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世間が仕掛けた罠にはまるな - セイント・フランシス


昨日観た映画、「セイント・フランシス」


 キャリアも結婚も子どもも手に入れていない30代独身女性の葛藤の日常を描いたお話という点では、2週間前に観たこちらの映画と共通点はあるけれど、全く違っていた。

「わたしは最悪。」

「わたしは最悪。」の方は、主人公の女性のモヤモヤ感がつるんと表面的で全く掘り下げられておらず、全編ぼんやりしたファンタジーを見せられていた気分。ノルウェーの街並みと部屋の照明、音楽はよかったが。

 一方「セイント・フランシス」は、現実味があり色々な点で革新的だった。映画なのでファンタジーはもちろんあっていいし、必ずしも現実的である必要はないのだけれど、嘘っぽさがなくて共感できる部分がたくさんあった。

以下、簡単なあらすじ。

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 大学中退、独身、彼氏無しのレストラン給仕の34歳のブリジット。多くの友人たちは次々に子どもの写真をSNSに上げ、母親からもプレッシャーをかけられている。
年下男性との付き合いで妊娠してしまい、中絶。その後体調が優れず出血がずっと続く。
そんな中、ブリジットは夏の間、6歳のフランシスの子守りの仕事に就く。フランシスの両親は黒人のアニーとプエルトリカンのマヤという裕福なレズビアンカップル。マヤは敬虔なカトリックだが、高齢で男児を出産したばかりで産後鬱に苦しんでいる。アニーは仕事で忙しい。
特に子ども好きではないブリジットは最初のうちはフランシスの扱いやマヤへの気遣いで消耗するが、それぞれが抱える悩みや苦しみを知り、自分も誰かの支えになっていると気付いていく過程でフランシスとの関係も変化していく。 
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ブリジットとフランシス



 革新的だと思ったのは、ブリジットやマヤの女性としての身体の問題がしっかり描かれていたから。女性の生理や出産、堕胎に伴う出血は、アメリカでもあからさまに話題にしたり、映画で取り上げるなんて憚られるようなタブートピックだそう。
中絶の合憲性を覆す判決が今大きな話題となっているアメリカで、ブリジットは産まない選択を取った。それでケロッとしているわけではなく、彼女にも葛藤はある。
ブリジットを演じたケリー・オサリヴァンは脚本も手掛けているが、グレタ・ガーウィグの「レディ・バード」に影響を受けたと言っている。この作品には彼女自身の体験も投影されているという。女性特有の身体の問題は避けて通れないのに、そして避妊や出産や中絶は女性だけの問題ではないのに、受けてきた教育や文化、価値観によって表現の世界では隅の方に追いやられてきた。
フェムテックや生理用品の無償化が話題になる今、少しずつ潮目が変わってきているのかなと思うけれど。

 と書くと、なんだか重苦しいフェミニズム映画のようだけれど全然そんなことはなくて、笑える場面も沢山ある爽やかな作品。ブリジットはいつも(仕事の面接でも)ゆるいタンクトップに短パンでシカゴの夏は明るい。病院の待合室でハリー・ポッターを読むブリジットにネタばらしをするおばさん、最高でした。
作中にたびたび名前が登場し、その音楽も流れるジョーン・ジェット、懐かし〜。
ブリジットを妊娠させたミレニアル世代のジェイスも決して無責任男ではなく、もっさりして頼りないけど誠実そう。
そしてフランシス!

演じたラモーナ・エディス・ウィリアムズ

憎たらしい言動もあるけれどいつも自然体。
屋外で授乳していたマヤに無礼な振る舞いで噛みついてきたS田M脈総務政務官みたいな母親に対して、礼儀正しくあいさつした場面(ここは公式HP予告の長い方のバージョンで見られます)、「おっと」って感じで嫌味な大学時代の同級生の息子のおやつを落とすところもとてもよかった。ブリジットに言われるまでもなく、聡明で勇気があって最高にクール!

 なぜこのタイトルなんだろう?と思っていたが、幼児洗礼式をやった教会の告解室のシーンで謎が解けた。 

 高収入の定職に就くことや結婚や出産に対するプレッシャー、中絶は絶対悪だとみなすこと、そんなのは全部世間がそう思わせようと仕掛けた罠。
うちの娘も30過ぎ独身フリーランス。ばあちゃんズをはじめ、周りからのお節介や心配が鬱陶しいだろうが、世間の罠になんかはまるなよ、と思う。

 でもブリジット、あのギター講師はやっぱりやめといた方がいいよ。

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