光の射す方へ
アキハラはいわゆる宿場町で、人の往来は結構あるの。田舎だけど、街道沿いは旅籠屋…宿屋だね、それが軒を連ねてて、結構にぎやかなんだ。あそこに見える立派な宿は本陣っていって、大名…地方の豪族だけが泊まれる宿。大名は毎年ブキョウの都に行かなきゃいけない決まりだから、大勢引き連れて旅に出るの。そんな人達を下々の者と同じ屋根の下に居させるわけに行かないから、宿場町にはああいうやたら立派な宿が必ずあるわけ。なんだかんだで町の中心なんだ。中に入った事、実はあるんだ。すごい立派だったよ。落ち着いて見てる暇なんか無かったけどね。
あとは…そう…町外れには森があって…それから…あの角の八百屋は…いつも安くて美味しくて……
イズミは頭を振り、頭の中に組み上げた我が町観光案内を霧散させた。所詮は田舎の集落。クガネやブキョウのように観光名所がよりどりみどりなんて事は無い。本陣の中を見たというのも、あの子に聞かせる類の話ではない。自分の思い出はつくづくいい加減だなと、イズミは自嘲した。
せめて風光明媚な自然でもあればいいのだが、今歩いている林道もブナの木が続くばかりで何ひとつ変わったものはない。いっそエオルゼアの植物でも持ち込んでイーストエンド交雑林みたいにしてやろうかなどと犯罪めいた思考すらよぎった。
紆余曲折あったものの、イズミは無事帰郷を果たしていた。目的のひとつだった剣術修行はあてが外れた。古巣の剣術道場を尋ねてみれば、そこにはもう跡形もなくなっていたのだ。なんてことはない。経営難だ。人に頼らず勝手に強くなれということだろう。しかしもうひとつの目的は問題なく果たせそうであった。ほのかに漂う線香の匂い。林道の突き当たりは墓地に繋がっていた。
墓地の細い道を抜けていつもの場所へ向かうと、そこには先客がいた。青い髪の男性アウラだった。祈りを捧げていた彼はイズミに気が付くと、向き直り控えめに手を挙げた。
「おかえり、泉」
「ただいま、慎」
◆◆◆
泉は持参した線香をあげ、静かに暝目し、幼馴染の眠る墓に手を合わせた。目を開けた後によく見れば、墓石はまるで新品のように輝いている。慎の細やかな手入れだ。つくづくマメなやつだなと、泉は懐かしくなった。
「泉は…いつ帰って来てたの」
「昨日。悪いね、なかなか旅程が見えなくてさ」
「ううん、会えて嬉しいよ」
「3年ぶりかぁ。デカくなったね、あんた」
「おかげさまでね」
近所の悪童に泣かされていた少年はアウラ・レンの例に漏れない屈強な体格と角を得ていたが、中身は温和なままだった。彼らはしばしお互いの近況を語り合った。隣に暮らす幼馴染の口から語られるこの街の様子は、どこまでも平和そのものだった。あぁ、うちの街、こうやって紹介したらいいのかなと、泉は思った。
「…じゃああんた、来月祝言なんだ」
「そうなんだ。毎日忙しいよ」
「一世一代のめでたき日じゃない。我慢しなよ」
うん、そうだね。慎は空を見上げて頷いた。しばらくして、慎は泉に向き直り、尋ねた。
「泉はどうなんだい」
「私?そんな暇ないよ。相手もいないし」
「そっちじゃないよ」
「あぁごめん。仕事は…まぁぼちぼちだよ」
「英雄なんだよね、主人は」
「まぁね」
「…その人に、任せられないのか?」
ざぁ、と風が吹いた。
「…どこまで知ってるの、あんた」
慎は懐から石を取り出し、掲げた。五芒星が刻まれた魂技石。陰陽師として皆伝を受けた証。
「…そっか、夢、叶えたんだ」
「泉が受けた呪いの事を知ったのは、旅立ってからだよ」
「………」
「遺物に潜み、人を闇に引きずり込む妖異達。たとえ逃げおおせてもその呪いは人を狂わせ、その狂気にひかれた妖異と再び巡り合う定め…」
慎の声は静かな怒りを孕んでいた。
「だけど、この街は僕が結界を張った」
