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『5000年前の男』ー法学部新入生によく薦める本ー

K.シュピンドラー著(畔上司訳)『5000年前の男』(文春文庫)である(絶版になっているようだが、古書として入手可能)。

マスコミでも当時大きく報道されたので、あるいはみなさんの記憶に残っているかもしれない。1991年9月19日、オーストリアとイタリアの国境近く、標高3200メートルのアルプス山中で、氷河に埋もれて自然凍結され、ミイラ状になった男の死体が発見される。死体はほぼ完全な形で残っており、当初は殺人事件かと警察が乗り出したが、調査の過程で、なんと死亡推定時期が紀元前3300年頃と判明する。本書は、その発見から、調査を通じて判明したことを克明に記した貴重なドキュメントである。

今から5000年以上も前というとちょっと想像がつかないが、逆転して考えてみればよい。つまり、今死んだ人の死体がそのままの状態で瞬間冷凍され、70世紀に偶然発見されたと考えれば、その時間の凄さが少しは理解できるかもしれない。彼が身に付けていた服の断片や所持品の一部から、調査チームの大胆かつ緻密な推理によって、新石器時代の生活がリアルに再現される。当時の人びとは実は想像する以上にはるかに知的で、服や道具の細工などから一般的な技術のレベルもかなり高かったこと。なによりもこの死体の凄いところは、行き倒れだったということだ。墓に埋葬品とともに葬られていたのではない。普通の男の日常生活がそのまま瞬間冷凍されたというのが凄いのだ。

調査の過程では、考古学はもちろんのこと、医学や解剖学、人類学や民俗学などさまざまな学問の成果が動員された。そして、ずいぶんと沢山のことが判明した。私にとってとくに興味深かったのは、多くの決定的な事実が法医学の知識によって明らかにされていったことだ。彼は、その時「どこから来て」「何をしようとしていたのか」、また、彼の死の直前に「いったい何が起こったのか」、「なぜアルプスの山中で命を落とすことになったのか」、「直接の死因は何だったのか」。まるで犯行現場に残された微少な遺留品を手がかりに、迷宮入りの犯罪を解明するかのような知的興奮を呼び起こされた。(了)

アイスマン - Wikipedia

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