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新生祭の夜に

「大丈夫だ。何も心配ない」

お父様が頭を撫でてくれたその時、閃光があたりを包み、続いて遠雷のような爆発音が轟いた。わたしの部屋の窓がガタガタと震えた。

落ちゆくダラガブがあるべき空が燃えていた。落着予想地点のカルテノー平原から遥か彼方のこの山村からでも、何か尋常ではない事が起こっているのだとわかった。恐怖に竦むわたしをぐいと抱え上げたお父様は、そのまま部屋を飛び出し、地下室へ駆けた。

お母様はすでに地下室の戸口に居た。大丈夫、私たちがついている。お父様とお母様がそう声をかけてくれた事は覚えている。結局地下室に入れたのかどうかはわからない。記憶はそこで途切れるからだ。

次に目が覚めた時、家は何もかもがめちゃくちゃになっていた。いや、もはや家など存在していなかった。そこにあるのは、ザナラーンの青空を頂く、瓦礫の山だった。

すぐそばにお父様とお母様が倒れていた。血塗れの姿にわたしは青くなったが、呼びかけるとすぐに起きてくれた。血塗れなのは自分も同じだった。

これほど出血して、何故生きているのか、傷ひとつないのか、その時はまるでわからなかった。それでも、わたしたちは生きていた。それだけでよかった。形の変わった山の稜線の向こう、空はどこまでも青かった。


◆◆◆


「…フィアさん、ソフィアさん」

呼びかけが意識を急激に引き戻す。青空はクイックサンドの天井に戻り、お父様とお母様の姿は対面に座るイズミさんとボトルを持って立つウェイターに変わった。

「おかわりはどうですかって」

「あぁ!はい!」

わたしは杯に僅かに残った果実酒を慌ただしく飲み干す。ウェイターはそこに同じお酒を注いでにこやかに去っていった。

新生祭の時期だ。満員の店内はいつにも増して賑やかな喧騒に包まれている。花火が終わったのだろう。店内は一層混み合って来ている。即席ステージの演奏も盛り上がっていた。

「…酔いが回りましたか?」

「…そうかもしれませんね」

わたしは注がれた果実酒に口をつける。

「この時期は、昔を思い出します」

「そうでしょうね…。お察ししますよ」

イズミさんは残っていたハムを食べた。

「…去年も聞きましたけど、やっぱりソフィアさん、知ってるんでしょう?」

さらにグラスを煽る。
強いお酒だというのに涼しい顔をしていた。

「第七霊災の真実…ってやつ」

「…わたしがそれをここで詳らかにしたとして、イズミさんはそれをそのまま鵜呑みにするんですか?」

「しませんね」

「じゃあ、今年も何も言うことはありませんよ」

「ありがとうございます。聞いてみただけです」

そういってイズミさんはバイキングコーナーに目をやる。デザートが運ばれて来ていた。

「アンニュイな我があるじの悩みを共有出来ればと思いましたが、それは冒険者として自分で解き明かすとしますよ」

「ありがとう、イズミさん」

「ケーキ、取ってきます。食べるでしょう」

私の返事を待たずして、イズミさんはスタスタとデザートを取りに行き、人混みに紛れてしまった。そしてわたしは再び物思いに耽る。

…わたしがあの時死ななかったのは、単に「新生」のタイミングが良かったからだ。ただの偶然。それは何にも変え難い幸運。だけど、だからこそ、お前は特別でも何でも無く、運良くここまで生きてきただけなのだと、いつだって思い知らされる。

いつか会った、カルテノー平原から時を超えてきたという冒険者のことを思い出す。わたしよりもずっと英雄の素質を持った冒険者だった。あんな人になりたいと、駆け出しのわたしは憧れた。その人も、もうここにはいない。流行り病だったという。

わたしがフリーカンパニーに入る時歓迎してくれた人達も、ずいぶん人数が減ってしまった。どこかで元気にしているといいのだけど。

そしてわたしだ。この先に待ち受ける戦いの全貌は未だ闇の中だけど、これまでにない苦難になる事は間違いない。わたしも、そうやって去っていく人々のひとりになるかもしれない。

