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秋分の研鑽

ザナラーンの夏と故郷ひんがしの夏、どちらが過酷かはなんともいえない。こちらは湿度に苦しめられる事はそれほど無いが、代わりに灼熱波などと渾名される殺人的な陽射しが肌を焼く。それでも星5月ともなれば、暑さも和らぎ秋の気配が漂っていた。ツノが感じる風の雰囲気も涼しげだ。このままの気候であってくれという淡い願いを抱きつつ、私はいつもの如く雇い主の家に向かう。

リテイナーベンチャーの目録はいつも通り。皮素材に獣肉、植物系魔物モルボルの蔓、そして「イズミさんにおまかせ」の欄。「おまかせ」は私が旅先で請けた仕事の報酬が大半だ。雇い主の彼女はモノよりもその話を聞きたがる。他愛もない話でも目を輝かすものだから、こちらもついつい妙なものを持って帰ったりしていた。この木材にまつわる話、笑ってくれるだろうか。

そんなことを考えながら雇い主がいるであろう家の門扉を潜ると、庭先の木人の前でこちらに背を向けて立つ者がひとり。剣を握るオレンジがかった金髪の少女、雇い主のソフィアである。だが、声をかけるのは憚られた。汗ばんだ肌から放たれる決断的なエーテル。おそらく今から木人トレーニングの締めに入るのだろう。私は門扉のあたりからそれを見守る事にした。

短いシャウトを合図に嵐のような剣戟が放たれる。ファストブレード、ライオットソード、ゴアブレード、ロイヤルアソリティ…。並の魔物であれば途中で肉塊と化すような、恐るべき連続攻撃バーストコンボだ。二度目のゴアブレードで切り上げた剣に、ソフィアは稲妻のようなエーテルを込める。レクイエスカット。高位の聖騎士ナイトだけが使いこなせる魔法剣だ。その真髄は剣戟の後に繰り出される強化エンハンスされた魔法にある。

三連続で炸裂する神聖魔法ホーリースピリットに庭の木々が揺らめく。思わず私も門扉にしがみついてしまった。そしてそこから繰り出される最後の締めがコンフィテオル。顕現した聖剣が木人を高々と打ち上げた。この輝く剣が数多の魔物を屠るのを幾度と無く見てきた。さすがだ。

わたしは消えゆく聖剣からソフィアに視線を移す。締め技を撃ち終えた彼女は残心して呼吸を整え…ていなかった。霧散してゆく聖剣に向かって手をかざし何事か唱える。その呼び声に応えるかのように、エーテルの残滓が再び聖剣の形を取った。コンフィテオルの巨大な刃より、ずっと小さな剣だ。その代わり、数が尋常ではない。まさか、まだ追撃を?

だがしかし、宙に浮かぶ聖剣たちはぶるぶると震えている。矛先もてんでばらばらだ。ソフィアもかざした腕をぶんぶんと振っている。私の背中に冷たいものが走る。私が門扉の影に身を隠すのと、宙に浮いた剣がハウスの庭を無差別爆撃するのは同時だった。凄まじい衝撃と土煙の中、ソフィアの避難指示が虚しく響いていた。

◆◆◆

「イズミさん、そこのハンマー取ってくれませんか」

「はいはい、どうぞ」

何事かと飛んできた不滅隊と近隣の冒険者達に事情を説明し、私とソフィアはもくもくと被害の復旧作業に従事した。トリニテさん犬先生が帰ってきた時のソフィアはこの世の終わり時代の終焉のような顔をしていたが、トリニテさんは怒るどころか怪我が無いかとても心配していた。たしかにこの穴だらけの屋根を見れば、怒るより先に安否が気になる。

庭先はトリニテさんや他のFCメンバーが直すのでと、私達は屋根を直していた。ここで掘り出し物の木材が活きるとは人生わからないものだ。傾き始めた陽を受けて、私達はもくもくと釘を打ち込んだ。

「それにしてもソフィアさん」

「なんでしょう」

「意外でしたよ。伸ばすなら護りの技だとばかり」

「…そうですね。犬先生にも言われました」

ソフィアが戦場で担う役割ロール護り手タンクだ。本気を出せば文字通り無敵になる事インビンシブルすら出来る。たとえばその技の効果時間を伸ばすとか、そういう修行をしていると思っていた。

「…イズミさんが刀を武器としているのは、何故です?」

板に釘を打ち付けながら、彼女は問う。

「…私にとって最も信頼出来る武器だからです」

私は板を選ぶ手を止め、傍に置いた愛刀を見ながら続ける。

「…でも、たとえば銃がもっと信頼出来るようになれば、そちらに乗り換えるかもしれませんね」

機工士でもある彼女には悪いが、銃は未だ安定した武器とは言えない。もっと時代が進めば高精度な銃が生まれるだろうが、今はまだ刀の方が効率的に…殺せる。

「そうですね。相手を殺めるだけなら、銃の方が優れています」

彼女は私より銃を信頼していた。

「…でも、わたしがこれから相手取る者は、ただ殺せばそれで終わりではないのです」

彼女は釘を打つ手を止め、西の空に浮かぶ夕月を見る。

「命を絶っても滅びず、折れずに向かってくる相手には…こちらも相応の覚悟を決めて望まねばなりません。わたしにその覚悟を、勇気を与えてくれるのは、ずっと共に歩んできた剣以外無いのです」

