白亜城の死闘
力の失せた持ち主の手から滑り落ちた刀は石畳にぶつかって乾いた音を立てた。刀の持ち主である紫髪のアウラ族…イズミは呻き声すら上げる間も無くその場に崩れ落ちる。緑髪のララフェル族…スズケンは彼女の名を呼び、助け起こそうと駆け寄る。
だがそれを阻むように、恐るべき速度の拳足が殺到してくる。スズケンは己の身長よりも長い槍を器用に操り、猛攻をかろうじて捌いたのち、襲撃者の蹴りを足の裏で受けながら後方へ跳躍。ようやく相対する相手をしっかりと見据えることができた。
襲撃者はヒューラン族の女2人。装束の色は紫色、もう片方は紺色。ともすれば酒場を盛り上げる踊り子にしか見えないが、一瞬でイズミを倒したこの2人は、紛れもない暗殺者だ。槍を構えるスズケンの背中に冷たい汗が流れる。遺跡探索の旅の、最後の最後でこんな相手と出くわすとは。
「ふぅン…坊やにもこの女と同じ技をお見舞いしてやったンだけどね」
「アタシたちの熱いベーゼ、坊やには早かったかしら?」
「僕の実力と年齢も見抜けないようじゃ、あなた方の目も大概節穴ですよ」
スズケンは己を鼓舞するように相手を挑発した。向けられた槍の先で暗殺者達が酷薄な笑みを浮かべる。スズケンは掲げた己の腕の装飾品にヒビが入っていることを認識した。彼女らの奇襲を防げたのは単なる運だ。
遺跡の中で見つけた発掘品、古イヴァリース時代の装飾品「天使の指輪」と「ン・カイの腕輪」。これらが彼女らの恐るべき暗殺術を肩代わりしてくれたのだ。遺跡探索の道中、イズミに披露した装飾品の逸話が真実であったことは、考古学を嗜むものとして何よりも素晴らしい発見だ。だが今はそれどころではなかった。生きて帰らなければ真実は闇の中だ。
暗殺者達らが再び飛びかかってくるまでのコンマ数秒、スズケンは探索の旅を回想する。発端はラバナスタ東の新たな遺跡。浮上する白亜城ことランベリー城跡説。ギルド経由で同行することになったイズミ・アオバ。平穏な旅路と考古学的会話。幾ばくかの発掘品。そして遺跡の入り口まで戻ってきたところで降って湧いた災難、それが今だ。
鈍化した主観時間が元に戻り、暗殺者達は一気に間合いを詰める。二人分の猛攻にスズケンは自慢の槍術で渡り合う。得意技を封じられた彼女らは手数に任せた戦法に切り替えたようだ。いずれも油断ならない攻撃であったが、尋常の攻撃だと分かればスズケンにも十分な勝機はある。スズケンは攻撃の合間を縫い、彼女らの後方に倒れ伏すイズミを見る。出来る限り早急に彼女らを排除して、救護しなくては。
「…なぁンて考えてるんでしょ、坊や」
視界に割り込む暗殺者の女。怪しく輝く赤い眼に惑わされず、スズケンは槍を繰り出す。女は手甲で槍を捌き、もう片方の腕に急速にエーテルを集中させた。輝く拳が振り下ろされる!スズケンは第六感が垣間見せた攻撃予測を信じ、緊急回避!
KABOOOOOOON!!!!!!
拳が落とされた場所の石畳が全て吹き飛び、剥き出しの地面が大きくえぐれていた。極めて指向性の高い、究極魔法の如きエーテルの爆発である。
「ほらほら…ベーゼが嫌なら、これで殺してあげる」
「逃げちゃイヤよ」
土煙の中から現れた暗殺者達の腕は再び輝きに満たされている。なんたることであろうか。この恐るべき攻撃を彼女らは何の代償もなく連発出来るのだ。おおよそ尋常な人間が行える所業ではない。
対するスズケンは、しばし呆然と彼女らを見つめたのち、乾いた笑いと共に槍を捨てた。そしてあろうことか拳を握り、格闘士のようなファイティングポーズを取ったのである。身長差をその槍で補っていたララフェル族がおおよそ取るべき戦法ではない!その姿を見た暗殺者二人は、強者を前に気が触れたものと判断し、残虐な笑みを浮かべてスズケンへ躍り掛かった。わずかな力で死に抗っていたイズミも、その姿を見ていよいよ覚悟を決めた。救難信号は送った。せめて遺体は誰か拾ってくれと、わずかな願いを込めて。
「…こうまで同じだと、笑っちゃいますよ」
急速に迫ってくる死を前にしてスズケンの胸に去来していたのは、死への絶望ではない。己が伝説の一部を再現する事への高揚であった。
スズケンは大きく両腕を掲げ、暗殺者達の輝く拳を同時に受け止める。荒れ狂うエーテルがスズケンの小さな肉体は跡形もなく吹き飛ばし…てはいない!胸の青いソウルクリスタルが光を放つ!
