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DEADLY CURSE AND BLUE POP 2

【1】

「この調査はリーヴじゃないんだ。人出も間に合ってる」

「そこを…なんとか…」

「他のリーヴなら屯所で募集してるよ。そっちに行ってくれ」

判ってはいたけど、取り付く島もない。チョコボを飛ばして廃墟へ辿り着いた頃には、すでに10人ほどの双蛇党員があちらこちらを調査していた。やはり一度引き返さずそのまま探索を続ければ良かった。どうして回避しきれなかったんだ。私の馬鹿。

今のところ《黒山羊》が顕現して何かする気配はない。恐らく、この廃墟のどこかで遺物に紛れて獲物を待っているのだ。どうにかして彼ら双蛇党員に気付かれずそれを見つけなければ。そうでなければ、また私のような被害者を産む。

目の前の双蛇党員は「もう話は終わりだ」と言わんばかりの顔だ。一度引き下がってからこっそり忍び込むか。ルートを思案し始めたとき、党員の背後を歩く緑髪のララフェル族と目が合った。彼はこちらに手を振って駆けてきた。

「イズミさんではありませんか。どうしたんです?」

「スズケンさん…!」

スズケン・べオルブ、何度か遺跡調査で一緒になったことがある、既知の相手だ。

「スズケンさん、お知り合いで?」

「えぇ、友人です。ひょっとして、あなたも調査に?」

「いや、彼女は…」

「…そう!ちょっと気になる事があるの!考古学的に!だから協力出来るかなって!」

私は少々わざとらしく手を叩き、双蛇党員を押し退けてスズケンさんの前に跪き、手を取った。

「本当ですか?あなたの知見も借りれるなら助かりますよ。是非是非!」

「さすが!話がわかる!」

「ちょっと、スズケンさん、勝手に…」

「いいじゃないですか。彼女の知識や身元は僕が保証しますよ」

そういって彼は双蛇党員にウィンクした。ララフェル族はよくこういう事をするが、たぶん意識せずにやってるのだろう。知らないけど。

「はぁ…それじゃあ、イズミさんでしたか。スズケンさんから離れないでくださいね」

「了解でーす」

双蛇党員はやれやれと言った顔で許可を出してくれた。ありがたい。これでまず侵入は出来た。スズケンさんは早速今調べている廃屋に案内してくれるという。私は興味深そうな雰囲気を出しながら彼についていった。

