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『 耳 』
 
ジャン・コクトー
堀口大学 訳
 
私の耳は貝のから
海の響をなつかしむ
 
ジャン・コクトーは二十世紀の初頭から半世紀以上にわたって、
芸術のあらゆる分野で前衛的な活動をした人です。
その活動の根底には、いつも「詩」がありました。
 
この作品は
『Poesies 1917-1920』
“Cannes”と題して収められた六つの短章の五番目のものです。
 
富豪の子であったコクトーは、少年時代に南仏のリゾート地で家族とともに、
毎冬を過ごしていました。その思い出が作品の元になっています。
(「耳」という題は堀口大学がつけたもの)
 
原文
 
Mon oreille est un coquillade
Qui aime le bruit de la mer.
 
直訳
 
「私の耳は貝殻で、海の騒がしい音を愛する」
 
堀口大学は「騒がしい音」を「響」と訳し、さらに「愛する」を「なつかしむ」と訳しました。
これにより、堀口大学の訳詩は一挙に(原詩以上に)時間と空間をひろげました。
しかも訳詩は、完全な口語体でありながら、日本の伝統的な七五調で、
心地よく耳に響きます。
 
たった二行の詩。
心に響く秘密は比喩にある。
ひとつは形の上から耳を貝殻に譬える。
もうひとつは・・・。
空洞のなかにある、昔懐かしい海の響き、
すなわち故郷の記憶・・・。

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