「現代はね…見るだけで学べる時代なんですよッ!」
右掌のエーテルは左掌へ、左掌のエーテルは右掌へ。学び取った術理を用いて、スズケンはその膨大なエーテルの流れを制御し、両の掌から究極魔法の如きエーテルの奔流を解き放った!空高く迸ったエーテルは上空の雲に大穴を開け、粒子となって消えていく!そして残されたのは、荒い息を吐きながら跪くスズケンと、胸部から上を消失したまま立ち尽くす暗殺者達の身体のみであった。無惨な遺体は程なく黒い粒子に分解され、風の中に消えていった。
全身がバラバラになりそうな痛みを強いて、スズケンは立ち上がり、イズミにフェニックスの尾を施した。死にゆく定めから解き放たれたイズミは、どうにか身体を起こす。立ち上がるのはまだ無理だったが、それを見たスズケンはようやく安堵の表情を見せた。
「よかった…貴女に何かあったらソフィアさんに申し訳が立ちません」
「スズケンさん…あいつら、なんだったの?」
「おそらくは…聖石に囚われた古イヴァリース時代の残滓でしょう」
イズミは道中で聞いたランベリー城の伝説を思い出す。かの時代、この城の城門前で勇者ラムザ一行の前に立ち塞がった2人の暗殺者、セリアとレディの話だ。イズミとスズケンの前に現れた暗殺者は、立ち振る舞いから何から何まで、伝説に描かれるセリアとレディそのものであったのだ。近年になって解明された聖石の性質とも合致する。
「だから思ったんですよ。ここまで伝説と同じなら、あの魔法も操れるんじゃないかって」
次々と仲間を屠る彼女らを前にした勇者ラムザは、恐ることなくその技を身に受けて究極魔法を会得。見事窮地を救ってみせたという。
「流石に自前であのエーテルは捻り出せないので、相手の力を利用して、見事成功ってわけです」
「いや…そんなサラッとおっしゃることじゃありませんよ。どういう胆力してるんですか」
「ははは、ランベリー城が実在したんです。またひとつ、イヴァリースの真実が明かされたんですよ」
スズケンは屈託ない笑みを浮かべて、背後の遺跡を振り返る。かつての城の面影など全く見当たらない荒れた廃墟と洞窟があるだけだ。だが、スズケンの目には在りし日のランベリー城の威容、勇者ラムザがそこへ乗り込む姿がありありと浮かんでいた。
「そんな大発見を抱えたまま、死ねませんよ」
その小さな背中が、イズミにはとても大きく逞しく感じられた。我が身の未熟さを恥じつつ、今はスズケンの素晴らしい冒険に同行できたことを誇らしく感じていた。
「さて、生き残れた僕たちはこれから帰路につくわけですが…イズミさん、具合は?」
「もうちょっと休ませてくれませんか。死にかけてたんですよ」
「ですよね。僕もヘトヘトです」
ぺたりとその場に座り込んだスズケンの髪を吹き抜ける風が揺らす。その風に混ざる、わずかな違和感。イズミは暗いランベリー城跡の洞窟に目をやる。いつの間にか、人影がそこにあった。スズケンもそれに気付いた。
「スズケンさん。ひとつ大事な事を見落としていましたよ」
「えぇ、多分僕も同じ事を考えています」
「ここがランベリー城で、さっきの二人が聖石に囚われた存在だったなら…」
「その親玉たる悪魔も、当然存在して然るべき…」
洞窟の入り口に佇む人影は陽の元へ出てこようとしない。しかし、わずかに浮かぶシルエットと赤く輝く目にスズケンは心当たりがあった。ランベリー城の主にして、勇者ラムザと幾度も激闘を演じたエルムドア侯爵である。セリアとレディを従える主人の強さが如何程か、想像するまでもなかった。
「逃げましょう、イズミさん」
「くッ…動けよ…私の身体…」