彼がいてくれて助かった。しかし、見知った顔を巻き込みかねないリスクも抱えてしまった。大丈夫だ。いつも通りやればいい。


◆◆◆


「双蛇党の知り合いから依頼があったんですよ」

廃屋に隠されていた階段を記録しながら、スズケンさんは語る。私は階段を駆け下りたい気持ちを抑えつつ、周りの調度品を調べていた。

「見慣れない魔物や妖異の目撃情報が増えているそうで、その方面に詳しい人材として呼ばれたってわけです」

「スズケンさん、昔から黒衣森で活動してたんですよね」

「えぇ、まぁそれなりに。…よし、こんなもんかな」

スズケンさんは手帳を懐にしまうと、戸外の党員に声をかけてから床に空いた階段を降り始めた。私もそれに続いた。

ぎしぎしと軋む木の階段は、やがて堅牢な石造りに変わった。降りた先は思ったよりも深い。私たちはランタンを灯し、回廊を少しずつ進む。

「ゲルモラ時代かなぁ」

「どうでしょうね。それを真似て作られたものかもしれません」

「カルトの巣だったりね」

「そういう輩が潜んでたら厄介ですが…あなたがいればその点でも安心ですよ」

「かわいいスズケンさんを、しっかりお守りしますよ」

「またそういう事を…まったく」

そう言ってスズケンさんはぷいと顔を背けた。彼は私より9つも上なのだが、堅物で初心な雰囲気はつい揶揄いたくなってしまう。

更に道を進む。その途上でスズケンさんが切り出した。

「そういえばその刀」

「あぁ、使わせてもらってますよ」

以前スズケンさんから贈られた刀《和泉守兼定いずみのかみかねさだ》だ。黒刀よりも軽く取り回しやすい刀であり、最近はこの刀を主武器に据えている。

「それはなによりです。由来とか、わかりましたか?」

「まぁ、名前が同じだけで、私とは特に縁がないものでしたね」

和泉いずみ》はひんがしの国にかつて存在した里の名前。そこを拠点にしていた刀匠作…というものだった。

「でも、かつてこれをいていた侍は、結構ドラマティックな人生だったようですよ」

「というと?」

「武士階級でも何でもない田舎の農民だったけど、仲間を引き連れて上京して、苦難の果てに立派な侍になれたっていう、そういう感じ」

「なんというか、冒険者が憧れるやつですねぇ」

「そうそう、都に仇なすテロリストをばっさばっさと、ね」

「おっと、前方注意ですよイズミさん」

過去の英雄の話は打ち切られ、ランタンが回廊を照らす。細い道はさらに二手に分かれていた。スズケンさんを見ると、彼は手元の手帳にルートを記載している。私は闇の向こうに目をやり、呪いを探った。右だ。

「二手に分かれましょう。私、右を見てきますよ」

「…おや?守ってくださるのでは?」

「…何かあればすぐ行きますから」

スズケンさんは真剣な顔でじっと見てきた。私もその目を正面から受け止める。ややあって、彼の顔が緩んだ。任せましたよ、ということだ。

「それじゃ」

「えぇ、また後で」

彼の小さな背中を見送り、私は足早に右の通路を進んだ。


◆◆◆


通路の先は思いの外短く、玄室のような場所にたどり着いた。左の通路は出来れば複雑であってほしい。部屋を見渡すと、無数の箱や壺が散乱していた。私は呪いの出所を探る。あった。奥にある箱を開ける。歪んだ形の黒水晶が、そこにあった。何年経っても同じ手口で反吐が出る。

ゆっくりしてはいられない。持ち出せばスズケンさんに見咎められるだろう。私は手をかざし、冒涜的な呪文を唱える。黒水晶が震え、闇色の渦が私を飲み込んだ。

視界が開けると、そこはどこまでも広がる夜の草原だった。空は墨を塗ったように昏く、星はひとつも無い。そして、10ヤルムほどの離れた場所に、《黒山羊》がいた。ついに辿り着いたのだ。

《黒山羊》は私を見据えている。山羊の顔から感情は読み取れない。どうでもいい。こいつと話をしに来たわけじゃない。殺しに来たのだ。私は刀を抜き放ち、地面を蹴った。

一気に詰め寄る私に向かって《黒山羊》の腕が振り下ろされる。私はその剛腕を紙一重で回避し、下から上へ斬り上げた。闇色の肉片が斬り飛ばされる。その勢いに任せて私は赤魔道士の如く後方へ飛び、着地と共に身を沈める。《黒山羊》はまだ体勢を崩したまま。ここだ。

私は両脚に込めたエーテルを解き放ち、凄まじい勢いで突撃する。喰らいつけ、猟犬の如く!私は英雄の刀に全てを託し、斬撃を叩き込んだ。《黒山羊》は爆発四散した。

だが、その身体は細かな黒い粒となり、宙を待っている。まだだ。私は油断なく宙を舞う《黒山羊》の粒子を見る。回避技を用いたという事は、そのまま斬られたくなかったということだ。ならば、殺せる!

粒子はやがて離れた場所で結集し、再び《黒山羊》の身体を作り上げた。何度でもやってやる。この空間がお前の墓場だ。

私が一歩駆け出そうとした時、《黒山羊》が自らの頭上を指差した。漆黒の空に、わずかな光が瞬く。やがて光は広がり、そこに像を映し出した。緑髪のララフェル—スズケンさんだった。

スズケンさんは小部屋を探索している。恐らくは左の通路。光が増える。そこには地上ですれ違った双蛇党員達が映っていた。やめろ、彼らは関係無い。何を。

「…やめろ!」

私は思わず声を出した。そして駆け出す。駆け出せない。脚を見る。小さな《黒山羊》の群れが私の脚にしがみついていた。そんな。いつの間に。

《黒山羊》に視線を戻す。奴は、確かに笑っていた。山羊の顔を醜く歪めて、嗤っていた。

《黒山羊》が黒い粒子に変じた。そして、その粒子ひとつひとつが、私の身体を貫いていった。私の意識は暗転した。



◆◆◆



「イズミさん!イズミさんしっかりしてください!」

スズケンさんの声が聞こえる。泥のような意識が冴えていくのがわかった。あぁ、私は確かあいつにやられて…。

やられて?!生きてる?!

