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同じ過ちを繰り返すミライが少し見えた今年の終戦の日。

みなさんお久しぶりです。しゅーとです。


コロナ禍で起こっていることはもちろん僕たちにとってはじめてのことだけど、僕はなぜか「どこかで見たことがあるな」と感じていました。
その理由が分かってきたのでシェアします。

まず、いつどこで見たのかと言うことなのですが、それは、小・中学生の頃、漫画や本や教科書で、です。
僕は小さい頃から戦争に興味を持っていて、戦争に関する漫画をよく読んでいました。そこで見た景色と今は本当によく似ているなと感じます。


コロナ禍の人々は、
メディアに踊らされ、外出している人を袋叩きにする。
芸能人が外で飲み食いしようものならワイドショーが総力をあげてボコボコにします。
東京から田舎に帰ってくれば、ポストにありがたぁいお手紙を頂いたり、ドラッグストアが大人気行列店になっていることもありました。

コロナなんてなかった時も日本人は
明るい未来を作ろうとする人には、夢を追う人には、それを捨ててきた大勢の人で槍を向け、少し失敗すればよってたかって殴ります。

そうやって自分たちで生きづらい世の中を作ってきました。


僕が見た漫画や本や教科書も同じでした。


戦争に協力しない人がいたら「非国民だ!」といってボコボコにし(あの時代は本当にボコボコにしていた)、平和を求めれば国をあげて殴りつけます。
メディアの誤った報道に踊らされて戦争に熱狂し、目が覚めた頃にはもう街は焼け野原です。
「欲しがりません勝つまでは」などと言い、自分のやりたいことを貫くもんなら敵意の目を向け、迫害してきました。


ふたつの時代を比較しても分かるように、日本人は何にも変わっていないんです。
いくら全国民が1945年8月6日を覚えていても、いくら全国民が「平和の礎」の前で平和を願う歌を奏でても、もし、戦争が起これば、
平和を求める人を袋叩きにし、
夢を追いかける人を殴り、
メディアに踊らせる人が続出するミライが僕には容易に想像できます。


結局人間が一番怖いのかもしれません。


僕には、戦争の記憶が風化している?ことよりも、民度があの頃と変わっていないことの方がよっぽど怖い。この事に気がついたときは心の底から震えました。


ここまで読んでくださったみなさんの中にも今、恐怖で震えている人がいらっしゃると思います。


でも、大丈夫!
#安っぽいCMあるある


今年の12月には西野亮廣さん原作の映画「えんとつ町のプペル」が公開されます。挑戦する人の背中を押してくれる物語だそうです。


今年は本当に散々な年になりました。
外出している人を殴ってしまった人も、メディアに踊らされていた人も、夢を追う人に槍を突きつけてしまった人も、もちろん、挑戦をずっっっと続けて来た人も、映画「えんとつ町のプペル」を観て、1年の終わりくらいは明るい未来を語り合いましょうよ。


みんなが応援し、応援されるセカイ、
みんなが明るい未来を語り合っているセカイ、
みんなが自分のやりたいことを、夢を追いかけているセカイ、それは本当に優しいセカイで、そもそも戦争なんて起きるはずがありません。


みんなが笑顔でキャッキャ言いながら過ごしている楽しいセカイを一緒に作りましょうね!!


それでは今日も素敵な1日をお過ごしください。
熱中症にはくれぐれも注意してくださいね。


ではまた。

One love.