「…通りで、何も感じないわけだ」
泉は素直に感心した。
そんな泉の肩を掴み、目を見て慎は訴えかける。
「隼人が死んだ時も…春が死んだ時も…僕は何も出来なかった。泉が旅立つのを見送るしかなかったんだ」
だから死ぬ思いで学んだ。親友達を救いたかった。そう吐露する慎の言葉を、泉は黙って聞いていた。
「泉ひとりで立ち向かえる相手じゃない。僕だってそうだ。だけど、ここに君を匿うことは出来る」
「…がんばったねぇ」
「君だけ苦しむ必要なんかどこにもないんだ…あぁ、ごめん」
慎はハッとして泉の肩から手を離した。バツの悪い顔をしている。
泉は視線を慎から墓石に移す。墓の下で眠る親友と野山を駆けた光景がよぎる。それが壊れていった過程も。
梢のカラスが二度鳴き、飛び立っていった。
「私ね」
「うん」
「この間も死にかけたんだ」
慎の顔が曇った。だが泉は続ける。
「遺跡探索のつもりがとんでもない魔物と出くわしてさ。仲間と英雄様がいなかったら、助からなかったと思う」
空を見上げながら、泉はなおも語る。
「帰り道、英雄様の騎獣に揺られながら思ったよ。もう二度と行くもんか。こんな痛い思いはたくさんだ…って。…でもね、次の日起きたら、頭の中は旅の思い出でいっぱいなんだ。また行きたい。冒険に出掛けたい、って」
慎は黙ってそれを聞いている。
「そんな冒険に誘ってくれる人たちがたくさんいるんだ。私、そんな事になるなんて考えてもいなかったよ。ずっと呪いを憎んでたからさ」
泉の脳裏に西方で出会った顔がよぎる。誰もが夢に向かう明るい顔だった。
「だから、ここでジッとしてろって言われても、無理なんだ。ごめんね」
「だからって…」
「慎も知ってるでしょ」
泉は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「やられっぱなしは、絶対に嫌なの」
慎はその言葉をいつ聞いたか、すぐに思い出せた。10年ほど前、街にやって来た大名の一団が狼藉を繰り返していた。あいつらを懲らしめてやる、と最初に言い出したのが泉だった。隼人も春も玲もそれに続いた。みんなが心配で慎もしかたなく仲間になったのだ。捕まったらみんな打首だよと慄く慎に、泉は根拠もないのに力強くそう返したのだ。
「…泉はほんと、変わらないね」
慎はやれやれとため息をつく。
「そうだよ。私の人生を狂わせた妖異は、私の手で直々に落とし前をつけさせてやるんだ」
刀に手をかけ、泉は笑う。狂気によるものではない、決意に満ちた顔だった。
「そうしていつか全て片がついたら…私はみんなを冒険に誘うんだ。その日まで、死ぬつもりなんかない」
「…泉ならやれるよ」
「ありがと。あんたのその力は街のみんなに…というか玲に使ってあげて」
「…知ってたの?」
「たぶん、そうだろうなって。あんた達、仲良かったからさ」
「さすがだね」
「どういたしまして。幸せにね」
二人の笑い声が森の中に響いた。
「…帰ろうか」
「そうだね。あぁそうだ泉、これ」
慎は懐から小さな巾着を取り出し、手渡して来た。泉が中身を改めると、爽やかな香りが鼻をくすぐった。香りの元は袋の中にある様々な色の三角錐。お香だ。
「それを焚けば、眠ってる間ぐらいは妖異の目は誤魔化せる」
「ほんと?」
「ここの結界と同じ術式を込めてあるんだ」
「定期購入します」
「送り先、また教えて」
「慎…あんたホントにいいやつだね。なんでこんな聖人みたいなやつがうちの隣に住んでるんだろう」
「持ち上げすぎだよ…」
それでも慎は親友の役に立てた嬉しさが笑顔となって現れていた。泉も親友の温かな情に自然と顔が綻んだ。そしてそんな彼に生涯護ってもらえる玲の事を、少しだけ羨ましく思った。
