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されど永久の灯火に・後編

【承前】

岩盤の崩落はイズミ達の背後でも起こっており、今しがた通ってきた通路の入り口も大岩で閉ざされてしまっていた。だが、その岩陰は遮蔽物として充分だった。イズミは足元のおぼつかない赤髪のルガディンをどうにか引っ張りながら共に岩陰に滑り込んだ。

背中を預けた岩塊がびりびりと震える。背後の円形闘技場めいた広場で、水晶魔蠍ヘデテトとスズケンの戦いが始まったのだ。イズミは様子を伺うべく岩塊からわずかに身を乗り出したが、ヘデテトが放つ銃弾の如き水晶礫により、身を隠さざるを得なかった。恐るべき相手である。すぐにでもスズケンの加勢に入らねばならない。だが、イズミには先にやるべきことがあった。隣で震えるこのルガディンを落ち着かせねば。

「お姉様…あたしは…」

うわごとを呟くルガディンの目の前にイズミは回り込み、土埃に塗れたあどけない顔を見る。思ったよりも若いのかもしれない。イズミは何となくそう感じた。

「落ち着いて。私はイズミ。あんたは?」

赤髪のルガディンはびくりと体を震わせ、やがておずおずと答えた。

「ら、ラディ。ラドミラ・パーマー、です」

「わかった、ラディね」

イズミは自分よりも二回りは大きいラディの肩をばしばしと叩いた。そして改めて彼女の持つ銃に目をやった。僅かな刹那で策を練る。イズミは懐に手をやり、ひとつの弾丸を取り出した。表面には、黒い炎があしらわれている。

「ラディ。あんたが戦えるなら、この弾をあいつに叩き込んで。私たちが、どうにかしてあいつの動きを止めるから」

イズミはラディの手を取り、弾丸を握らせた。ラディは悲痛な顔でかぶりを振る。

「そんなッ、あたし、無理です」

イズミは瞑目し、やがて答えた。

「…なら、ここでじっとしてて。私たちが、必ず護る」

イズミは視線を外し、岩陰の端に戻った。戦場を覗き込むと、暴れ回るヘデテトの周りをスズケンが飛び回りながら対抗していた。礫は来ない。好機である。

「救援の連絡だけお願い。じゃあね!」

イズミは振り返らずにそれだけ伝えると、刀を抜いて戦場へ駆け出した。ラディは答えず、ただ嗚咽していた。

◆◆◆

魔蠍の巨大な鋏が振るわれる度、スズケンは竜騎士自慢の瞬発力で回避し続けていた。魔蠍からすればララフェル族の小さな体など、過酷な環境に降って沸いた餌に過ぎない。生存本能に突き動かされた純粋な暴力は留まる事なく降り注いだ。

付かず離れず回避を続けるスズケンは魔蠍をひたすら観察する。水晶の塊にしか見えないその身体のどこに感覚器官がある?自分を喰おうとする以上肉食なのか?それともエーテルが狙いなのか?生物学者としての興味は尽きない。だがゆっくり観察するにしろ、起死回生の大技を放つにしろ、この一対一の状況はうまくない。散発的な突きでは決定打を与えられない。

スズケンの着地タイミングを狩るように、左右から鋏が迫る。スズケンは槍を水平に構え、穂先と石突で両の鋏を受け止める。だが、そこへ尾針の追撃が重ねられた。スズケンの背筋に冷たいものが走る。槍を捨てて飛び去るか?刹那の逡巡。だが、背後から響く雄叫びが迷いを打ち消した!

「イヤーーーーッ!!!」

凄まじいスピードで飛び込んできたイズミが水晶の尾に斬撃を見舞った!耳障りな金属音が鳴り響き、その尾が弾かれ、破片が舞う!それを見逃すスズケンではない!

「イヤーーーーッ!!!」

イズミが斬り付けた部位めがけ、スズケンの稲妻が如き刺突!CRAAASH!!! 部位破壊!水晶の尾はちぎれ飛び、白砂に沈んだ!ヘデテトは痙攣し、二人から大きく間合いを取る!

「よっし!いけるッ!」

「まだまだ!畳みかけましょうイズミさん!」

息つく間もなく二人は魔蠍へと駆ける。勢いがある時は勢いに乗るべし。これすなわち戦いの鉄則である。だが尾を落とされた程度で餌を諦めるヘデテトではない。本能に刻まれた術式が大地のエーテルに作用し、円形闘技場の地面が次々と隆起し始めた!それでも剣士と竜騎士は襲いくる岩の雪崩を飛び渡り、抗う!