…飲み過ぎたのか、それとも飲み足りないのか、いつにも増してネガティブが過ぎる。街に漂うニメーヤリリーの香りがそうさせたのだろうか。デザートだけ食べたら、今日はもう寝よう。

「イェ〜イ!ソフィちゃん!」

聞き覚えのある声。
意識が闇から引き戻される。
声のする方に目をやると、人混みをかきわけて赤い髪の女の子が駆けてくるのが見えた。

「リリアちゃん?!居たんですか?!」

「居るよォ〜!呑んでるなら呼んでよォ〜!」

ジョッキを持った赤ら顔のリリアちゃんは、そのままわたしの隣にどっかりと腰を落とした。これは…相当呑んでる。

「あッソフィアパイセン!おつかれッス!」

「おいやめろ!お前は呼ばれてないだろ!」

「うるせぇな!大人数で飲んだ方が酒もうめぇんだよ!」

リリアちゃんの後を追って、青く大柄なロスガルと、獣耳飾りを付けた銀髪のララフェルが言い争いながら現れた。ウルフさんとマコトさんだ。彼らもさも当たり前のようにわたしの対面に座った。そこはイズミさんの席…。

「いいんですよ私は」

イズミさんだ。山盛りにスイーツが盛られた皿をどかりと卓の中央に置いた。この盛り付け、どことなくゴールドソーサーを思わせる。リリアちゃんとウルフ君が歓声をあげて山盛りスイーツに挑み始めた。

「考えても仕方ない事は、考えない事です」

皿の上にあるチョコレートをひとつ手に取り、わたしの眼前に掲げた。

さっきまでの憂鬱が急速に晴れていくのを感じる。あぁ、本当にわたしはどうしようもない人間だ。過去を偲ぶお祭りだというのに。

わたしはイズミさんの掲げたチョコに直接食いつき、そのままもしゃもしゃと平らげた。うん、おいしい。

「あッ!それ私もやりたい!ほらソフィちゃん、これこれ!あーん!」

「むぐぐ!せめて花火は取ってください!」

「おれにもアーンてやってくださいよォ!アウラのお姉さん!」

「私より、そこのララフェルのお兄さんの方が仲がいいじゃない。やってもらいなさいよ」

「何言ってンすか!こいつが手ェ伸ばしたところで、おれの膝にも届かねぇンですよ!」

「ああッ?!テメー喧嘩売ってんのか?!」

「んだコラァ?!」

「ソフィちゃんが怒るよ〜!なかよくして〜〜!」

「仲良しでェ〜ッす!オラァ!」

「そうですよ仲良しです!でりゃあ!」

「仲良しか〜よかったよかった〜あははは〜!」

「どこが仲良しですか!おやめなさい!」

わたしが虚無の暗黒に呑まれそうになっていても、そんな事とは一切関係なく、エオルゼアに新たな冒険者は生まれていく。彼らは好き勝手に旅立ち、己が冒険を紡いでいる。目の前の彼らも、そうだ。かけがえのないもの。

失われたものを悼み、未来に想いを馳せる。それが新生祭。ありがとう。みんなのおかげで、わたしは今日も立っていられます。どうかこれからも、共に冒険を。

ステージの演奏は再びアップテンポに変わった。宴はどこまでも続いていった。

◆◆◆

「そういえば、ソフィさん」

「なんですかマコトさん」

「【戦士】の戦いって、どうするのがいいんです?」

「…そうですね」

「はい」

「ぐーってやって、バーン!だよ!」

「ちげーよ!ガッとやって、ギャギャギャだ!」

「アンタ達のはもう聞き飽きたんだよ!」

「やっぱりプロがそう仰るんですから、バーン!なんじゃないですか?」

「お願いだから、諦めないでッ!」

【了】

新生祭は殺戮もおやすみ。過去を忘れず、未来を見据え、暁月に備えましょうね。
チャンリリ、マコト君、ウルフ君はこのネタからシームレスに合流して来た想定です。

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