁判で容疑者が有罪だと判断されるためには検察が「犯罪が行われた」ことと「犯罪実行者=被告人」だということを、「他の可能性は現実的にありえない」というレベルまで証明した場合です。

なお、毒物カレー事件については「犯罪が行われたこと」の立証は問題がありません。毒物の入ったカレーを食べた人がたくさんいて、その人たちの吐き出したものや鍋から共通して毒が検出されているので、医師の診断・鑑定などから、毒物のカレーへの混入は明らかでした。

そして、夏祭りのイベントのカレー鍋に偶然や過失で化学薬品である毒物が入るなんてことは、基本ありえないことなので「誰かが意図的に入れた」と、また薬品の種類からして「実行者は食べた人が死ぬ危険性をわかっていた」考えられるからです。

ただ「誰が入れたのか」という「犯人性」の問題は、この事件においては難しいんですよね。こちらはどう立証するかというと「犯行を行いうる、あらゆる容疑者の可能性」を考えた上で、「容疑者以外の可能性」が証拠で全部潰れた時に、ようやく立証されたと考えます。

絞り込みについては、いくつかポイントがあるんですけど、犯行時間や現場が特定されている場合は「そこにアクセスできる人物」だけが犯人の候補になります。また、このような毒物が使われた事件だと、「犯行に必要なものを手に入れることができた」ということで、「対象の毒物にアクセスできた人」というのも条件になりますね。

ただこの事件、夏祭りのイベント会場っていう、いろんな人が出入りする「オープンスペース」でカレーが作られていて、そもそも、絞り込みがかなり難しいんですよね。しかも、犯人が毒物を入れた瞬間を見た人もおらず絞り込みは難航。いわゆる典型的な「迷宮入りタイプの事件」と認識されていたのです


3:警察はどうやって犯人を特定したのか?

それで、警察はどうやって犯人を捜したか、というと、まるで刑事ドラマみたいですが「ヤマを張った」ようなんですね。

イベントに参加していたにもかかわらず、誰も毒入りのカレーを食べておらず、周囲ともトラブル含みで評判が良くなかった「林一家」が捜査線上に浮上。旦那さんには、当日にアリバイがあったので、奥さんの真澄美さんの方が怪しいというコトになりました。しかも、旦那さんはシロアリ駆除の仕事をしていたことがあって、「ヒ素」という毒物を持っている可能性がある、という事情もあったからです。

実際この後、別事件を理由に裁判所の許可を取って、実質カレー事件の捜査をするという裏技で林家の家宅捜索が行われて「ヒ素」が付着したプラスチック容器が発見されることになります。

ちなみにこの事件で使用された毒物については「青酸化合物」と「ヒ素」という2種類の報道があるんですけど、刑事裁判では、カレー鍋に残っていた「ヒ素」の方に焦点が当てられて、林家で発見された「ヒ素」と「同じ工場で同じ時期に作られたもの」だということが、科学的に証明されて、これを決定打として林さんを検察が起訴したんですね。

ちなみに、そんなことどうしてわかるのかと言うと、兵庫県にある「スプリングエイト」という放射能を用いた物質の精密検査施設があって、これが初めて刑事事件に活用されたからで、当時はそのこと自体結構話題になったんですよね。


4:ただ、この証明が「くせ者」で・・・

ただこの証明力、裁判後に判明した事情からすると、かなり微妙なんですよね。その工場でその時期に生産されたヒ素って、実は日本に3トンくらいまとめて輸入されていて、和歌山でも、シロアリ、ネズミ対策や、農薬とかミカンを甘くする処理等のために相当量が広く出回っていたらしいんです。

となると「夏祭り会場に行けた人」&「同じヒ素を持っていた人」の条件では、そもそも可能性を一人には絞り混むのは難しい。しかも事件に使われた「ヒ素」と、「林家にあったヒ素」は、濃度が大幅に違うことも後から判明してしまっています。そして犯行の瞬間を見た人はいないし、通常、捜査中で判明する、林さんが無差別殺人をする動機がわからなかったりするんですよね。

みなさん、刑事事件の犯人って、サイコパスっぽい人を想定するのかもしれませんが、「動機不明の事件」ってほとんどないんです。被告人に精神的な病気があったとしても、その精神状態の中で、ある程度、辻褄の合う理由が、周辺の聞き取りなどから多少は出てくるものなんです。

