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若いってすばらしい

「スキーとスノーボード、どっちが腎臓を痛めやすいと思います?」

若いお医者さんと飲んでいた時に、そんな質問をされた。
(なんや、その質問・・・)
と思いながらも
(これってひょっとして、俺を試しているのか)
周りに華やかな女の子たちが侍っているキャバクラでの事である。

エリートとはいえ、こんな若造に衆人環視のもと、そりゃあ、私はパート勤めの年寄りだけど、綺麗なお姉さんたちの前でこけにされたら、面白くない。
(ざわざわ、ざわざわ、ざわざわ、・・・)
私は知識などというあやふやものより、己の本能に、賭けた。
いずれにしても、スキーか、スノーボードの二択だ。
私は、劇的な逆転を狙うカイジのように、華やいだ化粧の匂いにも惑わされず、集中した。
その時、目の前のグラスの氷がかちーんと鳴った。
(ウイスキー、ウィスキー、スキー・・・)そうか・・・。
「スキーだ・・・」
私はわが意を得たりとばかりに、声をあげた。
どうだ、どうだ、どうなあんだ?
私は若い医者の言葉を待った。
「ブブー・・・」
「はあ?」
医者は私の前にばってんをつくり、にやにや笑っている。
「えーじゃあスノーボード、なんだ」
それまでふたりの戦いを見守っていたキャバ嬢たちが口々に喋り始めた。
「○○さんは、全く物事の本質が見えてません。スムーズに進んでいる時には、二つの競技に特に問題があるわけではない。要は失敗して転んだ時。その転び方によっては、内臓にまで負担がくる。これはちゃんとした論文発表もあります。だから腎臓を痛めやすいのはスノーボード」
うむ、この若造、私が人生で何度も転んできたのを知って、挑発しているのか?
私は転び方まで悪かったというのか?
だが、拳を握りしめ、肩を落とした敗者の私には、もう誰も眼もくれない。
「きゃー、物知り、若くても何でもご存じなんですね」
若い医者はそれまで以上にチヤホヤされ始めた。
長年生きてきた経験を生かして、もう少しもてたかった私だが、案外知らないことが多いのに気づいて、素直に負けを認めた。
そして、これからは決して「全く近頃の若いもんは・・・」などという言葉は口に出さないことを誓った。

後日、若いお巡りさんと会食する機会があった。
医者の時はおよばれで、少し引け目を感じていたが、今度は私が奢ってあげるのだ。
お巡りさんも非番でリラックスしていて、饒舌だ。つい口が滑って職務上の守秘義務ぎりぎりの話までしてくれる。
話は、近くにある峡谷に架かる大きな橋の話になった。
そこは隠れた自殺の名所なので、と、声が急に低くなった。
「先日、通報を受けて、そこに遺体を引き取りに行ったんですよ。それが悲惨でねえ。顔なんかこのテーブルくらい大きくなっていて、見てられない。何であんなところから飛び降りるかなあ、そりゃあ、死ぬ人って後先のことなんか、考えないだろうけど」
「でも、そんな事件、滅多にないんだろ?」
「そですね、二、三件かなあ・・・」
「年に二、三件か・・・」
「いいや、月に二、三件ですよ。○○さんって、何にも知らないんですね、世の中の事」
「でも新聞にはそんな記事出てないけど」
「あそこは観光地だから、変な噂を立てられたくないんですよ。町も」
「だからと言って・・・」
「遅ればせながら、今度警察でも、あそこに監視カメラを設置することになったんです」
私はすぐに違和感を感じた。
「えっつ、でもそんなことじゃあ、たとえ、カメラに映っても、手遅れになって飛び降りようとしている人を助けられないだろ?」
「いやだなあ、○○さん、そうじゃなくって、誰かが突き落としていないかと、それを監視するためのカメラですよ」

ダッダダーン ダッダダーン

不謹慎ながら、私の脳内に火曜サスペンス劇場のテーマ曲が流れた気がした。
「いくら人の安全を守る警察でも、自分から死のうとしている人は、なかなか助けられないものですよ」
「そんなものかねえ」
「そんなもんですよ、長く生きてきたんですから、実感してるでしょ?世の中決して甘くないって」
「まあ、そうだけど」
そう言いながらも、甘ちゃんで生きてきた私は、案外、世の中の事なんも知らないことに改めて気付いた。
まだニキビ跡も初々しい、お巡りさんだが、何故か人生の達人のように思えてきて、これからは決して「全く近頃の若いもんは・・・」などという言葉は口に出さないことを誓った。

若いってすばらしい

そう思ったのは、立て続けに若い二人にやり込められたからでは、ない。
近頃、年相応に昨日会った人の名前を思い出せなかったり、昼間に訪れた食堂の名前を忘れたり、そんな日々だが、昔のことはよく覚えている。
昔聞いていた歌謡曲もその一節が、ふと浮かんできたりする。

あなたに笑いかけたら
そよ風がかえってくる
だから
ひとりでもさみしくない
若いってすばらしい

槙みちるという歌手や、スクールメイツが歌ってヒットした、
「若いってすばらしい」
昨今の歌のように、難しい歌詞が並んでいるわけではないが、口ずさむと自然と元気になる、いい歌だ。
無論、若い頃には若い頃なりの苦悩や葛藤もあるが、概して、「若いってすばらしい」ものだ。
私だって今ではすっかりひねた老人になってしまたが、思い出せば若い頃はもう少しましだった。
(いや、年寄りは年寄りなりに、いい所もある。人生の大半をなんとか終えた安堵感がある。)

私は今でも若い連中に教えてもらうことも多い。
ホームセンターでは少し理屈っぽい若い店員に、チェーンソーの扱い方や、草刈払い機の刃の研ぎ方を、しつこいくらいに教えてもらうし、たまに行くパチンコ屋では、しょっちゅう来ているガールズバーの若い店長に、近頃導入された「遊タイム」の効能やパチンコにおける確率論を、喧噪の中、甲高い声で教えてもらったりもする。

(逆に私のささやかな経験だって、聞かれれば、教えられる。よ。)

先述した「若いってすばらしい」は最後にこう歌う。

あなたがいつか言ってた
誰にでも明日がある
だから
あの青い空を見るの
若いってすばらしい

今の世の中、若者だって少し生きにくそうだけど、シンプル・イズ・ベスト。
何かあったら、早起きして、近頃の眩しいほどの青空を見れば、いいんだよ。
若者も年寄りも、お互い尊重しあって、生きていこうよ。

ね?


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