彼女は静かに、だが強い口調で語る。

「わたしにはお陰様でたくさんの仲間が出来ましたが…決着は、私が着けなければならないんです」

月を見据える彼女の横顔。その青い瞳はこれまで何を見てきたのだろう。私に聞かせてくれた英雄譚の裏側で、この少女はどれだけ傷付いてきたのだろう。私とさして変わらない歳だというのに、この人は。

「テオ、そっちに土被せといて」

「オッケー、パーさん」

遠くから私に馴染みの無い声と名前が聞こえてくる。たしか普段はあまり顔を見せないここのFCメンバーだったか。沈黙が続く。

—私も、呪われた定めがあるんですよ。そんな言葉を飲み込む。それを言ったところで何になると言うのだ。一時の慰めに彼女も自分の呪いに引き込むつもりか。彼女はいつだって私を巻き込まないようにしているのに、私は。

「…でも、イズミさんの言う通り、あの技はちょっとやりすぎかも知れませんね。光の翼パッセージ・オブ・アームズの訓練に切り替えた方がいいのかもって、思ったりします」

ソフィアは私に苦笑いを向ける。私はハッとして、さっきの技を思い返す。直感的に感じた寒気は秘めたる破壊力の証だ。…私はその完成を見たいと思った。

「ソフィアさん、あの」

「はい」

「ひんがしの忍びに伝わるコトワザにこんな一節があります。【百発の手裏剣で倒せぬ相手であれど一発の力に頼るべからず。一千発の手裏剣を投げるべし】」

私はわざとらしく手裏剣を投げるポーズを取ってコトワザを語った。ソフィアは青い瞳をぱちぱちと瞬かせた。

「その技を特訓し始めて何日目ですか?諦めるのはまだ早い…。私はそう思いますよ」

「わたしはドマの忍びに学びましたが、そんな言葉は出て来ませんでしたよ。やはり世界は広いですね」

ソフィアは目をキラキラと輝かせ、再びトンカンと釘を打ち付けていった。

「そうですね!もう少しがんばってみます!3ヶ月…いや、2ヶ月ぐらいやれば、きっと!」

「その意気です。でも、練習は荒野でやった方がいいでしょうね」

「あはは、気をつけます…」

彼女はバツが悪そうに、また苦笑いを浮かべた。そこに迷いは消えていた。最後の釘を打ち終えた私達は梯子を降りてトリニテさんの待つ邸宅内へ戻った。

◆◆◆

ザナラーンの夜は夏でも気温が一気に下がる。秋であれば尚更だ。私は外套を一枚余分に羽織り、ゴブレットビュートの夜道を歩く。修繕が終わってから振る舞われたトリニテさんの料理は絶品だった。伊達に一流レストランビスマルクに勤めてはいない。幸せの余韻が消えて行くのが名残惜しかった。

そして私は次のリテイナーベンチャーに向かう。値上げのニュースが聞こえるエーテル転送網と昔ながらの船便、どちらが効率的か考えながら、ふと愛刀に目をやる。

【百発の手裏剣で倒せぬ相手であれど一発の力に頼るべからず。一千発の手裏剣を投げるべし】

そういう自分はどうだろう。身体のあちこちに仕込んだ暗器のことを思う。まったく、侍の風上にも置けない。もっとも私は別にどこかの大名に仕えたり世直しをしているわけじゃない。侍の作法に則る義理はどこにもない。

—それでも

私は抜刀し、刀を頭上に掲げる。

「…たまには帰ってみようかな。我が故郷の道場に」

そうすれば、ひょっとしたら燕返しを超える抜刀術を編み出してしまうかも知れない。ソフィアに施した無責任な教えインストラクションは、私にも根拠のない自信となって返ってきたようだった。私は納刀し、港へ飛べるエーテライトを目指した。

【了】

暁月のジョブアクショントレーラーを見て勢いで書いた日常回です。ジョブ調整でスキルが消えたり現れたりする影響で「ヒカセンがどうやってそのスキルを習得したか」が語られなくなって久しいですが、語られないなら勝手に書いてしまおう…という具合です。

ソフィアさんの場合、だいたいの技は自分で編み出している設定ですが、機工士に関しては「スカイスチール機工房が開発した新兵器を実戦テストしている」という設定にしています。扱いはすれども自分では発明出来ないのです。

それにしてもイズミさんの「ソフィアとは雇い主とリテイナーということで一線引いている」という設定、いよいよ霧散してきましたね。まぁいいか。

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