不意に陽が翳った。見上げると、遥か上空に大きな竜が群れをなして飛んでいた。群れ自体は西に向かっていたが、構成する竜それぞれはてんでばらばらな狂った軌道で飛んでいた。鳥だろうと魔物だろうと、渡りを行うならもっと整然と並ぶものだ。
竜の群れが梢に隠れた後も、二人はその場で空を見上げていた。
「終末…」
慎がぽつりと呟いた。
「終末の脅威…」
「うん」
世界各地に禍々しい塔が現れて以来、魔物の異常行動は後をたたない。こんな田舎の街でも、世界で起こっている異変は伝わり、人心を掻き乱す。
「大丈夫だよ、慎」
泉は竜の消えた西の空を見つめる。
「この世界には…英雄がいる」
いつも真っ先に駆け出していく、その背中を想った。
「あの子がいる限り、世界は負けないよ」
イズミは力強く語った。
◆◆◆
燃え盛るニーム浮遊遺跡。アリゼー・ルヴェユールは「白」の魔力を解き放ち、地に群がる獣を仕留めた。彼女は消えていく獣に一顧だにせず、前方から攻め上がってくる獣に向けてさらに魔力を加速させる。だが自分を狙っている獣は横にもいた。
獣に跳ね飛ばされた彼女は地面に数度バウンドした後、受け身を取って立ち上がる。深手ではない。まだ充分に動ける。だが、取り落とした剣を拾うまで獣が待ってくれるはずもなし。獣の巨大な尾が迫る刹那に次の手を考える。そしてそれを実行するより早く、剣閃が尾を斬り飛ばした。
アリゼーと獣の間に割って入った白いコートの女…ソフィア・フリクセルは間髪入れずにエーテルを込めた盾を獣に叩きつける。小さな盾の一撃がまるで砲弾の一撃であるかの如く、獣は大きくのけぞり動きを止めた。
「今です!」
「賢具よ!敵を討て!」
声と共に細長い賢具が獣を取り囲み、エーテル弾を凄まじい速度で発射した。自在に飛び回る賢具の弾丸が獣の脆弱な部位を容赦無く射抜き、あっという間に獣を沈黙、霧散させてしまった。目的を果たした賢具は主人の背に戻っていく。それこそがアリゼーの双子の兄、新たな力を得たアルフィノ・ルヴェユールである。
「アリゼー!」
兄は妹に駆け寄り、治癒を施す。賢具から流れてくる癒しのエーテルに安堵を覚える。だが、今は立ち止まっている場合ではない。
「私ひとりでも、やれたんだけどね…」
「なら一刻も早く突破しましょう。いけますね?」
英雄ソフィアは力強い眼差しでアリゼーを見た。かつてのような護るものと護られるものではない、背中を預け合う戦友として。アリゼーは強く頷いた。
「さっさと片付けて、次行くわよ!」
眼前からは更なる獣の軍勢。三人は地を蹴り、終末をもたらす獣に躍りかかっていった。
—旅立ってから、随分遠くまで来た
—それでも、世界はまだ知らない事で溢れている
—これでいい、ここまでで充分、なんて思えない
—そんな世界を終わらせようとするなら
—わたしは否と叫ぶだろう
—冒険は、どこまでも続いていくのだから!
【了】
暁月、伸びてしまったけれどいよいよ目前。終末もどう転ぶかわからないので、今しか書けなさそうな時系列の話を書いてみました。というかどこら辺がFF14の二次創作なんですかってぐらいゲームと関係ない描写ばかり。いいんです。わたしがイズミさんを故郷に帰らせてあげたかっただけだから…。終わりなき戦いから逃げることが出来る道もあると示してあげたかっただけだから…。そしてもう彼女は冒険の虜になってるところを出力したかっただけだから…。そして最後のくだりはティザームービーにソフィアさんを出したかった欲望の発露です。
イズミさん、もう相当ソフィアさんの事が好きになってしまってる。こんな娘じゃあなかったのになぁ。まぁいいか〜!
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