二人は軋む体を敷いて立ち上がり、遺跡から離脱しようとする。だが、その退路に突如として赤い目をした人影が出現する。一人、また一人と人影は闇から這い出しスズケンとイズミを取り囲んだ。格闘士のような出立ちの悪鬼、総勢十一名。洞窟の闇の中でエルムドア侯爵が笑みを浮かべる。侯爵は血を吸った相手を意のままに操り自らの尖兵にしたという。伝説通りだ。
格闘士達は一斉に拳技の構えを取る。遺跡を荒らす不届きものに、遠間から一気に止めを差すつもりだ。
「スズケンさん!ラムザ達はここをどうやって切り抜けたんですかッ!」
「十一人モンクは別の章のはずですよ!現実、厳しいなぁ!」
十一人の格闘士から大地を引き裂く衝撃が放たれた。大地のエーテルで顕現された土石流がスズケンたちを飲み込んでいく。だが、エルムドア侯爵が想像した血や肉片が飛び散ることはなかった。訝しむ彼の目に映ったのは、翠色の衣を被って女を庇う小さな子供の姿だった。土煙が晴れると共に、翠色の衣はサラサラと朽ちていった。
「遺跡の中にあった大地の衣…。大地のエーテルはこれで吸い取れます」
「…あっという間にキャパ超えしてますけど」
エルムドア侯爵は沈思黙考する。もう一度同じ攻撃を仕掛ければ間違いなく勝てる。だが今の攻撃も決して手を抜いたわけではない。自らの記憶をたどる。かつての自分もどこかでそうやって、知らず知らず相手をみくびり不覚をとった記憶がある。ならば。
侯爵はもう片方の手をかざす。格闘士軍団の背後にさらに人影が現れる。忍者風の悪鬼。その数、七。さらにエルムドア侯爵は己のエーテルも解き放った。聖石に光が集い、己の真の姿を顕現させる。
大地を揺るがし、遺跡を崩壊させながらその巨大な体躯が姿を表した。拘束された不自然な体躯、光のない容貌、醜悪な翼を備えた紛うことなき悪魔である。
「…スズケンさん、解説頂けますか」
「ラムザ達とランベリー城で死闘を繰り広げた悪魔…死の天使…ザルエラ…」
スズケンの解説はそれ以上続かなかった。目の前の絶望的な現実が全てだった。
「ここで終わりか…。くそッ、まだやりたいこと、たくさんあったんだけどな…」
スズケンが悔しさを滲ませて呟く。イズミもまた、絶対的な死を前にして、同じ気持ちにあった。いつ死んでも構わない、そんな生き方をしていたはずなのに。
ザルエラの魔法、格闘士軍団の拳技、忍者軍団の術。それぞれのエーテルが臨界に達し、同時にそれらが解き放たれた。油断など一切ない、無慈悲なる一撃であった。それでもスズケンとイズミは最期の時までその目を伏せず、全てを見届けようとしていた。最期まで抗う、冒険者としての矜持である。
だから、エーテルの光芒を割いて飛び込んできたチョコボの姿を見落とさずに済んだ。
「手を!」
チョコボに騎乗した白いコート姿の少女が叫び、手を伸ばす。スズケンとイズミは、無我夢中でその手を取り、チョコボにしがみついた。二人を乗せた少女は手綱を操り、チョコボを一気に急上昇させた。間をおかず、凄まじい爆発。しかしてその熱と光はチョコボを取り囲む結界に全て遮断された。聖騎士の奥の手、無敵だ。
「こちらソフィア!ふたりを救出しました!ラズさん、いつでもどうぞ!」
チョコボを急上昇させながら、ソフィアはリンクパールに向かって叫ぶ。スズケンとイズミが地上に視線を落とすと、格闘士軍団のと忍者軍団の背後に、いつの間にか青い髪のミコッテ男性…ラズと呼ばれた男が立っていた。
悪鬼達が彼に狙いを定めた途端、悪鬼達全てを捉える巨大な流砂が発生する。上空から視認してやっと端が見えるほどだ。一瞬で流砂に飲み込まれ瓦解する悪鬼達。土遁の術だ。だがしかし、これほどまでに広範囲な展開を可能にするとは。
「遅くなってごめんなさい。もう大丈夫ですよ」
呆気に取られる二人にソフィアは声をかける。
死地に飛び込んできたとは思えない、いつもの柔和な笑顔だ。
「いやもう…今回ばかりはダメかと思いました…!」
「…来てくれたんですね。ありがとう」