確かに事件の10年程度の間に、林家では関係者がヒ素を使った保険金詐欺をしていて、マスミさんもそれに関わっていたという別事件の認定はあるので、怪しいは怪しいんですよ。でも、そちらは金銭的な動機という比較的わかりやすい理由があるわけですが、いきなりの無差別殺人となると、本人になんの得があるわけでもなく不自然なんですよね


5:検察が行ったチート的立証術(今は使えません)

ただ最終的に検察は、林さんの不利に働く状況証拠を積み上げ、一方で(そうする義務はないので)矛盾する証拠は裁判に提出しない形で、林さんが怪しそうに見えるストーリーを裁判で作り上げてしまいます。

林さんが鍋の近くで怪しい動きをしていたとか、彼女以外にチャンスがある人はいなかった、という証言を集め、髪の毛にヒ素がついていた、なんていう証拠も出したみたいです。

この辺りは、目撃者が見たのがそもそも林さんなのかとか、実は外部の人も全然入れる状況だったんだとか、矛盾する証言も別途あったようなのですが、それらは提出せず。髪の毛の話も、当時の検定手法は雑で「誤差の範囲内」だったことが後に判明しています。

ただ、裁判所は裁判に提出されなければ、立証に不利に働くの消極証拠は見ることができないんです。現在は法律が改正されていますが、当時は、検察が持っているけど提出しない証拠を開示させるルールもなく、検察は都合の良いカードだけ選んで切ることのできるマズイルールになっていて。

しかも、この時期に科捜研でヒ素の鑑定をしていた人が、あとで証拠偽造で逮捕されて有罪判決を受けたりもしているので、そもそも切られたカードさえも、信頼性が怪しい部分があったのです。

そんな状況が明らかになってきた中で、本当に林真須美さんを「この人が事件を起こしたとしか現実的に考えられない」条件に当てはまる人として、「国家権力を持って殺害していいのか」というのが「今回の再審が投げかけていることなんです。


6:今時の裁判(ルール改正後)について

事件の判断については、皆さんの感想にお任せしたいと思いますが、その前に裁判がこんなに杜撰だと思われると困るので、イマドキの裁判の話を。

現在は、刑事裁判の法律も裁判官も、検察のこういうカードの切り方は司法の信頼を損ねるということで、かなり厳しい態度を持って、臨むようになっています。

改正された刑事訴訟法は、捜査機関が持っている不利なカードも、弁護士の請求で全て開示させることができるようになりましたし、取調べが録音録画されるので、過去には散々警察がやってきた、容疑者を殴ったり脅したりして追い込むような手法はもう使えません。

またこんな事件があったからだと思いますが、裁判所は科学的な鑑定について、かなりシビアに前提事実を吟味して、その証明力を検討するようになりました。

裁判員裁判も始まって、裁判所の審理もブラックボックスじゃなくなりましたしね。詳しい人がメンバーに入ってきたときに、杜撰な事実認定をしていたら、裁判所の面目も信用もが丸潰れになりかねない状況もあるわけです。

7:皆さんどう思います?

なお、今回の再審請求は「事件では、ヒ素とは別の毒物である「青酸化合物」が使われたことが、医師の証言等から判明している。林被告はヒ素にはアクセスできたかもしれないが、青酸は入手経路が不明だ。とすれば、第三者の犯行の可能性が消えないはずだ」ということです。

簡単にいうと、その入手経路が判明してないと「青酸もヒ素も手に入れられる他の誰かがカレーに入れた」っていう可能性が、潰れないんじゃないですか、ってことです。

もちろん請求した弁護士さんの本音は「この点以外も含め、そもそも犯人絞り込めてないだろ、この事件。杜撰すぎ酷すぎだろ」ってことですが、さすがに裁判所も「そうですね、うちらの先輩ダメでしたね」と言って受け付けるわけにもいかないので「考慮すべき新しい証拠」を指摘する法律のルールに沿ってこういう言い方になってるんですね。

さて、みなさんは「間違いなく犯罪を実行した人」として、林被告を殺害していいと思いますか。あるいは、別の可能性が残っていて、無罪判決としなければいけないと考えますか。裁判員であればどう判断されるでしょう。

動画バージョンはこちらになります!


価格以上の価値があったという人はサポートいただけると嬉しいです!いただいたサポートは子供達のお菓子かオモチャにまわさせていただきます^^