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DEADLY CURSE AND BLUE POP 3

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林道を抜けた先で私はチョコボの手綱を引き、速度を緩めさせる。小高い丘の上から見下ろす宿場街は、旅立った日とまるで変わっていない。みんな元気にしているだろうか。話したい事はたくさんあった。

丘を下る私の角を柔らかな風が撫でる。道なりに広がる田んぼには鷺がぼんやりと休んでいた。緩やかに進む私たちの周りを蜻蛉が通り過ぎていく。のどかを絵に描いたような、故郷がそこにあった。

街道沿いに進んだ先に、一軒の茶屋があった。軒先にはレンの若者達が座っている。

「おーい、隼人ハヤトシン!」

私が声をかけると、彼らは顔を綻ばせた。そして、彼らは私の後ろに乗っている人物に目線が映る。慎は目を見開いて固まり、隼人は宴会芸のような顔で店の中に駆け込んでいった。

「おい!泉だ!帰ってきたんだよ!」

ややあって、店の中からさらに人が現れた。温和そうな隼人の両親、一際大きな体躯の大鉄ダイテツ、眼鏡をかけるようになった小春コハル、巫女装束のレイ、みんな、そこにいたんだ。

「あいつ、異人の嫁を連れてやがる!」

「嫁じゃない!バカなこと言うな!」

思わず声を荒げて言い返す私をよそに、嫁呼ばわりされた同乗者は首を傾げて目をぱちぱちと瞬かせた。橙色の髪が風に揺れる。

「え?ちげーの?」

「どう見ても嫁だろ」

「だから!この娘は私の…」

「ソフィアと言います」

ソフィアは隼人達ににこりと微笑みかけた。

「フツツカモノですが、ヨロシクオネガイシマス」

「ほら!やっぱり嫁じゃん!」

「ちょっとソフィア!」

焦る私に、ソフィアはいたずらっぽく微笑んだ。

「東方の事、ちゃんと勉強したんですよ」

「わかっててやってるでしょ、あなた」

「さぁ、どうでしょう。ふふふ」

なおも冷やかし続ける親友たちを前に、話したかった事は全部飛んでしまった。あぁ、でも、それでよかったんだ。何か話したかったわけじゃない。みんな、元気でいてくれたら、それでよかった。


◆◆◆


帰郷を祝した宴が終わり、私とソフィアは宿に戻っていた。縁側から空を見上げれば、大きな満月が夏の夜を照らしている。目を凝らせば、蛍が数匹舞っていた。絵に描いたような、幻想的な夜だった。

浴衣姿のソフィアは、私の肩にもたれかかって目を閉じている。たいして酒に強いわけでもないのに調子に乗って酔い潰れる。いつものことだった。私は彼女の髪をゆるやかに撫でた。

色々なことが有った。英雄譚に憧れて故郷を飛び出してはや数年。冒険者として、それなりに手柄は立てたし、珍しいものもたくさん見た。それでも、噂に聞くエオルゼアの英雄みたいな大冒険に辿り着くことはなかった。どこにでもいる平凡な冒険者。いつかは足を洗ってカタギに戻る、そんな生活だった。

それでも、私は彼女と出会うことが出来た。彼女も同じような冒険者だった。お嬢様めいた世間知らずな振る舞いがなぜだか放っておけなかった。そして、今に至っている。

「イズミさんの故郷は…素敵ですね」

「…起きてたの」

ソフィアは身体を起こし、柔和な笑顔で私を見ている。

「…わたし、いいお嫁さんになると思いますよ」

「…まだ酔ってるね」

ソフィアの顔は依然赤い。はだけだ浴衣から、白い胸元が覗く。

「酔いは、関係ないですよ」

彼女の両腕がゆっくりと私の身体を包む。

「だって、わたし」

私も彼女の体に腕を回した。

「イズミさんのこと」

彼女の唇が私の角に触れようとしたその時、がたん、と何かが落ちる音がした。

私は首を回らし、暗い居間に目を凝らした。壁に備え付けられた物入れが開いていた。

私はソフィアを引き剥がし、物入れから落ちたものを拾い上げた。刀だ。茶色い鞘に、鳳凰か朱雀か、なにかそういう柄がある。こんなものが、どうしてここに。

縁側に目をやる。ソフィアはとろんとした顔で私を見ている。…この刀は棚にしまって、彼女の元へ戻るべきだ。それなのに、私は刀を捨てられなかった。何かに導かれるように、私は刀を抜いた。


白刃が輝いた。
一瞬のような、永遠のような時間が過ぎた。


私は《和泉守兼定いずみのかみかねさだ》を納刀し、立ち上がった。浴衣ではなく、いつもの戦装束に戻っていた。

「…皆、元気でいて欲しかったよ」

縁側へ向かいながら、私はぽつりぽつりと、つぶやく。

「…でも、慎は呪われた私を救おうと陰陽師になった。きっと、その技で、これからたくさんの人を救うよ。あいつは、ホントにいいやつだから」

縁側のソフィアの横で、私は足を止める。彼女は彫像のように動きを止めていた。

「…そう。私たちは隼人や大鉄がいない世界を、生きなきゃならないんだ。もっと生きたかったあいつらの分まで」

私は跪き、動かないソフィアに語りかける。

「…ソフィアとこうなれたらいいなって、思ってたよ。…でも、そうはならなかった」

そう、彼女にはもう心に決めた人がいる。テオドアがどれだけ立派なやつか、それは彼に命を救われた私自身が一番よく知っていた。

「…出来る事なら、私のものになって欲しかったよ。だけどね、私の好きなあなたは、私のもので収まっちゃ、駄目なんだよ」

いつだってまっすぐと進んでいく冒険者の見本のようなあなたが、私の憧れだった。どれだけ手を伸ばしても届かないほど、高く高く飛ぶ眩しいあなたが、大好きだった。私もそうありたい。夢が生まれた瞬間だった。