◆◆◆

蠍の魔物と冒険者達の戦いは岩陰の向こうで続いている。蠍が地面を揺るがす度、ラディは身を縮こませた。轟音と共に悲鳴が響き渡るのではないかと、ただただ恐れた。言われた通り呼んだ救援が到着するのをひたすらに待った。

震えながら、ラディは己の手に巻かれた包帯が目に止まった。故郷では薬師として、この地では衛生兵見習いとして、自分にも他人にも幾度となく施したものだ。ラディの耳から戦いの音が遠のき、その思考は己の記憶に向けられていった。

—親友がいた。いつも兄弟子に挑んではボロボロになって帰ってきた。危ない事はやめてと手当てをしても、まるで聞いてくれなかった。自分と同じ身の上で、自分よりずっと才能があった。臆病で泣いてばかりの自分を励ましてくれた。そんな親友がいた。

ついに兄弟子に認められた親友は戦地へ旅立っていった。次に会う時は、平和な国だよ。それが最後に交わした言葉だった。戦死報告には遺品のひとつも無かった。

親友が散った場所に行かねばならない。そう思った。里を離れ、港を出て、南方までたどり着いた。軍に身を寄せ、立ち入りの許しが降りるのを待った。待てなかった。そして、今ここにいる。

—DOOOOOOOM!!!! 轟音がラディの意識を引き戻した。岩陰から恐る恐る戦場を伺う。魔蠍ヘデテトはエーテルで練り上げた砂球を次々と生み出しては投げつけ、冒険者達を圧倒していた。

助けなければ。ラディは腰の銃に手を添える。手が震え、ホルスターから銃を取り出すことが出来ない。戦えと頭がいくら命じても、震えが止まらない。この場所で友が死んだのだという事実と、その死が自分にも降りかかろうとしている現実が、ラディの心を縛り付けていた。

「貴女の分まで生きようって…そう誓ったのに…!」

涙が溢れ、風景が滲む。

「やっぱり怖いよ…。どう…したら…!」

戦場の音が消えていく。
不意に、懐かしい声が聞こえた。

《あたしだってほんとは怖いよ》

目の前にいるのは、幼い親友。
記憶の中にある、忘れえぬ姿だ。

《今日だって、あたしはブラズとヴェリボルにボコボコにされると思う》

—じゃあなんでそんな事するの。確かそう問うた。

《決まってんじゃん!あたしは誰より強くなりたいんだ!だからね、怖い心は、おまじないでごまかしちゃうんだ!》

—おまじない?

《そう、おっきく息を吸って、こう叫ぶんだ!》



「オンドリャーッ!!!」



BLAM!!! BLAM!!! BLAM!!!

銃撃!気合と共に放たれたラディの弾丸がイズミを狙う砂球をことごとく撃ち落とす!イズミは無事だ!なおもラディは果敢に弾丸を撃ち込む!BLAM!!! BLAM!!! BLAM!!! CLICK!!! CLICK!!! 弾切れ!だがラディは慌てず、懐から一発の弾丸を取り出す。黒い炎が描かれた、イズミから託された弾丸だ。ゆっくりと正確に再装填し、銃に再び命が宿る。ラディは深く息を吸うと、片膝を突き、精密射撃の姿勢を取った。みなぎる気迫がイズミとスズケンに伝わっていった。

「そう、戦えるんだね。あんた」

イズミは不敵に笑うと、ゴキゴキと首を鳴らした。

「じゃあ、私もいいとこ見せなきゃ」

「イズミさん?」

イズミは不敵に笑い、遠間のヘデテトを見た。がりがりと地面を掻き、今にもこちらへ突っ込んで来そうな勢いだ。

「今度は私が前に出る!合わせて!」

言うや否やイズミは魔蠍へ駆け出す!スズケンは慌ててその後を追う!

「あぁもう!また無茶する気ですねッ?!」

スズケンの抗議を背中に受けながら、イズミは魔蠍に肉薄する!そこは既に鋏の防空圏内だ!飛び込んで来た脆い餌に、巨大な鋏が振り下ろされる!CLAAAASH!!! イズミの身体は粉々に砕かれて…いない!おお、見よ!それどころか、体重差を物ともせず、その刀で鋏を弾き返しているではないか!これぞ失われし術式ロスト・アクションがひとつ、防壁ロスト・ウォールの力である!イズミの体幹はいま、巨塔アメノミハシラにも等しい!ヘデテトの更なる一撃が迫る!

「全部…弾いてやるッ!!!!」

CLASH!!! 弾き!!!!!

CLASH!!! 弾き!!!!!

CLASH!!! 弾き!!!!!

CLASH!!! 弾き!!!!!

CLASH!!! 弾き!!!!!

火花散る剣戟の嵐!ヘデテトは苦し紛れに両腕を振り上げ、打ち下ろす!だがイズミはそれをも弾き、猛攻を全て凌ぎ切った!対するヘデテトは体幹を崩している!好機!イズミは左腕を振り、隠し持っていたハンドアックスを握った!そしてそれを思い切り振り下ろす!

「私に出会った不幸を呪いな!星天爆撃打ッ!!!」

CRAAAAAASH!!!!!! ヘデテトの頭部甲殻に蜘蛛の巣のようなヒビが刻まれた!イズミは砕け散ったハンドアックスを捨て、バックステップ!後ろに控えていたスズケンが入れ替わるように飛び込んだ!

