ペアリング

あれは確かバイトの面接の帰りだったかな。
23才にもなって、就職先どころかバイト先を探していたんだ。3つ落ちて、4回目の面接。ショッピングモールの中の靴屋。
また落ちるんだろうな、と思っていた。
面接をしてくれた店長が終始作り笑顔だったのを思い出してため息をついた。

エスカレーターを降りて、すぐのところにあったアクセサリー屋に自然と目を奪われた。
初売りセールか…。
正直なところ買う気はなかったが、どれほど安くなっているのかに興味がわいて、店の中に足を踏み入れた。

目に飛び込んできたのは、赤字で半額以下の値段を付けられて並んでいたネックレスやピアス。
店内をぶらぶらと歩きながら眺めていると指輪のコーナーにたどり着いてしまった。数メートル先に、真剣に指輪を見つめるカップルがいる。
居心地の悪さを感じて、店を出ようとカップルの後ろを通ったとき、男のほうが私に向かって振り返った。その顔は、もう二度と見ることはないと思っていた、よく知った顔だった。

「えっ…」
「…やっぱりお前か」

「誰?知ってる人?」

その男の彼女と思しき女の子が彼に話しかける。彼は曖昧に返事をして、改めて体ごとこちらを向いた。


彼とは大学1年生のときに付き合っていた。私にとって初めての彼氏だった。授業やバイトがあったので、彼とは夜に私の家で会うだけで、デートはしたことがなかった。それでも恋人とはそういうものだと思っていた。だから、彼を信じきっていた。心から大好きだったし、心から愛されていると思っていた。
クリスマスデートをすっぽかされて初めて、おかしいなと気付いたくらいだった。
別れたのは、彼が突然私のことがわからないと言い出したからだ。「お前のことは好きだけど、わからなくなったから別れよう」と。
私は必死に食い下がったが取り合ってもらえず、そのまま私たちの関係は終わった。
二股をかけられていたことを知ったのは、別れて数ヶ月後のことだった。


私は、この人なんで話しかけてきたんだろうと思っていた。バッグを握る手にはじわりと汗がにじんでいた。

「お前いま何してんの?」

ニートです、なんて言えるわけもなく。私は黙ったまま俯いた。私に答える気がないと見たのか、彼は一方的に話し出した。

「俺あれからまじ病んだんだからなー?まあしばらくして?こいつと付き合い出して?それからはもう毎日幸せですけど?あっそうそう根岸覚えてる?この前出張でさあー…」

聞くに耐えなかった。

なんでこいつが幸せになってるんだろう。
当たり前のようにパートナーがいて、当たり前のように就職して。
さんざん私に酷いことしたのに。

「あのときはほら、俺も若かったし迷惑かけたな。もうあのときのことは水に流してさ、いいお友達としてこれからは仲良くしようよ。友達としてなら俺達めちゃくちゃ気い合うと思うんだよ」

なんでこいつが幸せになってるんだろう。
どうして私は幸せじゃないんだろう。
世界は不平等だ。神様なんていやしない。
誰も見ていてはくれない。

私は何も答えずに、俯いたまま店を出た。
「なんなんだよ…」と言う彼のイライラした声が後ろから聞こえてきた。思い返せば私と話すときはいつも、あんな感じのイライラした声だった。

そういえば、彼に唯一もらったプレゼントは指輪だったっけ。ペアリングだと言っていた彼の薬指を見ると同じものが光っていて、彼は肌身離さずそれを付けていた。だから信じていたのに。

彼のとなりにいたあの女の子の薬指には、あのときの私のものと全く同じ指輪があった。