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〔短編連作〕弟月町のひとびと ⑩

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10.イトオシイ

――外の世界ってやつを知ってるか。

 俺に問いかけたそいつは、ロジャーと呼ばれていた。
知らねえな。目の前にある食い物と水、周りを囲む金属の檻、それが世界の全てだ。
 俺の答えに、ロジャーは甲高く笑った。

 奴は俺より先に選ばれた。「外」に出るために。
 ――お前もいつかは出るんだぜ。そこには「イトオシイ」がいる、お前の「イトオシイ」に出会ったら、愛してると歌ってやるんだ。
 じゃあな、あばよ。
 小窓があるだけの四角い箱に移動させられながら、ロジャーは笑っていやがった。
 そしてそれっきり帰ってこない。

 イトオシイとは何だ。外に何があるっていうんだ。

 ある日、俺の選ばれる時が来た。ロジャーと同じように四角い箱に移され、揺すられ、小窓から漏れる光と臭いに気分が悪くなった。
 これが外の世界とかいう場所なら、ろくなもんじゃねえな。
 俺は毒づき、愛どころか愚痴しかない歌を歌った。

 揺れがおさまると、急に世界が開けた。箱が開いている。
 「外」だ。外に出られる! 俺は飛び出したが、すぐに失望した。
 明るい光に溢れたその場所もまた、檻の中だったからだ。

♪ロジャー ロジャー 教えてくれよ
イトオシイはどこにいる
イトオシイは来るのか ここに♪

 俺は毎日同じ歌を歌った。慣れてしまえば、この檻も悪くはない。前よりも美味い食い物、清潔な水、あたたかい寝床。ときどき、大きいやつと小さいやつが来て、俺の世話をする。特に小さいやつは何が気に入ったのか、ずっと檻の外から俺を見つめ、指でつんつんしたり変な名前で呼びかけたりする。
 冗談じゃないぞ。つつくな、そんな大きな目玉で見るな。それに俺は、イトオシイを待っているんだ。イトオシイを連れてこい。

 ある日、世界が揺れた。水も食い物もひっくり返り、がしゃんがしゃんと檻が音を立て、ついに床に落ちた。
 目が回ったが、怪我はしなかったようだ。揺れが収まり周囲を見回すと、奇跡が起きていた。
 檻の一部が開いている! その先に見える窓も!
 もちろん俺は飛び出した。
今度こそ「外」だ、本物の外の世界だ!

 ところが「外」は寒かった。
 おまけに突風が吹いて、俺のバランス感覚を狂わせた。
 まて、待ってくれ。俺はまだ俺のイトオシイに会ってないんだ。
 おおい誰か、ロジャー、助けてくれ!

 目覚めたのは薬くさい部屋だった。
 白い服を着たでかいやつが何か言っている。
――ああ、目を開けました。大丈夫、羽根も折れてない。ちょっと気絶しただけでしょう。
 身体を起こすと、見慣れたやつらがいた。
 毎日俺の世話をしにくる大きいやつと小さいやつ。
 小さいやつは俺に駆け寄ると、目からぽろぽろ水をこぼしながら言った。
――ごめんねオカメちゃん。地震怖かったね、怖かったね。もう大丈夫、おうちに帰ろうね。
 
 だから、その変な名前で呼ぶのはやめろ。
 けれど小さいやつの指で羽根をなでられていると、不思議に気分が良くなった。

 あれから俺は、また檻の生活に戻った。
 いや、檻ではなくケージというらしい。まあいい。たまには戸を開けて部屋の中で自由にさせてくれるから、文句はない。

 「イトオシイ」はいた。
 毎日俺の水と食い物を取り替え、大きな目玉でじっと見るやつ。
 そして、そうっと羽根をなでてくれるやつ。

 そうだな、そろそろ歌ってやってもいいか。
 おれはとびっきりいい声を響かせた。

♪よう飼い主、小さい飼い主
 俺のイトオシイさん

 愛してるぜ♪

(次の話)


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