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『おもてなし幻想』を読んで学んだこと

『リッツ・カールトンに宿泊した男の子が、ジョシーというお気に入りのキリンのぬいぐるみをホテルに忘れてきてしまったが、リッツ・カールトンのスタッフはそれをただ送り返したわけではなかった。ジョシーがリッツ・カールトンにその後も滞在し、プールでくつろぎ、他のぬいぐるみと友達になり、ゴルフカートに乗ってゴルフを楽しむ姿を撮影し、そのアルバムと数々の無料アメニティとともに、家族の元に送り返したのだった。』

本書はこういった感動ストーリーを安易に礼賛する風潮を粉砕するために書かれています。多くの企業にとってこの手の「過剰なおもてなし」は、ロイヤリティに影響しないどころか、下手をすればマイナスに作用することをデータで証明しています。

本書でいうロイヤリティとは、以下のようなものです。

・再購入(顧客が引き続き購入すること)
・顧客内シェア(選考に上がった時に顧客が購入する割合)
・アドボカシー(顧客が他者に薦める、褒めたたえること)

つまり、全幅の信頼を置き、競合サービスが検討に上がることはなく、望んで製品やサービスを使い、家族や知人にも薦める、そんな状態が「高いロイヤリティ」ということになります。

本書の主な舞台はカスタマーサポートの現場ですが、書かれていることの多くは顧客が存在するあらゆるビジネスに共通します。プロダクトやサービスの設計思想にも関わる話です。さらにロイヤリティを高めるツールとしてのwebサイトの重要性にも触れています。web制作を生業とする私のようなものには重要な示唆です。

というわけで本書を読んで学んだポイントを掻い摘んで紹介します。

第1章:顧客ロイヤリティを巡る新たな戦場

本章では、約10万人に及ぶ綿密なリサーチで得たデータから、以下の結論を導き出しています。

・顧客を感動させることは、ロイヤリティ向上に繋がらない
・満足度とロイヤリティには、ほとんど相関がない
・カスタマーサービスに連絡するとロイヤリティが低下する
・ロイヤリティ低下を避けるためには顧客努力を減らすべき

つまり私たちがまずやるべきは、丁寧で心温まる感動の提供ではなく、短絡的に満足感を高めることでもなく、顧客努力を徹底的に削減することです。これは私たちの仕事の中の多くの場面でもいえます。

例えば、やたら丁寧なコミュニケーションも、分厚く作り込んだ資料も、ロイヤリティには影響をしない可能性があります。私たちがやるべきは、顧客の手間、顧客が面倒と思うことを徹底的に排除することです。また、顧客からメールや電話で質問が来ることは、ロイヤリティ低下の原因かもしれません。私たちが目指すべきは、顧客が自己解決できて、一切質問をしてこない状況を作り出すことです。

この考えは社内コミュニケーションにも応用できます。

上司や部下に対し、長い時間を使って丁寧に説明したり、全ての説明が書かれた分厚い資料を送ったり、業務と関係ない話をして和ませたり、「分からないことがあったらいつでも気軽に聴いて」と言ったりすることより、質問が出てこないくらい分かりやすく、できるだけ相手の手間を減らすコミュニケーションを取った方が「この人と今後も仕事がしたい」と評価される可能性が高まる、と応用して考えることができます。

第2章:なぜ顧客はあなたと話したがらないのか?

本章では主に、最高のエクスペリエンスはセルフサービスであると語られています。

複雑なサービスのユーザーや高年齢は電話や会話を好む、と考えている企業は多いが、それは企業の思い込みで、セルフサービスの質が低いから電話せざるを得ないだけだ、顧客はただ問題がすぐ解決することを望んでいるだけだ、と主張しています。必要なのは質の高いセルフサービスであり、その実現にwebサイトは非常に重要で、以下のようなwebサイトであるべきと書かれています。

・選択肢が増えるほど顧客努力は増えるため、選択肢を極力減らす
・顧客視点で、顧客のタスクに基づくガイダンスを行う
・電話などに繋ぐチャネル転送をできるだけ減らす
・チャネル転送をするまでにできるだけ問題を解決しておく
・チャネル転送では、電話よりEメールの方が顧客努力が増加する
・言葉を単純化する
・検索結果ゼロを目指す
・関連情報をまとめる(チャンキングする)
・専門用語は避ける
・主語+動詞を使う、主語と動詞をハッキリさせる
・電話する前に、目立つ場所によくある質問をおく
・フォーラムを提供し、疑問を解消する

web担当者やweb制作者は、webサイトを広告の一種と捉え、商材やブランドをいかに魅力的に映し出すかに力を入れがちです。しかしwebサイトをセルフサービスの場と捉えるならば、煽るようなキャッチコピーや大仰な演出に時間をかけるのは見当違いだということになります。ロイヤリティに貢献するのは、セルフサービスを助ける「顧客努力の少ないwebサイト」であると解釈できます。

第4章:できることが何もないように思えても、できることは必ずある

本書では一貫して、顧客努力を減らす=ロイヤリティを高める、を主張しています。

しかし、この顧客努力というのは、単に手間を省かせるという話ではありません。手間(労力)は顧客努力の3分の1の問題で、残り3分の2を占めているのが顧客の認識であり、顧客がどう受け止めるかをコントロールすることの重要性を説いています。