私は跳ねるように上半身を起こした。地下洞窟の玄室だった。私の周りをスズケンさんと数名の双蛇党員が囲んでいた。皆、一様に驚いたような顔をしている。

「あぁ…よかった!一体何があったのですか?!」

スズケンさんが手を取り問い掛けてくる。どうやら、私は生きてる。何故だか、大きな怪我もない。《黒山羊》はどこに行ったのか?だがその前に、スズケンさんに対応しなければならない。マズい。かなりマズい。

その時、スズケンさんに握られた手に違和感を感じた。虫が這うような嫌な気配。やがてそれはいばらのような実像を伴って現出した。荊は私の腕からスズケンさんの腕に伝わり、びっしりと彼の腕を覆った。彼は意にも介していない。見えているのは、私だけ。

「…まずいですね。何かショックを受けてる。誰か彼女を地上へ!」

スズケンさんがいうや否や、たくましいハイランダーの双蛇党員が私を立たせようとする。肩を貸そうと身体を合わせてきた。荊はそこからも生まれ、ハイランダーの男に絡みつき、消えた。

「うあぁぁぁぁぁッ!」

私はハイランダーの男を突き飛ばし、壁際まで後ずさった。直感的にわかった。呪いだ。《黒山羊》が私の呪いを変質させたのだ。

突き飛ばされたハイランダーの男はなおも心配そうな顔で私を見ている。彼の肩を隣にいたルガディンの男が叩く。何かのハンドサインを交わし、地上へ戻っていった。その身に荊を宿して。

「イズミさん…!一体どうしたのですか…!」

「私に…私に近付かないでッ!」

私は玄室から飛び出し、来た道を駆け戻った。ルガディンの男を追い越し、暗い回廊を駆け抜ける。最悪の気分だった。恐れていた事が現実になってしまった。二度も仇敵を取り逃がし、無関係の人間を巻き込んだ。自分の弱さに心底嫌気が差す。《黒山羊》のやり口は最悪だ。だけど、とにかく自分が許せなかった。弱い自分から逃げるように、私は回廊を走り、軋む階段を登り、地上へ飛び出した。陽が傾き始めていた。

《黒山羊》がどこに行ったのか、不思議とその行く先が感じられた。強まった呪いの副作用だろうか。何もかも最悪な状況でそれだけが救いだった。勝てるかどうかわからない。だが、やるしかない。やるしかないんだ。

「イズミさん!」

後ろから声がした。手を握る感触があった。その声、その暖かさに覚えがあった。嗚呼、どうして、どうしてあなたが来てしまったの。

思い違いであって欲しい、そんな願望は振り返った時に打ち砕かれた。橙髪に青い瞳の少女がそこにいた。星を救った英雄。私の雇い主。私の、憧れ。

「ソフィア…さん…!」

青い瞳は不安の色を湛えている。

「あなたが倒れたって、スズケンさんから…!」

強く握られたその手を伝い、荊は容赦無く彼女の体にまとわりついていった。私の呪いが、彼女を穢していく。私は悲鳴と共にその手を振り払った。彼女は呆然としている。

「イズミさん…?一体なにが…あッ?!」

ソフィアが突如頭を抱え、よろける。呪いは早くも彼女を苛み始めた。周りの双蛇党員も、同じように苦しみ悶えていた。かつての私と同じように。そして、今の私にも。


お前のせいだ。

ちがう。

お前のせいだ。

ちがう。

お前のせいだ。

ちがう。

いいや、お前のせいだ。


「…ちがうッ!」


私は叫び、ソフィアに背を向けた。そして、呪いが指し示す先へ駆け出した。ソフィアは何か叫んでいたが、風の音がかき消してしまった。

走りながら呪いに意識を振り向ける。奴はまだこの森にいる。今度こそ仕留めなければならない。それが出来るのは呪いに抗い続けてきた私だけだ。指笛を鳴らし、チョコボを呼ぶ。併走してきたチョコボに飛び乗り、私は黒衣森を駆け抜けた。

【3に続く】

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