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水のような“好き”──照強関へ──

本コラムは「ユズリハ」さんに寄稿いただいたものです。

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5年前の皆さんは何が好きでしたか?
私はひとり旅が好きでした。

5年後の今もひとり旅好きは同じですが、そのころの私にはまったく思いもつかなかった“好き”が増えています。
それは相撲を観ること、そして照強関。

5年前の自分に話しかけに行ったら意外すぎてたぶん驚くことでしょう。何せ相撲の「す」の字も身近になかったのですから。
でも、そんな意外なことが起こるから人生は楽しいのだとも思います。

大人になって自由な時間は減りましたが、やってみたいことやしてみたいことはどんどん増える一方です。
自分という既成の枠に固めておけない、たとえるなら水のように自由で意外な“好き”の気持ち。
今日はこの場をお借りして、相撲と照強関への“好き”を綴ってみたいと思います。

■地元に来た巡業がきっかけで

発端は2015年に遡ります。
秋の始めのこと、地元に巡業が来るという告知を聞きつけた母にチケットを取るようせがまれました。

母も特に相撲が好きというわけではないのですが、一度はお相撲さんを生で観たいと思っていたようです。
それなら私も、と一緒に行ってみたところ、今まで体験したことのない独特の雰囲気に魅せられました。

観客と力士との距離の近さ、今まで嗅いだことのない甘い匂い(鬢つけ油の香りと気づくのは少し後でした)。
生で観る激しい稽古のぶつかりあいには胸高鳴りましたし、初っ切りには大ウケしましたし、綱締め実演には神々しさを感じましたし、その日感じた衝撃には枚挙に暇がありません。

感動さめやらぬまま、翌2016年初場所のチケットを勢いで取り、以来両国国技館での本場所には、必ず一度は足を運ぶようになりました。

■小さい背中にみなぎる闘志。“彼”を見つけた運命の日

そして、2016年9月のその日が訪れます。
3度目の本場所観戦。国技館内の構造もだいたい把握できて、おいしいものを食べながら取組を観る楽しさを覚えてきたころでした。

相撲はあまり詳しくなくても、たいてい明確に白黒がわかるという点で、とても親切だと思います。

幕下上位の取組が始まりました。幕下以下と十両(=関取)以上には大きな差があること、だからこそこのあたりの取組は熱戦が多く見応えがあることを勉強してきたので、腰を据えてじっくり観ようと思ったのです。

そこで、土俵にあがったひとりの力士に目が留まりました。
巨漢ひしめく力士たちの中にあって、彼はあきらかに小柄な体躯をしていました。

でも不思議です、その(他の力士と比べて)小さい背中にみなぎる闘志が確かに見えたのです。

「すごく、気になる」。

鋭い立ち合い、がっちり組んで臆することなく向かう大きな大きな相撲で、見事な勝ち星を上げた彼の名は。

行司さんによる場内アナウンスが耳を打ちます。
「ただいまの決まり手は……で、てるつよしの勝ち」

てるつよし、てるつよし。照強! ボールペンで取組表のその名を大きく大きく囲みました。
一目惚れの瞬間でした。

■ファンの私にできるのは祈ることだけ

この2016年9月(秋場所)で好成績を上げ幕下1ケタまで番付をあげた彼は、同年11月の九州場所にて幕下全勝優勝の快挙を成し遂げ、2017年初場所新十両となります。

11月の本場所中の午後は日本相撲協会のホームページをリロードし続けては、取組予定と勝敗を確認し続けていたことを今でも鮮明に覚えています。

1ファンの立場としてできることは、祈るしかないことを学んだ期間でもありました。

それぞれの力士が貪欲に勝ち星を競い合うプレッシャーは、想像を絶するものがあると思います。
そんな中で自分の相撲を貫き、関取の地位を手に入れた姿は何より強く眩しく感じられました。

テレビ中継の幕下優勝インタビュー。21歳相応のあどけなさと、年以上の凛々しさを併せ持った素敵な笑顔は忘れられません。

■水のように静かに照強関を応援し続けたい

照強関を語るとき、必ず言われるのは彼の出生地と生年月日──阪神淡路大震災のその日に被害甚大だった淡路で生誕した──でしょう。

四股名にも希望が込められていてとても美しいと感じます。

その名に恥じないまっすぐな相撲、鍛えられた背中の筋肉の美しさ、強靭な足腰、負けん気の強い取り口、そして柔道耳。

本場所の土俵の取組に至るまでに彼が踏んできた、数え切れない稽古の数を思います。はかりしれない時間の結晶があの身体に詰まっているのです。

比熱という言葉があります。
理科的には「1グラムあたりの温度を1度上げるために必要な熱量」のことを言います。

比熱が大きいほどあたたまりにくく冷めにくい。
最も比熱が大きい物質は水です。私はそんな水のような“好き”を持っていたいと思います。

静かにじっくり、冷めにくい熱を持っていきたい。生きるうえでなくてはならない水のように静かに、照強関を応援してゆきたいです。

照強関といえば超豪快な塩撒きです。
両手のひらいっぱいに握り、握り、数呼吸かけてアンダースローで高く高く撒きあげる塩を一度間近で浴びてみたい。

清めの白い塩粒が土俵の上を翔けて強く輝き、彼を神々しく照らし出す瞬間を毎回呼吸すら忘れてじっと見つめています。
願わくば、その輝きをいつもいつでもいつまでも見られますように。

Text/ユズリハ
関東在住。ジャンル問わず、推しを語っている人の笑顔を見ることが好き。趣味は旅行と読書。

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