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演奏会の曲目選び

《昼下がりのトークコンサート》というシリーズを開始して25年。この数年でシリーズの冠は外したが、私が自分で企画・演奏する際のコンセプトは一貫している。
「取り上げる曲に親しみや興味を持ってもらうか」

クラシックの作品ならではの持ち味は、時代が変わっても、場所が変わってもヒトというのは同じようなことに迷い、悩み、嘆き、喜び、高揚し、前を向くという足跡を辿れること、そしてそこに心を寄せられることではないかと私は思う。

歌詞がダイレクトにわかる日本語の曲や、テレビ番組やCM、またフィギュアスケートやスポーツの応援に引用されているクラシックの歌を取り上げる際には「耳馴染み」というアドヴァンテージがある。オペラのアリアなどでもサビだけは聞いたことがあるというのは間口は広い。

字幕の出せない演奏会で、外国語のあまり知られていない作品を取り上げる際に、作品の背景や歌詞の内容をザックリとでも伝えられるよう知恵をひねるのがトーク。
演奏会をする場合、少なくとも休憩を挟む前後半それぞれに共通した柱を設け、主軸とする曲を選ぶところからすべてが始まる。今回は「心地よくイタリア歌曲を聞いてもらう会にしよう」というやり取りから企画がスタートした。
コロナ禍で気持ちばかりが外へ、遠いところへ向く中で何度も浮かんだ思い「どこかへ&いつ?」「自分でない誰かだったら・・・」を柱に据えてみた。

ところが、歌いたい曲を考え始めて一番初めに口をついて出たものが「遠くへ行きたい」だったから、さぁ大変。
字幕は必要ない、でも、そもそもクラシックでもイタリア歌曲でもない上に、当初に挙がっていた歌曲たちとあまりにかけはなれている。
かといって、悲しいような明るいような、寂しさと希望を併せ持ったあのメロディが一度頭の中で回り始めると、離れられないような感覚に・・・これを埋めるべく、私のトークネタはどんどんと膨らみ妄想力を上げて柱に寄せていく。

本番まで1ヶ月を切って、まだトークのネタも柱に寄せるべき小径や側道も絞り切れていない中、私自身のアイデアをまとめる一助になることを信じて書き留めていこうと思う。

次回はプログラムの中のイタリア歌曲に度々登場する言葉【Quando ['kwando](いつ)】にフォーカス。

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演奏会「ときを奏でる 2021晩秋 ~ 黄金の葉の舞う頃に」
2021年11月27日(土)14時開演 世良美術館サロン(神戸市)にて開催します。どうぞお気軽にお問い合わせください。









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