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されど永久の灯火に・前編

曇天に掲げられた巨大な棍棒が振り下ろされる。サイクロプス族の膂力に任せた恐るべき一撃。直撃は即ち死である。だが標的となったアウラ族の女は臆せず踏み込み、その一撃を回避した。空を切った棍棒が大地を砕き、直下型地震の如き揺れをもたらす中、彼女は刀を手にサイクロプスの巨体を器用に駆け上がっていく。狂気の単眼のその上に、冷徹な双眸が輝いた。

「じゃあね」

闇色の輝きをまとった刃がサイクロプスの首筋を斬り裂いた。その巨体に比してあまりに小さな傷。だがしかし、闇の刃より注がれた禍々しい術式は、サイクロプスの生命を残らず食い荒らした。単眼から光が失われ、巨体が傾き、やがて倒れた。女の刀を覆う闇もまた、役目を終えて霧散していった。

「ヴィイ討伐、お見事でした。イズミさん」

岩陰から槍を背負ったララフェル族の男が顔を出し、女を労った。紫髪の女—イズミ・アオバはひらひらと手を振り、答える。

「どーも。失われし術式ロスト・アクション様々だよ」

イズミは横たわる巨人の死体を一瞥した。ヴィイは本来であれば冒険者一人で狩れるような魔物ではない。だが、ここ南方ボズヤは未だエーテルの乱れた土地。そんな土地でのみ力を発揮する術式がこの地の戦士達の力となっていた。

「討伐任務はこれでおしまいだね。スズケンさん」

「えぇ、あとは巡回任務を残すのみ」

緑髪のララフェル族—スズケン・べオルブは依頼書の束をめくる。

「グンヒルド・ディールブラムの定点調査、ですね」

「今日こそ何も無いと良いんだけどね…」

「色々いますからねぇ、あそこは」

「スズケンさん、罠避けロスト・サイトラ忘れてないよね?」

「えぇ、ちゃんと準備してますよ」

「あれって、見破れるの設置罠だけだっけ」

イズミは離れた崖の上に目をやる。スズケンもそちらに目線を向けた。誰もいない。だが、微かな違和感がそこにあった。

「…ちょっと遠いですねぇ。あと隠密ロスト・ステルスに効くかどうかも、なんとも」

「まぁ、ちょっかい出してきたら、ね」

イズミは腰の刀に手を添え、軽く音を鳴らす。

「斬る前に確認はしてくださいよ…?」

「わかってるよ。行こ行こ」

二人は踵を返し、神殿の方角へ歩き出した。無人の崖上、そこにも遅れて靴跡が増えていった。

◆◆◆

南方ボズヤの地下に広がる大遺跡、グンヒルド・ディールブラム。いくつも存在する大きな広間で、スズケンは計測機器を床に置き、手元の書類にあれこれ書き込んでいる。その傍にはイズミが刀に手をかけて警戒していた。人の手が行き渡っていない広大な遺跡など、どこに魔物がいるかわかったものではない。

イズミとスズケンがボズヤに滞在してはや三週間が過ぎようとしていた。本来はここから更に東、ダルマスカ地方のとある遺跡を探索するのがこの旅の目的である。しかし特に急いで辿り着く必要もないからと、寄り道を繰り返しては厄介ごとに巻き込まれ、未だその旅は途上であった。今の彼らは縁あってボズヤ暫定政府軍の手伝いをしている。

かつてこの地で繰り広げられていたガレマール帝国第Ⅳ軍団とレジスタンスの紛争は、それはそれは激しいものだったという。今でこそ静謐を取り戻しているこの遺跡も例外ではない。ここに顕現した古の女王グンヒルドその眷属テンパードの討伐作戦には、星を救ったあの英雄も参加したほどである。そう、その英雄こそイズミがかつてリテイナーとして仕えていた少女、ソフィアだ。

この遺跡で、この戦場跡でどんなことがあったのか、帰還したソフィアは周りに仔細を語ろうとはしなかった。だが、それゆえにイズミにはわかる事がある。語りたくもないことばかりだったのだと。イズミは想う。あの娘は他にいくつの業を背負っているのだろう。背負ってやると言ってもきっと聞かないだろう。だから、また何か辛いことを背負う時はその場で支えてやりたい。それぐらいなら、私にだって出来るだろう、と。