また、まことしやかに言われている以下のようなことは、顧客の受け止め方を高める上でほとんど影響がないとも述べられています。

・担当者の情報が分かりやすい
・担当者が自信にあふれている
・担当者の気づかいが伝わる
・担当者の会話がマニュアル通りでない
・担当者が顧客を理解している
・担当者がしっかり話を聴く

より大事なのは、注意深く選択した言葉づかいで会話をコントロールし、告げられた内容に対する顧客の受け取り方を改善することです。本書ではそれを「経験工学」と呼んでいますが、この経験工学を構成する主要なテクニックとして以下の3つがあげられています。

・アドボカシー(顧客の立場に立っていると明確に示す)
・肯定的な言葉づかい(いいえ、できない、等の否定的な言い方を避ける)
・アンカリング(別の選択肢と比較し、有益で望ましい選択である示す)

本書内では文例が紹介されていますが、例えばアンカリングなら、故障対応の技術者の訪問が「明日朝8時から夜8時までに訪問する」と伝えるより、「時間指定での訪問だと来週になってしまうが、朝8時から夜8時までの間で良ければ明日訪問できる」と伝えた方がいいといったことです。

つまり、単純な労力を削減するより、相手が受け取る印象に配慮した会話テクニックの方が、顧客努力の軽減には繋がるということです。

親切で丁寧な態度が不要なわけではありません。ただ、分かりやすく親切で丁寧な態度でも、不満が解消されないことは確かにあります。そんなときに必要なのは、相手の立場に共感し、否定的な言葉を使わず肯定的な言葉で回答し、別の選択肢に比べてより良い選択であることを明示すれば、ロイヤリティの低下を最小限に抑えることができる、というわけです。

これは、社外・社内で関係ない話でしょう。仕事をしているといつも相手にとってベストな回答ができるわけではありません。相手の要望をそのまま受け入れられないこともあります。しかし相手の立場への共感を示し、肯定的な言葉づかいで有益で望ましい選択であることを示せば、ロイヤリティの低下を防ぐことができるわけです。

第5章:主導権を握るには、主導権を手渡さなければならない

本章では、顧客努力を削減するスキルについての考察がされています。特に以下の4つの分野との影響について語られています。

■IQ
・好奇心が旺盛
・創造的
・批判的志向
・新しいことを試す

IQは、これらは知性の源といえるもので、一般的に「頭がいい」といわれている人が持ち合わせているものです。この分野に優れていると、サービス担当者の成績が3.6%上回るそうです。

■基本的なスキルと態度
・製品に関する十分な知識
・技術的な専門知識
・自信に溢れたコミュニケーション
・明快なコミュニケーション
・的確な質問
・マルチタスク

これはどんなビジネスでも求められる基本的な知識や能力です。業務の中で教育されることの多くはこの分野でしょう。この分野に優れていると、サービス担当者の成績が5.1%上回るそうです。

■EQ(感情知能)
・相手への共感
・相手に合わせた臨機応変な対応
・倫理観
・外交的
・相手の立場に立てる
・人を説得する力

これは人の感情に寄り添える力です。「人間力」などとも言われます。この分野に優れていると、サービス担当者の成績が5.4%上回るそうです。

ここまでの3つの領域が重要ではない、というわけではありません。しかし、これら以上に大きな影響を与える分野があります。それがCQです。

■CQ(コントロール指数)
・立ち直りが早い
・プレッシャーを乗り切れる
・自分の行動に責任を持つ
・建設的な批判に肯定的に反応する
・長時間職務に集中できる

端的にいえば、自己抑制力といえるものでしょうか。この分野に優れていると、サービス担当者の成績が11.2%も上昇するそうです。

これはビジネスの現場でまことしやかに語られている定説を覆します。つまり、ロイヤリティという観点でいえば、クリエイティビティ、クリティカルシンキング、チャレンジ精神、豊富な業務知識、効率の良い仕事の仕方、他者への共感力やコミュニケーション能力を鍛えるよりも、高い自制心を生み出すことの方が重要というわけです。

本章ではさらに、多くの人は既にCQを持っていて、大事なのはそれを引き出す環境を提供することだと説いています。CQを引き出す環境とは、

・担当者の判断を信頼する
・担当者が会社の目標を理解し同じ視点を持つ
・担当者間で協力するネットワークを作る

と語られています。ようするに、社員を信頼し、会社のビジョンを共有し、お互い助け合う風土を作れば、自然と顧客努力の削減に最も大きな影響を与えるCQが発揮される、ということです。

逆にいえば、社員を信頼せず、会社のビジョンが共有されず、お互いが協力し合わない組織では、関与者のロイヤリティが低下し、結果的に競争力や収益性に悪影響を与える、ということなのでしょう。

この結論はとてもありふれています。マネジメント系のテーマでは必ず聴くことでもあります。

しかしありふれているということは、組織や人の問題の根っこは同じであり、本質を手繰り寄せていくと同じ問題に行き着く、ともいえます。組織をデザインする立場の者は、目の前にある小さな問題に目を奪われたり、流行りの手法に安易に飛びついたりするのではなく、このような本質的な組織課題に目を向けなければいけない、と受け取るべきでしょう。

さいごに

ここで紹介したのは『おもてなし幻想』の中のごく一部であり、私の解釈を加えたものです。本書にはこれ以外にも顧客との適切なコミュニケーションの仕方、顧客努力の指標化、トレーニング方法などのことに触れられており、データに基づく有益な図が数多くちりばめられています。このエントリーを読んで興味を持った方は、是非手に取ってみてください。


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