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数学的概念は実在するか——ノイマンとゲーデル

ノイマンが誰よりも高く評価していたゲーデルは、集合や概念などの「数学的対象」が「人間の定義と構成から独立して存在する」こと、そして、そのような実在的対象を仮定することは、「物理的実在を仮定することと、まったく同様に正当であり、それらの実在を信じさせるだけの十分な根拠がある」と信じていた。
ところが、ノイマンは、ゲーデルの「数学的実在論」に真正面から対立して、「あらゆる人間の経験から切り離したところに、数学的厳密性という絶対的な概念が不動の前提として存在するとは、とても考えられない」と断言している。ノイマンは、数学は、あくまで人間の経験と切り離せないという「数学的経験論」を主張しているわけである。

高橋昌一郎『フォン・ノイマンの哲学:人間のフリをした悪魔』講談社現代新書, 2021. p.222.

ジョン・フォン・ノイマン(John von Neumann, 1903 - 1957)は、ハンガリー出身のアメリカ合衆国の数学者。数学・物理学・工学・計算機科学・経済学・ゲーム理論・気象学・心理学・政治学に影響を与えた20世紀科学史における最重要人物の一人とされ、特に原子爆弾やコンピュータの開発への関与でも知られる。

ノイマンは現代のコンピュータの父と言われ、インプット→CPU(中央演算ユニット)→アウトプットの「ノイマン型アーキテクチャ」を開発した。彼がコンピュータを発明するきっかけになったのが、原子爆弾開発のためのマンハッタン計画である。ノイマンは原子爆弾の「爆縮(インプロージョン)」装置を開発した。それは原爆に爆発を起こさせるときの装置で、32面体構造の外側から内側へと一斉に点火し、衝撃波が圧縮するという装置である。この爆縮装置において中心部に同時に衝撃波が到達するように、32面体の点火のタイミングなどを計算するのは高度な数学を用いた複雑な計算が必要とされた。ノイマンは約半年間をかけてその計算を終え、課題をクリアした。

ノイマンのその他の著明な業績には、量子力学における数学的基礎の完成(物理学)、ゲーム理論の経済学への応用(経済学)、気象予測における数理モデルの応用(気象学)、自己増殖オートマトンの理論(計算機科学)など数え上げればきりがない。わずか53年の短い生涯の間に、論理学・数学・物理学・化学・計算機科学・情報工学・生物学・気象学・経済学・心理学・社会学・政治学に関する150編の論文を発表している。天才だけが集まるプリンストン高等研究所の教授陣のなかでも、さらに桁違いの超人的な能力を発揮したノイマンは、「人間のフリをした悪魔」と呼ばれた。まさに、人類史上最恐の頭脳の持主だったと言えるだろう。彼がいなければ、現代の数々の技術は存在していない。まさに現代社会の基礎をつくった天才であった。

そのノイマンが「20世紀最高の知性」と呼ばれるたびに「それは自分ではなくゲーデルだ」と返答するほどに高く評価していたのが、1931年に「不完全性定理」を導いた数学者クルト・ゲーデルであった。ノイマンは、誰よりも早くゲーデルの不完全性定理の重要性を認識し、その定理を「時間と空間をはるかに越えても見渡せる不滅のランドマーク」と賞賛した。

そのゲーデルとノイマンが真っ向から対立したのが「数学的実在論」に関する問題だった。数学的対象は人間の経験や構成から独立して存在するか否かという問題だ。ゲーデルは、数学的対象は人間と独立して存在するという数学的実在論をとったのに対し、ノイマンは数学的対象はあくまで人間の経験に依存するという数学的経験論を主張した。ノイマンは徹底した「経験主義者」だったようで、経験的事実を離れた観念論的な論争を嫌っていたようである。例えば量子力学の「シュレーディンガーの猫」問題(いわゆる観測問題)に関しては「人間の意識が量子論的状態を収束させる」という「ノイマン・ウィグナー理論」を提唱しているが、それ以降は物理現象の解釈論争にはあまり立ち入らなかったとされる。



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