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夏の魔城と恋模様

東ラノシアを代表する一大リゾート地、コスタ・デル・ソル。太陽の海岸と名付けられた風光明媚な砂浜であるが、今その太陽は水平線の彼方に沈んで久しい。そんな闇に包まれた海岸に聳え立つ巨大な櫓があった。

堅牢な木材によって築かれた櫓は高さを増すにつれ細くなっていき、天にも届かんばかりの高さの頂きは猫の額の如く狭い。そして人々はその頂きを目指し、僅かな足場を頼りに踏破を目指している。これこそはエオルゼア夏の風物詩、紅蓮祭名物「夏の魔城」である。

ソフィア・フリクセルは腕時計を見やる。時刻は午前3時を回った。紅蓮祭は24時間開催されているが、昼間の喧騒はそこにはない。地元の家族連れや観光客が軒並み引き揚げた海岸は静けさに包まれていた。だが人がいないわけではない。魔城の麓や中間地点には、踏破に挑むもの達が黙々とウォームアップをしながら順番を待っていた。今、魔城は求道者達の時間であった。

水着姿だったソフィアはカバーアップの前を締め、フードを目深に被り、ガーロンドアイアンワークス社製の夜間増光サングラスを掛けた。少し咳払いをして声を作り、偽名を使って魔城の受付を済ませた。エキスパートコースのスタート地点に足を踏み入れると、まばらに待機する求道者の視線が殺到したが、それも一瞬のことである。彼らは己を語らないし、誰かを詮索したりもしない。それを知っているから、星を救った英雄はこんな時間にここへ来たのだ。

紅蓮祭開催当日、友人達と連れ立ってお忍びで会場に来たソフィアは、旧知の冒険者ル・フル・ティアと再会した。色々有って増長していた彼を立ち直らせたソフィアであったが、その勢いで夏の魔城ノーマルコースを派手に踏破してしまい、一気に衆目の的となってしまった。まだ見ぬ魔城エキスパートコースの頂きを目指したい彼女は、日と時間を改めて、更に変装までしてこうして魔城の元へ帰って来たのである。

屈強なルガディンの男がエントリーポイントから飛び立ち、しばらく経った。他に続くものは無し。頃合いである。ソフィアは集中力を高めながらエントリーポイントへ歩みを進めた。すれ違うアスリート達からちらほらとサムズアップが送られる。無言のリスペクトがそこに有った。

ソフィアはエントリーポイントの端に立ち、櫓の壁面に作られた足場を目指して、ジャンプ体勢に入った。どんな戦いも最初の一歩が肝心だ。少女は呼吸を整え、エーテルを「あっ!ソフィちゃんじゃん!!やっほー!!!」

背中に受けた大声で思わず足を踏み外しそうになったソフィアが慌てて振り返ると、広間の真ん中をぶんぶんと手を振りながら近付いてくるミッドランダーの男がいた。短く赤い巻き毛に日焼けした筋肉質な身体。サマーサンセット水着を身に付けた屈託ない笑顔の男をソフィアは充分すぎるほど知っていた。

「て、テオ…ドア…!」

然り、恩師トリニテの異母兄弟にして、年中無休で自分にアプローチを仕掛けてくる船乗りの男、テオドア・ドギィである。

「いやァ〜ここで会えるとは思わなかったよソフィちゃん!やっぱこれ運命ってやつだね!」

テオドアは前髪をくるりとねじり、大袈裟に喜んでみせる。そしてテオドアの呼びかけを聞いて、周囲のアスリート達がにわかにざわめき始める。星を救った英雄ソフィア?あいつが?本物?好奇の目線がソフィアとテオドアに振り向けられていく。

「もう…本当にあなたって人はッ…!」

ソフィアはかぶりを振ると、身を翻してエントリーポイントから飛び出し、最初の足場に飛び移った。そしてそのまま軽々と足場を飛び交い、入口広場から消えてしまった。

「あ!ソフィちゃん待ってよ!」

テオドアもまたエントリーポイントから飛び出しその後を追った。残されたアスリート達はザワザワと騒ぎつつ、突然始まった英雄のパルクールを見逃すまいと、各々が上空を灯りで照らし始めた。

◆◆◆

「ちょっ、ソフィちゃん!ソフィちゃーん!」

「ギャーッ!細ぇ!なんだこれ!」

「痛って!でも持ち前の明るさで、セーフ!」

「待っ…待って、アァーッ!あぶねっ!落ちる!」

アスリートらしさの欠片もない無様な声を上げ続けるテオドア。だがしかし、するすると登っていくソフィアから引き離されることなく彼女の下方を追い続けていた。不格好ながらも一向に崩れないその体幹に、エントリーポイントのアスリート達は感嘆の声を上げる。一気に登ってしまえば撒けると思ったソフィアはその考えの甘さに嘆息をついた。想いの力が実際に作用するメカニズムは、他ならぬソフィア自身がよく知っている。

