見出し画像

モニターの「ファームウェアアップデート」を深堀してみた

広報部のYIです。この記事はnoteに寄せられた、記者さんからの以下コメントにヒントを得て、生まれました。

「ソニーの様々な製品がソフトウェアアップデートで機能を充実させていますが、プレスリリースではごく短い説明で終わっています。有意義なアップデートであれば、どんなことに活用できるのか、またそれに込めた開発者の思いを深堀して紹介すると面白いのでは?」

ソニーの多くの製品が、発売後も継続的なバージョンアップを重ね、機能の拡張や進化を続けています。特にライフサイクルが長いプロフェッショナル向けの製品では、お客さまの声を伺いながら成長していく例が多くあります。先日ご紹介したデジタルシネマカメラ『VENICE 2』もそのひとつです。

今回は4月に発表したプロフェッショナルモニターのファームウェアアップデートについて、企画の上村さんにお話を伺いました。

プロフェッショナルモニター商品企画担当の上村泰行さん

「お客さまと一緒に製品を育てていく、それがアップデート」

筆者:そもそも、なぜアップデートが必要なのでしょうか?

上村:世の中の動きが早く、技術トレンドも移り変わる現在、時流をとらえて商機を逃さずに製品を出していく必要があります。
お客さまのご要望を全て最初から入れようとすると開発期間がそれだけ長くなりますし、その間にニーズ自体も変わっていきます。
そのため、まずは基本機能をおさえた製品をタイムリーに出しながら、ニーズの優先度や業界動向を鑑みて、バージョンアップを行うことで、お客さまと一緒に製品を育てていくという思想で設計しています。

ソニーはマスターモニター、通称「マスモニ」と呼ばれる、プロ向けモニターを展開しています。映像を「正確に、忠実に」映し出す、いわば映像制作の基準器、つまり「神」となる映像を映し出す機器です。

「何も足さず、何も引かない。でも実はそれが一番難しい」

上村:モニターは、デジタル信号を光という人間が知覚できるアナログ信号に変える製品です。
スタジオAで作った5年前の映像を、スタジオBで今再生しても全く変わらない映像を表示する、それがマスターモニターです。

筆者:マスモニの画作りの思想は、BRAVIAやXperiaなどソニーの他の様々な製品にも生かされていますね。

上村:はい、マスモニのBVMシリーズを参照して開発していると聞いています。今回バージョンアップを発表したPVM-Xシリーズはピクチャーモニターといって、マスモニと同一の色域を持ちながら、4Kの高画質でより手ごろな価格帯を実現した製品群です。

撮影現場では多くの人が映像を確認するため、複数台のモニターが必要になることも多く、予算的にもう少し価格を抑えた高画質モデルが欲しいというご要望を多くいただき、2020年に発売しました。
4KHDR対応のマスターモニター『BVM-HX310』と色や階調がよく合っているとご好評いただいています。

ピクチャーモニター PVM-Xシリーズ

「変換機能内蔵は、モニターの哲学を変える挑戦だった」

上村:実はこのPVMシリーズには、それまでのソニーのプロフェッショナルモニターにはなかった大きな特長があります。「モニター内に信号や色の変換機能を内蔵している点」です。(※有償オプションライセンスで対応)

プロフェッショナルモニターは「受けた信号を忠実に出すこと」に専念した、いわば「受け身」に徹した製品です。これまでは、信号を送る側のカメラの個性が分かるように、どっしり構えて受けた信号をありのままに出すことを最重要視していました。
変換機能を搭載、と言えば簡単ですが、これまでの哲学や設計思想を根底から変更するという点で、実は非常に大きなチャレンジでした。

筆者:これまでそうした変換機能がなくても、ソニーのプロフェッショナルモニターが既に広く市場で受け入れられてきた中で、変えることに対する不安や抵抗はなかったのでしょうか。

上村:正直「本当にそこまで変えていいのか?」というためらいはありました。ただ変化が激しい今、現状に甘んじて、変革しないことのほうがリスクと考えました。
実際にお客さまからも撮影現場に多くの機材を持って行くのは大変、信号変換用機器などを別につけると管理も煩雑、変換器が熱を持ってしまって動作が不安定になることがあり困っている、などといった話を聞いていました。
また、この機能を持つモニターは既に市場にありましたが、やる以上は安定性も含めて、実際にお客さまの期待を超える性能にしないと意味がないので、ぜひチャレンジしたいと思いました。

