ソーシャルファームの話①(ラグーナ出版)

〈東京しごと財団〉が主催するセミナー「新しい社会的企業のカタチ ソーシャルファーム in TOKYO」にほぼ毎月参加している。

「ソーシャルファーム(social firm)」とは、一般企業と同様に自立的な経営を行いながら、諸事情により働きづらさを抱えている人や、労働市場で不利な立場にある人(例:障害のある人、高齢者、刑務所出所者、アルコール依存症の人、ひとり親、介護や育児で短時間しか働けない人、ひきこもり経験者、などなど)を受け入れ、彼らに必要なサポートを行いながらが、ほかの従業員と共に働く場を提供する企業のこと。

1970年代のイタリア・トリエステという地域で始まり、現在ヨーロッパにおいてソーシャルファームと認定される企業は1万社以上。アジア圏で最もソーシャルファーム発展国である韓国では、約3千社の認定企業があるという。

日本では、まだまだソーシャルファームの認知度は低い。残念ながら、そもそも働きづらさを抱えている人への理解度が低いだけでなく、そういった人が存在することにすら、目を向けられていない(私もそのひとりだった)。

とはいえ、かなり以前からソーシャルファームに着目し、広める活動を行っている人も多くいるし、そういった取り組み自体を知らずとも、自然にソーシャルファーム的事業を行っている企業もある。

東京都では2019年に「都民の就労の支援に係る施策の推進とソーシャルファームの創設の促進に関する条例」が制定され、2022年1月時点で、都内15の企業が「ソーシャルファーム」として認定されている。


さて、〈東京しごと財団〉主催の第8回目のセミナーを受講して、すばらしいお話を聴けたなあと思ったのでメモしておこう、という日記。

登壇されたのは、鹿児島県にある〈ラグーナ出版〉の代表・川畑善博さん。かつて東京の出版会社に勤め、精神科病院に勤務し、その後地元鹿児島で地域の精神医療を展開し、現在は精神障害のある人が働く出版社も運営している。

精神科病院で長年働くなかで、精神科病院は日本の全疾患病床数の5分の1を占めるの(そうなの!?)に、なぜ社会の認知度が低いのか? 世界と比較して、日本は精神科病床が多いのはなぜなのか? 一度精神科病院に入院すると、30~40年と長期化して退院できない(そんなに長いの…?)のはなぜか? なぜ拘束や隔離が増え続けるのか? 退院後に再び不安定な場所に戻すことは最善なのか? といった、社会的課題に突き当たったという。

病院勤めをやめ、「体験を知に変えて社会に伝えよう」と、37歳のときにNPO法人を立ち上げた川畑さん。その後、こころの病と闘っている仲間、精神科医、精神保健福祉士らが集まって『シナプスの笑い』という雑誌を発行。雑誌づくりはだんだんと大きな動きとなり、この活動を仕事にするべく、就労継続支援A型事業の出版社を立ち上げ。2022年2月現在、Vol.46まで刊行される雑誌となっている。

その〈ラグーナ出版〉に携わる人の殆どが、なにかしらの精神障害を抱えるメンバー(利用者)であるというのが、ちょっと驚きだった。書籍や雑誌の発行には、当然あらゆる業務があり、関わる人間も多く、メンバーには向きよりも不向きの業務が多いのではと、頭ごなしに思ってしまっている自分がいる。川畑さんも最初は「これはスタッフ(職員)がやるべきかも」と思う仕事もあったが、ご本人の不調と、さまざまな悩みと、改善のなかで、業務の工程を細かく分解し、流れと役割を明確にして任せてみると、彼らはしっかりこなすのだという。「勝手にそうであると判断していた自分がいました」と省みる言葉もあった。

そんなメンバーのパフォーマンスをキープもしくは上げるには、心と体の健康管理が第一であるという。そこで「業務日報」という名の1日3分で書ける健康管理表を皆に書いてもらい、その日の心身状態を可視化し、意識するような仕組みをつくっている。

不調が出るときは、必ずその人特有の予兆が現れるのだとか。それを見逃さないための表であり、さらに本人自身の自己管理能力を高めることにも繋がるという。きめ細やかでありながらも、押しつけがましさはなく、本人にも自身の体調を自覚させる。精神科病院で培ってきた知識を生かし、症状がひどくなる前にケアする方法を採用しているんだろうけど、活かし方がすごいなあと感心した。

