在任期間歴代最長~黒田日銀の「成果」

「まなぶ」2021年11月号所収(労働大学出版センター

① 在任期間が歴代最長となった日銀の黒田総裁。2%の物価上昇とか黒田バズーカといった言葉は知っていますが・・・いったい何を目指し、どんなことをしてきたのでしょうか。
黒田日銀総裁は財務省官僚の出身で、財務省での最後の役職は財務官であり、国際金融の専門家でした。アジア開発銀行総裁を経て安倍政権により日銀総裁に据えられました。財務官時代から、日銀のやや慎重な金融政策に批判的で積極的な緩和政策の発動を主張していました。従来から日銀総裁は財務省出身者と日銀出身者の間で交互に任命されることが多く、安倍政権にとって日銀出身の白川総裁の後に据える人物として最適だったと言えます。
黒田総裁はデフレ脱却のために超緩和政策を推し進めようとしたわけですが、その際に2%の消費者物価上昇を目標に、マネタリーベースをふんだんに供給することで金融政策面から景気を改善しようとしました。マネタリーベースというのは、市中の現金流通量と市中銀行の日銀への預金の合計額を指します。マネタリーベースの量は日銀など中央銀行がコントロールすることができます。
従来の金融経済学では、このマネタリーベースが核となって、市中銀行がその数倍の企業への貸し出しや個人への住宅ローン提供など信用供与による資金供給を行う構図が想定(信用乗数)されていました。そこで、マネタリーベースを増やせば市中銀行が貸出に積極的になり、市中に資金が回ることで景気浮揚効果と物価上昇効果をもたらすと考えたのです。日本銀行はマネタリーベースを増やす手段として、市中銀行の保有している国債を積極的に買い取る政策を発動しました。
バブル期には日銀は金融政策運営を金利操作で行ないましたので、マネタリーベースが大きく増えているのに十分な引き締めを行いませんでした。その結果、資産バブルを引き起こしてしまったのです。
しかし、資金需要が大きい時には市中銀行は積極的に貸し出しを増やせるのでこの理論は有効ですが、金利が大きく低下しても資金需要が細っているときには、ただ市中銀行の日銀への預金が増えるだけです。現実にマネタリーベースが大きく増大しているにもかかわらず銀行貸出の増加は微々たるものに推移してきました。ただし、市中銀行が十分すぎるほどの日銀への預金を保有していることで金融不安を起こす要素がなくなった点と株価上昇には影響したことは指摘しておきたいと思います。
また金融緩和の方法として量、マネタリーベースの増加だけでなく、質的な緩和としてE T F(上場株式投資信託)、R E I T(上場不動産信託)や民間の社債を購入するという政策も実施してきました。中でもE T Fの購入が額も大きく、株式市場に影響を与えてきたと考えられます。現在、日銀のETF保有額は36.2兆円(2021年9月末)に達しています。日銀によるETF購入を期待して株式を投機的に買う動きが出てくるなど、市場機能の歪みをもたらしたといえます。


② 中央銀行の独立性といったことなどお構いなしに政府と連携しての金融緩和をすすめてきた黒田日銀。問題はないのですか。マイナス金利の副作用もあるとか。
日本銀行の独立性というのは、もっぱら日銀サイドが強調していますが、法律的には日本銀行法の改正(1997年)で、日銀の存在の目的を「物価の安定」と「金融の安定」の2つと明確に定めたことや「通貨及び金融の調節における自主性は、尊重されなければならない」と業務運営の自主性が認められていることを指しています。しかし、同時に日本銀行法では「日本銀行は、その行う通貨及び金融の調節が経済政策の一環をなすものであることを踏まえ、それが政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない。」となっています。ガバナンスの観点からもみても中央銀行が政府から全く独立している状態が必ずしもいいわけではありません。
消費税増税を除き消費者物価上昇が、若干のマイナスかゼロに近い状況で推移してきましたので、日銀の政策金利がゼロ金利ないし若干のマイナス金利となることは不自然ではありません。また国債利回りもほぼゼロ近辺の推移で若干のマイナスとなる時期もありました。国際的な資本移動が自由になった結果、日本の長期国債の利回りは、欧米の国債利回りと実質金利の期待値によって裁定され、連動して上下することが多くなったといえます。しかし、近年、日本国債の場合は、日銀の大量購入によって長期金利も低位に操作された状態になっています。もっとも、米国やユーロ圏も積極的な緩和政策によって大量の国債購入を行なっており、この低金利現象は現在の世界的な資本主義経済の問題であるとも言えるでしょう。
日銀の国債保有高はすでに528兆円もの巨額にのぼっており、これは日本政府の国債発行残高950兆円の5割を超えた状態になっています。日本銀行における国債の引受けは、財政法第5条によって原則として禁止されています。日銀の国債引き受けが、過去にハイパーインフレを招いたとの認識からこうした原則がたてられました。しかし、昨年度を除けば、実際にはこの数年間、日銀の国債購入額が新規発行額に匹敵、または上回ったりする状況になっており、事実上の引き受けが行われているといえるだろうと思います。

③8年半の成果について、「金融政策だけでは物価はあがらないということを証明したことだ」という声を聴きます。「物価を上げるには、日本経済の成長力を高めて賃金を引上げ、消費を拡大する必要がある」という主張の裏返しのようにも。どういったことでしょうか。
金融政策によってインフレを抑えることは実証されています。金利を上げ、マネタリーベースを絞り民間の信用創造を縮小させ需要を抑制するわけですが、その結果、不況になり、財・サービスの需給関係が緩んでインフレは沈静化します。しかし、低成長になってくるとその逆はうまくいかないようです。
人々の生活の立場から考えると物価を上げる必要はありません。労働者にとっては実質賃金が上昇することが生活の改善に繋がるのであって、賃金が上がらずにインフレが起きれば生活が悪化するだけですし、仮にインフレ分だけ賃上げしても生活水準は変わりません。インフレだろうがなかろうが実質賃金を引き上げることが重要です。実質経済成長がなければ実質賃金が上がらないということはありません。それは企業の付加価値のうちどれだけを賃金に当てるかという問題であり、労資の交渉の問題です。
金融業界がマイルドインフレを求めているのは彼らの特殊的な利害です。継続的にマイルドなインフレが起きることで金利がゼロである状態から脱し、長期国債の利回りが高くなってくれることを望んでいます。比較的短期で低い預金金利と国債金利の差によって利ざやを得たいということです。実際にバブルの崩壊以降、多くの金融機関は貸出に慎重になり、国債保有を増やして預金との利ざやで利益を上げていた時期があったのです。これは国の財政から金融機関へ与えられる補助金のようなものです。それが黒田日銀のもとで国債金利も非常に低利となり国債と預金との利ざやが稼げなくなり、金融機関は日銀に国債を売却してきたわけです。
本来、金融機関は、預金と貸出の利ざやによって収益を得るビジネスのはずですが、その利ざやは資金需要の強さに依存しますし、そもそも利ざやという借り手の信用リスクに対応するもので金融機関はそれを評価して適切な貸出金利を設定することが仕事であるはずです。また中央銀行としてもマイルドインフレである方がゼロ金利を止めることができ、金融政策を金利政策中心にしやすくなるので、そうした状態を望んでいるという事情があります。


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