設計チームも一緒に顧客の課題や要望をヒアリング

「全部乗せ」から「個別トッピング」に対応

筆者:2022年8月に予定しているPVMシリーズのバージョンアップは4回目(Ver4.0)ですね。やはり変換機能が中心でしょうか。

上村:変換機能自体は『PVML-HSX1』という2021年に発売した有償ライセンスで対応していたのですが、そこから機能を絞り込んだ2つの有償オプションライセンスを新たに発売します。
4K-HD変換、I/P(インターレース/プログレッシブ:映像信号フォーマットの違い)変換、3D LUT(通称ラット、Look Up Tableの略)変換後の出力に限定した『PVML-SCX1』と、LUT適用後の信号出力に限定した『PVML-TDX1』の2つです。
簡単に言うと、これまでの「全部乗せ」までは必要ないが、費用を抑えて一部の変換機能だけが欲しいというお客さまの「個別トッピング」のニーズに応えます。

筆者:4KからHDへの変換や3D LUT変換というのは、具体的にどんな時に有効なのでしょうか。

上村:前者はライブ映像制作システムの中で、HDRとSDRという2種類の映像を同時に制作するために開発された変換技術です。3D LUTでもHDR-SDR変換自体は可能ですが、撮影シーンに合わせて簡単に適切な変換に調整できる柔軟性に特長があります。また、撮影現場で多数のモニターを使う際に、4Kのメインモニターの映像をサブのHDモニターに分配する時などに有効です。
例えば、撮影監督が確認するメインの4Kモニターとは別に、メイクや衣装担当のスタッフがサブのHDモニターで確認するといったケースです。
また4KからHDへのリアルタイム変換ができることで、本番編集前の「粗編」、即ちカットつなぎの確認のため作成されるオフライン編集時に、解像度を落としてHDで行い、データ容量削減や作業時間の短縮が可能です。

3D LUTというのはRGB(Red/Green/Blue)の三原色を入力値として、決まった配列と補正式に従い、数値を変換して色を参照(Look Up)する対応表(Table)のことです。
業界では「LUTを当てる=映像の色を変える」の意味で、例えば昼間撮影したシーンを、LUTを当てて夕暮れの色調に変換するなど、広く使われています。二分割や四分割表示機能を使うと、撮影したシーンと、仕上がりをイメージしたシーンの色を、撮影現場などで同時に見比べることが可能です。

筆者:
信号や色変換対応以外の、Ver4.0の特長はいかがでしょうか。

上村:アップデートでは開発時間や難易度も踏まえながら、優先度やニーズの大きなものから順次対応を行っています。今回は4回目なので劇的な進化というより、お客さまの「痒い所に手が届く」使い勝手をさらに向上させる内容が中心です。

例えば中継地名や再生準備状態などが確認できるモニター内表示(IMD)や、デジカメなどでお馴染みの水平垂直確認用の線を表示できるグリッドディスプレイにも対応します。また、字幕表示のクローズドキャプション(CC)対応なども重要な機能です。
それぞれ使用用途も異なります。IMDは分割画面にも対応し、スタジオ放送や中継車、グリッドディスプレイは主にCMなどセットを利用した撮影でのレイアウト決めや位置確認、クローズドキャプションは編集時の確認に使用されます。

グリッドディスプレイでは最小3x3、最大で何と128x120までの表示に対応!
特にアメリカではMust機能として使われるCC。
元の映像に字幕を重ねたときにどう見えるか確認したいという声が多かった。

筆者:様々な異なるニーズを丁寧に聞き取ってアップデートに生かしていることがよくわかりました。最後に、上村さんが考える「ファームウェアアップデート」とは何でしょうか。

上村:やはりお客さまが「自分たちの声が反映されて製品が良くなった」「こんなことができるようになるなんて思わなかった」と喜んでくださるのが一番のやりがいです。
実際にご要望されていた方がすぐに購入に至らなくても、その姿勢を評価してソニーのファンとなり、口コミで広めてくださることもあります。
そうした長期的な信頼関係をお客さまと築けることがプロフェッショナル製品におけるファームウェアアップデートの醍醐味だと思います。
最終的にはお客様自身も気づいていなかったペイン(潜在的な課題や不便さ)を対話から見つけ出し、ソニーならではの技術起点で解決し、その期待を超えたいですね。

欧州顧客訪問時の一枚。「今回のアップデートも反応が楽しみです」と上村さん(写真右)


執筆:広報部YI


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!