一夜の夢


 「雲が晴れる」
 
 僕の住んでいる町は雲におおわれている。でもそんな噂が町に飛び交った。僕は馬鹿なんじゃないかと思った。でも皆はそれを望んでいる。だから誰も訂正しようとは思わなかった。星とか月とか太陽とか、この町ではもう、とうの昔の存在だ。

 僕はとある夜に目が覚めた。外がやけに明るい。僕はまさかと思って外に出た。そこで見たのは空いっぱいに光る星と眩しく思えるほどの月だった。それが月と言うのかすらも怪しく感じた。
 静かな夜、遠くから何かが聞こえた。僕はその何かを知りたくて海辺に行った。あまりにも綺麗な風景だった。僕の中にはない、僕の知っている風景にここまで綺麗な物など無かった。光る月、その光に照らされる海と、一人の女性。彼女は緑色のペンダントをつけていて、海月のような白いワンピースを着ていた。緑色のペンダントが月の光を反射してとても綺麗だ。そして、その歌声、その無邪気な笑顔が辺りを余計に照らしていた。
「好き。」
無造作に口が開いた。彼女はそれに気付いたらしくこちらを向いた。
「誰?」
彼女が見せたのは疑いの目ではなく、単なる興味本意のような顔だった。
「ごめんなさい。急に」
「嬉しい。」
「え?」
「私の歌もっと聞いてくれる?」
彼女はそう言って無邪気な笑顔を見せた。彼女はそれから月と一緒に光っていた。

 僕は彼女の歌をずっと聞いていた。最後の方の記憶は曖昧だ。僕が目を覚ましたときには彼女はいなかった。空も雲でおおわれていた。雲が晴れていたことか夢だったかのように。でも、白い砂浜に置いてあった緑色のペンダントが夢でなかったことを教えてくれた。