ソフィアは喚きながらついてくるテオドアの更に下を見る。エントリーポイントのアスリート達はやいのやいのとこちらに歓声を送っていた。更に下の遥かな地上にも英雄を一目見ようと係員が集まっている。嗚呼、またこうなってしまった。ソフィアは飛び渡る脚を止め、直下のテオドアに向き直る。

「…こうなるからこんな深夜に来てたんですよ!台無しですッ!」

「いやごめんね!おれも不規則な仕事だからさ!この時間帯しか来れなかったんだって!」

「だからっていきなり呼ばなくたっていいでしょう!」

「いやほんとごめん!まさかいるとは思わなくてさ!」

テオドアは筋肉をしならせ足場を飛び渡り、ソフィアのいる足場のひとつ前までやってきた。

「なんだかりりしいコがいるなって思ったら、ソフィちゃんじゃん?そりゃ声かけちゃうよ、りりし可愛くてさ。」

「なッ…!こんなところで何をッ…!」

ソフィアは慌てて振り返り、一層細くなった足場を掴み、上を目指した。付き合ってられるものか、こんな人の気も知らない男など!ソフィアはかき乱される心を必死に鎮め、ルート構築を続けた。テオドアもそれに続いたが、いつしか二人のルート選びは分岐し、頂き近くに達する頃には、壁面の左右に分かれて立っていた。

さすがのハイペースに二人とも息を切らし、細い足場の上で呼吸を整えている。やがてテオドアが徐に最後の足場を見据え、ジャンプ体勢に入った。

「よっし決めてやる!ソフィちゃん、先に上で待ってるからさ!勝利のハグは任せてよ!」

「お構いなく…!頂上に着いたら…秒で飛び降りますから!」

「素直じゃないな!…おりゃーッ!」

雄々しいシャウトを放ち、テオドアは飛んだ。宙を舞い最後の足場に見事手を掛け、その浅黒い体を持ち上げる。だがその指が汗で滑り外れた!

「うっそ……うわぁぁぁッ!」

衝撃!落下した先にあった小さな足場で、テオドアは頭を強打!無防備なまま自由落下を始めた!遥か下のアスリート達は悲鳴をあげ、地上の係員は衝撃吸収魔法の体勢!だが受け身も取らずに地上に落下すればそれでもタダでは済まない!

「…もう、バカッ!」

ソフィアはサングラスを捨て、迷いなく足場を蹴って飛び出す。更に壁面を蹴って加速!フードが跳ね上がり、露わになった橙色の髪を風になびかせ、落ちていくテオドアを空中で抱き止めた!

光の翼パッセージ・オブ・アームズッ!」

瞬間、ソフィアの背中に輝く翼が顕現した。高位の聖騎士パラディンのみが扱えるその翼を広げ、ソフィアはテオドアを抱えてラノシアの空を滑空していく。あわや大惨事を見事防いだ英雄の判断に、地上のアスリートや係員から歓声が湧き上がった。

「うッ…あれ?うおおあぁッ!浮いてる!」

意識を取り戻したテオドアが突然の事態に慌てる。

「ちょっと!暴れないで!」

「あッ?!ソフィちゃん!…助けてくれたの?」

ソフィアは目線を外し無言だった。光の翼は夜風に乗り、魔城からふたりを遠くへ離してゆく。

「…そっか。ごめん、調子に乗っちまった」

テオドアは暴れるのを止め、ソフィアにしっかりと掴まった。さすがに今回は自分が悪い。今度は事前にアポを取り、しっかりとしたデートプランを考えねばと思い直した。それはそれとして、抱き締めてくるソフィアの感触は不可抗力としてありがたく覚えておこうと思った。

「…でも、嬉しいぜ。迷いなくおれを助けてくれるなんてさ。やっぱり何だかんだでおれの事を…」

テオドアは顔を上げ、ソフィアの目を見ようとした。恥じらう乙女の顔はきっとかわいい…。そんな想いとは裏腹に、英雄の顔は翼の逆光に照らされ、暗く淀んでいた。

「…ソフィちゃん?」

「…何か思い違いをなさってるようですが」

ソフィアは光の翼による滑空を止め、その場で静止した。

「地面に激突して死なれたら寝覚めが悪い…」

ソフィアは身体の前に抱き止めていたテオドアを持ち上げ、頭の上に両手で掲げた。視線の先は、まだ暗いコスタ・デル・ソルの海。

「それだけ…ですッ!」

「うぎゃああああああッ?!」

ソフィアは渾身の力を込めてテオドアを海面に向けて放り投げた。砲弾の如く射出されたミッドランダーの身体は海面にぶつかり巨大な水柱となった。光の翼をまとった英雄は静かに浜辺に降り立ち、消えていく水柱を見ながら大きく頷いた。その視線の先、ラノシアの水平線の向こうから、朝日が登り始めていた。

【了】

テオドア君は犬先生ん家のキャラです。長年ソフィちゃん大好きキャラやってますが、こういったアプローチばかりなのでだいたいこうなります。でも誰に対しても奥ゆかしい態度で接するソフィアさんがこの塩対応という時点で、まんざらでも無いという事をお察しください。


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