見出し画像

DEADLY CURSE AND BLUE POP 1

どこまでも拡がる闇の先、篝火に照らされた祭壇が見える。祭壇の周りには幾人かの子供がいた。彼らは祭壇に祀られた古めかしい箱に施された封をひとつずつ剥がしていく。禁足地に忍び込む冒険で見つけた宝。彼らは目を輝かせて箱を開けようとしていた。いけない。それはだめだ。そう叫んでも声が出ない。彼らの元へ駆け出す。足は動く。しかしどれだけ地を蹴っても私は祭壇に近づけない。

やがて箱が開かれる。子供のひとりが中身を掲げ、仲間達がそれを見た。捻じ曲がった黒い水晶のかけら。彼らは冒険の成果にかわるがわる触れる。私はなおも叫び、駆ける。届かない。ごう、と篝火が燃え盛る音が響いた。闇に覆われていた祭壇の全貌が露わになる。祭壇の上部、ねじくれた角を持つ巨大な黒山羊が子供達を見下ろしていた。

次の瞬間、私は祭壇の前に居た。全力疾走していた勢いで私は祭壇に衝突する。痛みはなかった。私は起き上がり、振り返る。子供達がいた。あるものは泣きじゃくり、あるものは暗闇に向かって叫び続けている。頭を抱えて震えるもの、倒れ伏し、手足を出鱈目にばたつかせるもの。皆発狂していた。目を覆いたくなる惨状だ。

そして子供達はやがて一人の少女を罵倒し始める。お前のせいだ。お前の誘いに乗ったばかりに。お前がそれを開けたからだ。人殺しめ。人殺しめ。人殺しめ。呪詛の標的となった紫髪の少女は、自身も狂いながら友の罵倒に苦しみ悶えていた。歪んだ黒水晶は不気味な光を放ち、少女の腕に絡みついていた。逃れられない呪いだった。

少女を見ていた子供達が一斉に私を見た。隼人ハヤト小春コハル大鉄ダイテツシンレイ、見知った顔だった。その目は一様に落ち窪み、虚無の暗黒に塗りつぶされている。その額には傷痕のような闇色の印が打たれていた。

お前のせいだ。

お前のせいだ。

お前のせいだ。

青葉アオバイズミ

お前の!


私の絶叫が闇の中に響き渡った。


◆◆◆


黒衣森に点在する猟師小屋。その寝台の上で、私は荒い呼吸を整えていた。落ち着け、あれは夢だ。角の先から滴り落ちる汗を拭い、私は小屋の窓から外を見る。外はまだ暗かったが、雨は止んでいた。慎から貰った魔除けの香は…焚いていなかった。雨宿り中にうたた寝をした自分を呪った。それで久々にあんな夢を見る羽目になったのだ。落ち着け、あれは夢だ。人数が違う。慎と玲はいなかっただろう。呪いが見せる幻だ。

寝台から立ち上がり、身支度をする。目も冴えてしまったのでこのまま出発しよう。雇い主ソフィアから頼まれた仕事リテイナーベンチャーはまだ終わってない。まずはそれからだ。そのあと街に戻ってきちんと寝直そう。私は日常の事を考え、悪夢を追い払おうと努めた。忘れ物がないか確認し、私は猟師小屋を出た。

所詮は夢だ。現実じゃない。だけど、あの時箱を開けて宝探し一行に呪いを蔓延させたのは、紛れもない私自身だ。私以外、皆逝ってしまった。私だけが呪いに苛まれながら生きている。だから、あの妖異の一族…《黒山羊》どもを追い詰めて殺すのが、私の復讐であり、罪滅ぼしなのだ。なにより、こんな呪いに魂をくれてやるなんて、絶対にごめんだ。

腰のランタンを灯し、夜の黒衣森を進む。ぬかるんだ地面に出来た水溜りが光を乱反射させていた。虫の鳴き声も無い、静かな夜だった。水溜りを避けて、私は道を進む。

《黒山羊》の足跡を辿るのは容易では無かった。何せ奴は少しでも関わった人間に呪いを振り撒き、狂気を伝播させる。姿を見るどころか、その名前さえも縁だと見なしてくる。手掛かりなど残りようがないし、誰かに助けを求める事すらできない。端末たる配下の妖異を斬ったところで、その呪いが消える事はない。

奴らはただ遺物に潜み、近付くものを苛み、エーテルを貪って殺す。だから、私はひとりで探し、戦ってきた。そして、気が付けば西方エオルゼアまで辿り着いていたのだ。

あんな夢を見たせいか、やけに自分の足跡が脳裏に浮かんだ。数年来の戦いで私は少なくない数の妖異を斬ってきた。それでも根源たる《黒山羊》に届く手掛かりは無い。いつ終わるのだろうか。いつもはすぐに振り切れる疑問が頭から離れなかった。

ふと、全身に悪寒が走った。ランタンの灯りの遥か向こうから、超自然の風が吹いてくるのを感じる。精霊。違う。彼らのような無邪気なエーテルでは無い、もっと別の何か。そう、これは、私が身に宿す呪いと同じ肌触り。

私は駆け出した。呪いの風の根源へ。


◆◆◆


藪を突っ切った先には打ち捨てられた集落跡があった。月の光が崩れた建物を照らす。いつの廃墟なのか判然としない。そして私にはそんな事はどうでもよかった。月明かりの下で尚、漆黒に染まった存在が廃墟の一角にいた。

熊よりも大きな体躯、ねじくれた樹木のような角、長く伸びた山羊のような口吻。全身の細胞が泡立った。私は抜刀し、速度を緩めず廃墟を駆け抜けた。何故親玉たるあいつがここにいるのか、それはわからない。だが知ったことか。やるべき事はひとつ。こいつを、討ち取る!

「黒山羊ィィィィッ!!!」

私は跳躍し、妖異の無防備な背中に愛刀で斬撃を加えた。霞のような身体に僅かな手応え。私はそのまま勢いに任せて妖異の身体を両断した。まだだ。私は着地すると共に反転。その勢いを乗せて更なる斬撃を見舞った。

《黒山羊》が目を光らせる。その身を切り裂いていた刃が止まる。私はその瞬間に刀を手放し、回避行動を取った。だが漆黒の剛腕はその先まで到達する。私の身体は跳ね飛ばされ、廃墟の壁に叩きつけられた。痛みで息が出来ない。それがどうした!私は起き上がり、《黒山羊》を睨む。逃すわけにはいかない!

だが《黒山羊》は私を見据えたまま、ぶるりと身体を震わす。漆黒の身体は解け、巨大な沼のように辺り一面に広がったかと思うと、そのまま地面へ吸い込まれて消えていった。残されたのは、黒衣森の静謐だけだ。

逃げられた。いや、違う。奴はまだ近くにいる。この廃墟に潜み、罠を張っている。ここは奴の狩場のひとつなのかもしれない。探さなければ。

鈍い痛みが走る。何本か骨をやったかもしれない。このまま追いかけて、勝てるだろうか。私は短く逡巡し、市街に戻ることにした。刀を拾い、廃墟を後にする。逃げられる可能性もある。だが、不思議とそうではないという確信があった。呪いが、此処に妖異有りと告げていた。


◆◆◆


翌昼、街の治療院を後にした私は、ふと双蛇党の屯所の張り紙を見る。本日の調査任務。妖異目撃情報多発に付き以下の地点に小隊を派遣予定。場所は—あの廃墟だった。

私はチョコボを借り、廃墟へ急いだ。マズい。

【2へ続く】


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?