「…バカだね、私。幻の中ぐらい、好きにしちゃえばいいのにさ」

動かなくなったソフィアの頬を撫でる。もはや熱は感じられない。

「…じゃあ、また後で」

私はソフィアだったものに別れを告げ、縁側から庭に降りた。鈍く輝く《和泉守兼定》を抜き放ち、剣気を集中させる。そして

「…だあッ!」

斬りつけた空間が硝子のように砕けた。世界はひび割れ、砕けていく。空も地面も消えて、私の身体は暗黒に投げ出された。

必ず助けるから、待ってて。


◆◆◆

目を覚ました私の眼前には《黒山羊》の巨大な拳が迫っていた。鈍化した主観時間の中で、私は自分の負傷を再度確認する。そうだ。追跡の果てにたどり着いた遺跡で、私は三度目の戦いを挑んだ。あらゆる妨害で奴の回避を封じたところまではよかった。そこから始まった殴り合いのような戦いの最中、幻惑魔法を喰らったんだ。くそッ、つくづく不甲斐ない!

主観時間が戻っていく。死が迫る。だけど、私の精神はかつてないほど昂っていた。ごう、と《黒山羊》の拳が通過する。私は臆さず前転を打ち、奴の懐に飛び込んでいた。

刀の間合いではない。それでも私は自分を信じた。この空間がアーテリスの理の外にあるのなら、そこにあるはずなのだ。想いが動かす力、デュナミスが。ならば、最善手は、拳!

「喰らえェッ!」

凄まじい爆発音が響いた。拳が直撃した《黒山羊》の脇腹は抉り取られたように消失していた。

「まだだァ!」

私は《黒山羊》の身体を蹴り上がり、顔面に連撃を叩き込む。拳に宿った輝きは、いつの間にか白銀のナックルダスターに変貌していた。連撃を受けた《黒山羊》は顔面を抉り取られ、声にならない悲鳴をあげながら倒れ込んだ。私は奴の身体に踏みつけ、その胸部を拳の狙いに定めた。頭部が再生を始めている。関係無い。全部消し飛ばしてやる。

「…消えろッ!」

渾身の力を込めた拳が一際輝く。私はその輝きを全てぶつけた。閃光。爆発。《黒山羊》の身体は中心から放射状に分解されていき、やがて完全に消滅した。ナックルダスターも光となって消えた。

「ハァーッ!ハァーッ!」

ひとり残された私は必死に息を整える。無我夢中でデュナミスを扱った反動だ。限界を超えた想いの力には、相応の代償がいる。だが、やり遂げたのだ。呪いは、もう。

「…………え?」

自分の身体に、何の変化も感じられない。自分の魂を常に縛る、あの感覚は依然そこにあった。元凶を討ち取ったというのに。

空間が揺らめいた。闇一色だった空が沸騰し始めた。泡立った場所に目が生まれ、口が生まれ、触手が生まれた。空が狂気に染まる。

私の正気が削れていく。気付きたくはなかった。この超巨大な存在が、真の親玉であり全ての呪いの元凶であると。

やがて、禍々しい空から闇色の雫が滴り落ちた。私の身体がそのまま入る巨大な雫が、ぼとり、ぼとりと地に落ち、闇色の水溜まりを幾つも生み出した。全ての水溜りから、《黒山羊》が浮かび上がって来た。

両手の指より多い《黒山羊》は、ぼんやりと立ち尽くしたまま虚空を見つめていた。狂気の空がぎょろりと目玉を動かし、私を一瞥する。《黒山羊》達は一斉に私を見た。絶望がゆっくりと近付いてきた。

「…こんなのって、無いよ」

私はその場にへたり込んだ。自分を支えてきたもの、全てが揺らぎ崩れようとしていた。

「私が…私が何をしたって言うの…」

悔しさは行き場を失い、涙となって溢れ出る。

「無駄だった…ぜんぶ…」

幻の中で胸に刻んだ決意が熱を失っていく。人生を懸けて追い求めた旅の終着点は、ここ。

「…いやだ」

《黒山羊》達が私を取り囲んだ。
それでも、私は願った。

「…死にたくない。死にたくないよ」

歪む視界の先で、妖異達が腕を振り上げた。私は顔を背け、目を瞑った。情けなく嗚咽しながら、祈る事しか出来なかった。

「こんなところで…私、死にたくないよ!」


ガォン!


空間を揺るがす音が響いた。《黒山羊》の腕は振り下ろされなかった。私は恐る恐る目を開ける。妖異は空を見上げていた。

ガォン!轟音が再び響いた。宙空に超自然のヒビが生まれていた。ガォン!ガォン!音は次第に勢いを増す。ガォォンッ!ひときわ大きな衝撃音が響き、空間が割れた。銀河渦巻く次元の狭間から現れたのは、7つの光。

「イズミさん!」

その中心で一際輝く騎士が、叫んだ。

「わたしが、来ました!」

【4へ続く】


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