「身の盾なるは心の盾とならざるなり!油断大敵!強甲破点突きッ!!!」

エーテル全てを一点に込めた必殺の剛槍がヒビだらけの甲殻に突き刺さる!CRAAAAAASH!!! 魔蠍の甲殻に大穴が穿たれた!あまりの衝撃にヘデテトの身体が白砂に沈む!生存本能が大地のエーテルに干渉し、その穴を水晶で塞ごうとした!だが!

「…命儚し華燭の如く、されど永久の灯火にならん!」

アイアンサイトが穿たれた孔を捉える。ラディは渾身の力を込めて、引き金を引いた!

「三位一体、これぞ翠の一門が極意也!」

BLAM!!!! 放たれた弾丸は過たずヘデテトの甲殻内へ着弾!僅かな間をおいて、大爆発を起こした!


KA-BOOOOOOOM!!!!!!!


魔蠍ヘデテトは完膚なきまでに爆発四散!イズミとスズケンは間一髪のところで岩陰に隠れ、無事だ!

「ちょっと!!!! なんですかこの威力!!!!! 聞いてませんよ!!!!!!」

「あー、デスペアってこんな凄いんだね」

「デスペア?!」

「あの魔弾、サチコが餞別だってくれたんだよ」

「イズミさんッ!そろそろ隠し持ってるもの、全部出してくださいッ!」

「いたたた!やだよ!プライバシーの侵害だ!」

「爆弾持ち歩いてる人とやっていけるワケないでしょうッ!」

冒険者二人がさもしい争いを繰り広げるなか、ラディは射撃姿勢から立ち上がり、頭上に広がる空洞を見上げた。星のように見えるのは水晶の輝きだろうか。

「ありがとう、アギー」

ラディは星海の彼方に去った者に祈りを捧げた。

「ブラズさん、ヴェリボルさん、みんな、どうか安らかに…」


◆◆◆


「…以上のことから、僕らの目指す場所こそが古イヴァリース時代にゼラモニアと呼ばれていた都市の遺構かもしれないわけです」

「ゼラモニア!イヴァリースとオルダリーアの狭間で揺れ動いた激動の都市ですね!」

「そう!古イヴァリース史はディリータが王となった後の文献や遺構がぐっと少なくなるんですが、ゼラモニアにはですね…」

「…そう、スコーピオも由来は…」

前を行くチョコボ二頭の上で楽しそうに投げ交わされるアカデミックな談義を、イズミは憮然とした表情で聞き流していた。また始まった。こうなると止まらない。イズミもスズケンと旅をしながら古イヴァリース史には詳しくなったつもりだったが、あれで相当抑えていたということを思い知った。

「ねぇ、お姉様も、そう思うでしょ?」

赤髪のルガディン、ラドミラ・パーマーは屈託の無い笑顔でイズミに問い掛けた。

「知るかッ!あといい加減お姉様呼びは止めろ!」

「いいじゃないですか、かわいい妹分で」

「そうッ!お姉様はお姉様です!」

「よくないッ!何回目だこの話ッ!」

「いい加減あきらめましょう、イズミさん」

暫定政府軍との契約が満了し、イズミとスズケンがボズヤを発とうとしたその日、二人の前にラディが滑り込んで来た。自分もどうか貴方達の旅に加えてほしい、と。訝しむ二人に対して、ラディは深々と頭を下げてこう言ったのだ。お二人のおかげで鎮魂の旅は完遂出来た。いくら感謝してもしきれない。私の銃と薬師の腕をどうか役立ててくれないか、と。

そしてなにより、自分は戦場を駆けるイズミお姉様を密かにお慕いしておりました、と告白したのだ。

呆気に取られたイズミを尻目に、ラディは更にイヴァリース史についても詳しいとアピールしはじめた。これにスズケンが完全に食いつき、イズミの意向はなかば無視される形でラディの同行が許されたのであった。

「ゼラモニア遺跡にも、すごいルカヴィとかいますかねぇ?」

「どうでしょう。出来れば会いたくは無いですね」

「ですよね。でも、大物相手に戦う素敵なお姉様、また見たいです…!」

「他人事みたいにいうな!お前に押し付けるぞ!」

「そ、それはご勘弁をォ!」

「なんなんだよこいつ!」

「まぁまぁ、仲良くやっていきましょう」

「さんせい!」

イズミの深いため息は、夏の空に溶けていった。

【了】

ラドミラ・パーマー
通称はラディ
17歳 ルガディン族 女性 ボズヤ・マルタルヴェ出身
「翠の一門」の薬師

幼い頃に帝国福祉局に保護されたマンホール・ベイビーのひとり。彼女もまた翠の一門に預けられ育つ。武芸の才能は今ひとつであったが、座学は優秀であり、薬師として一通りの技術を修めた。熱拳のアギーは親友。グンヒルド・ディールブラムでの鎮魂を終えたのち、イズミ一行に同行する。やや思い込みが強く、感情の起伏が激しい。古イヴァリース史を愛し、イズミをお姉様と呼び慕っている。

やっぱり旅をするなら3人ぐらい欲しいよね、ということでヒーラー兼レンジが加入しました。アギーの親友などの設定は当然のことながら完全な幻覚です。変な子に好かれてしまったイズミさんの明日はどっちだ。

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