「近くまでは転移出来たんですけど、正確な位置がなかなか掴めなくて。でも、おふたり、すごい戦いをなさったんでしょう。爆音を頼りに、なんとかたどりつきました」
「私は寝てただけですよ…。全部、スズケンさんのおかげ」
「スズケンさん、イズミさんを護ってくれて、ありがとうございます」
ソフィアは手綱を操りつつ敬礼した。それを受けてスズケンは何やら照れ臭い気分になったが、場を支配する邪悪なエーテルが意識を現実に戻した。
「それよりも、あいつですよ!ザルエラ!どうしましょう!」
「あの青い髪の方も、助けなきゃ」
「いいえ、それには及びません」
「見捨てるっていうんですか?いけませんよそんなの!」
「言ったでしょう。大丈夫、って」
ソフィアはにこりと笑い、地上を見る。イズミとスズケンがその視線を追うと、青い髪の男の後ろから、続々と他の冒険者が駆けつけてくる。ハイアラガン装備に身を包んだ金髪の暗黒騎士、黒い肌と髪の屈強なアウラ族の戦士、その戦士に寄り添う元気一杯の占星術士…その他、一癖も二癖もある風貌の冒険者八人組がザルエラを前にして、己の獲物を抜き放っていった。
そのうち彼らの一人が上空のソフィアに気付き、大きく手を振ってきた。他のメンバーもそれにつられてソフィアへ手を振る。ソフィアもそれに対して手を振ると、手綱を操り、チョコボを急旋回させ、一気に戦線を離脱していった。それとともに戦端が開かれ、凄まじいエーテルの爆発が乱れ飛び始めた。
「…お知り合いですか?」
「先輩方です。とっても強いですよ。わたしより、ずっと」
ダルマスカ地方の空を駆けながら、ソフィアは語る。救難信号を受け取って転移魔法を行使しようとした時、その場にいた青い髪の男…ラズィーズがソフィアを呼び止めた。逸るソフィアに彼は伝えたのである。自分たちが追ってる魔物かもしれない、と。
「先輩方はわたしとはまた別の大冒険を繰り広げているわけですが…どうやらその目的の一つが、あの死の天使ザルエラなんだとか」
こうしてソフィアはラズ一行も引き連れてダルマスカ近郊まで転移。ソフィアは救助を、ラズ一行はそのまま獲物との戦いに突入したというわけだった。
「…はぁ、世界って広いですねイズミさん」
「ほんとですね。それしか言えません」
「わたしも、もっとがんばらなきゃって、そう思います」
「私はもう早く寝たいです」
「僕もちょっと色々ありすぎて…あぁでも、寝る前に何があったかきちんと記録に残さないと!」
「ということは、何かすごい発見をされたんですね?」
「そうなんですよ!聞いてくださいよソフィアさん!実はね…あいててて!」
「あぁっ!無理なさらないで!」
「スズケンさん、ほんとイヴァリース好きですね」
「そりゃそうですよ!なぜならば今回の旅で…」
森を抜け、近くの集落に着陸するまで、スズケンは興奮気味に旅の様子を語った。ソフィアはそれを熱心に聴き、イズミはそんな主人とその友人をやれやれと眺めていた。
【了】
イヴァリース親善大使スズケンさんとイヴァリースネタをやりたいとずっと思っていました。セリアとレディ、FFT本編で死ぬほど苦労させられた思い出深いキャラです。ザルエラはFF12のもカッコイイですけど、FFTの不気味すぎる容貌もすごい好きなのでそっちを採用しました。
ラズ一行の元ネタは実際に私より前からプレイしている先輩フレンドです。「ソフィアさんがすごい英雄なら、先輩のキャラたちはもっともっとすごい冒険してるはず」という設定になっています。
スズケンさんの旅やラズ一行の戦いのように、自機の預かり知らないところで各人好きなことやってるよ、というのを書きたいな~書くか!となりました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?