あと、もし不調になり休むことになっても、その人しか分からない状況をつくらないために、ひとつの業務をふたりのメンバーに任せる。そして休みは遠慮なくとらせる。休めるという安心感が、心の安心をも生むのだという。そして、精神の病を持つ人は、「仕事が苦手」なのではなく「休むのが苦手」な人が多いという。だから、会社側から休みをとるように声をかけるようにしているとのこと。

私が、なるほど~と思った話は「人が仕事に合わせるのではなく、人に仕事を合わせる」ということ。一般的な職場の多くでは、自分の能力を高めるために、多少無理をしても、すこし背伸びした仕事をやりたがるし、会社もやらせたがる傾向にあると思う。そうじゃない、と。チャレンジはひとまず抜きにして、本人に確実に向いている仕事を担ってもらい、無理に背伸びを進めないのだという。安定的で、自己肯定を生む仕事こそ、心の健康を生むからだ。もちろん余裕が出てくれば、チャレンジしても構わない。

ああ、自分もなにかと背伸びしなきゃ!と思いがちだけれど、そんな心の状況じゃないときってあるよなあ。余裕がないときは、自分にあった仕事や量をコツコツやるのでいいのだ。それは決して悪いわけではないのだ。なんだか救いな気がした。

さらに「精神の病は、働きながら治す」のだと、川畑さんはいう。精神疾患は働き方がつくり出す病であるが、働く中で治療していくものだという。かつてイタリアを訪れた川畑さんは、トレント精神保健センター長のレンツォ・デ・ステファ二さんに以下のような話をされ、ハッとしたという。

「治療の目的は、自分の人生を取り戻すこと。自分の人生の舞台は、社会の中にある。だから社会生活の中にしか、治療法はないんだ」

「自由とはなにか?」という思想から始まった、イタリア発のソーシャルファームという革命。それは今も、人と人の間にあるものへの信頼をよすがにしながら、自由を模索するイタリアの人々の本気度をうかがえる話だった、と川畑さんは振り返っていた。

人と人の間にあるものを心から信じ、頼り、頼られること。隔離された状況ではなく、社会の営みのなかで、やりがいを感じ、誰かと比較せず、安心して暮らす。これが精神の治療には必要なのだ。と川畑さんがおっしゃられたわけではないけれど、ラグーナ出版での取り組みなどを拝聴し、私はそう理解した。


ソーシャルファームに認定された会社の代表や、ソーシャルファーム的事業を行っている方の話をいくつか聞いていて感じるのは、「誰もが幸せであること」を目指す思いが皆さんの心中で煮えたぎっているというか、本気度がものすごい。一見皆さん穏やかなんだけど、その心内は「誰ひとり取り残さない!」という決意みたいなものでかなりグッツグツ煮えたぎっているように見える。

あと、おそらくだけれど、事業のなかで想定を上回る苦悩が多々起こり、頭を悩ますことも多いだろうなと思うんだけど、それを怒りに置き換えるのではなく、なんでそうなのか、そうなってしまうのか、どうすれば状況を変えられるか、などなど、すっごい考えている。そして、その苦悩をしっかり次の良い方向につなげることを徹底している。(一方で、考えることを放棄したり、考えるコトに疲れてしまった場合、ソーシャルファームは成り立たないのかも、と思った。)

あと、メンバーひとりひとりをよくよく見て、気にされている。「どんな小さなサインも見逃さないぜ!」という心意気。

これらは本当に共通点としてあると思う。熱い。そう、熱い人間なのだ、みなさん。だからなんかこっちまで熱くなっちゃう。

と、ざーーーーっととりあえず聴いたこと思ったことを書いてみた。まだまだたくさんの素晴らしい言葉と、多くの人が知るべき情報がたくさんあるけど、また追々・・・

もっと川畑さんやら、ソーシャルファームの経営者さんにいろいろお話聞きたい。というか、それらをまとめて本にできそう。

ラグーナ出版さん、ソーシャルファームについての本、出しませんか。
なんちて。

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