イズミはちらりとスズケンに目をやる。レポートの残り枚数は少ない。イズミが物思いに浸っているうちに相当な進捗があったようだ。魔物の気配も今のところなし。そういえば途中で感じたあの気配はいつの間にか感じなくなっていた。本当に気のせいだったのか、より距離を置かれたか。帰り道に少し探るべきか否か。

「よし、終わりましたよ」

スズケンはレポートを記した本を閉じ、計測機器を背嚢に閉まった。埃を払い、槍を携えて立ち上がる。

「お疲れ様。じゃあ、帰ろうか」

二人は罠避けで通路を照らしながら、来た道を引き返していった。曲がりくねった道や魔法通路を抜けた先、砂の敷き詰められた広大な円形闘技場めいた場所まで戻ってきた。ここまで来れば、あとは突き当たりの魔法通路で入り口まで戻ることができる。

そんな闘技場の白砂の上に、誰かが背を向けて立っている。長くまっすぐな髪は赤く、背負った背嚢を隠すほどだ。角や尾、突出した耳は見受けられない。ボズヤ暫定政府軍の緑色の軍用コートを着ていても、そのがっしりとした体格がわかる。おそらくルガディン族だろう。その腰にはやや大振りな銃も見て取れる。銃術士であろうか。

イズミとスズケンは顔を見合わせ、お互い首を振る。どちらも思い当たる節がない。だが、暫定政府軍の制服を着ている以上、不審者ではないだろう。

「ねぇ!そこの人!どこの所属?」

イズミがよく通る声で呼びかけた。赤い髪の人物はびくりと肩を震わせ、こちらに振り向いた。青みがかった肌に鼻筋の通ったルガディン族女性特有の顔つき。だがその顔は明らかに狼狽の色が見てとれた。わなわなと何事か呟くと、女は髪を振り乱して逃げ出した。

「ちょっと…何あいつ!」

「僕たちを尾けていたやつかも知れませんね!追いましょう!」

イズミとスズケンは同時に駆け出そうとした。だが、その時突如天井から轟音が鳴り響いた。二人は思わず足を止め、上空を見上げる。崩落する岩盤の中心にいたのは、輝く鉱石で覆われた巨大な蠍である。

「魔蠍ヘデテト?!南方ボズヤにもいたなんて!!」

「スズケンさん!私の脚掴んでて!」

スズケンは空中のヘデテトから視線をイズミに戻した。彼女は懐から取り出した機械式の小手を左腕に装着し、まっすぐ前を見据えていた。イズミの視線の先、岩盤とヘデテトの落下地点には、赤髪のルガディンが腰を抜かしてへたりこんでいた。全てを察したスズケンはイズミの脚にしがみつき、己の槍を地面に突き刺した。

「いけッ!」

イズミは小手を振るい、機構を作動させた。その腕から弾丸の如く射出されたるは葦ノ国特製フック付きロープである。ロープは過たず赤髪のルガディンを絡め取った。イズミはすかさず巻き上げ機構を作動させる。瞬間、凄まじい負荷が左腕にかかった。体重差を考えればイズミの方が向こうへ飛んでいく形なのだ。だがイズミとスズケンは自分たちを一本の堅牢な杭だと信じ、その負荷に抗った!その気合いが負荷を跳ね除け、赤髪のルガディンは宙を舞う!岩盤崩落死回避!赤髪のルガディンはそのままイズミ達の眼前に落下し、ゴロゴロと転がって二人の足元で止まった。イズミは彼女を助け起こし、頬を張る。

「おいアンタ!起きろって!」

「…え、あ、あぁぁぁぁ!うわぁぁぁぁぁ!」

「うるさッ!ちょっと黙って!」

「イズミさん!ひとまずその人を物陰にッ!」

スズケンが槍を構え、二人の前に立つ。その穂先は出口の魔法通路を崩壊させた魔蠍に向けられている。魔蠍ヘデテトの目は怪しく輝き、今にもこちらへ突撃を開始せんばかりだ。もはや激突は不可避である。

「ソロはきついんで、なるべく早く助けてくださいよ?!」

「りょーかい!あぁもう、即死ロスト・デスもっと持ってくるんだったッ!」

「うわあぁぁぁぁぁ!助けてぇぇぇぇぇ!」

【後編に続く】

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